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異世界ライフを満喫しちゃう、ぽっちゃり

〈ダルガス視点〉 緊急事態にほくそ笑む、悪徳ギルマス

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獅獣の剛斧ビーストアックス〉の最奥に位置する大きな部屋。
 内部には豪華な装飾品やインテリアをしつらえ、栄華を極めた部屋にある執務机に俺は座っていた。
 適当な書類に目を通しながら、机の端に置いた時計を見る。

「……そろそろ頃合いか」

 俺がそう呟いた瞬間、カーンカーンカーンカーン!! と、街中に響き渡るほどの巨大な鐘の音が聞こえてくる。
 これは、街に非常事態が発生した際に鳴らされる緊急避難を意味するものだ。
 この鐘を聞けば大半の人間が恐れおののくだろうが、俺の心は至って冷静だった。
 なぜなら、俺はからだ。

「さて、街の住民どもはどんな反応になっているか」

 おもむろに椅子から立ち上がり、背後の大きな窓に近づく。
 カーテンの隙間から外を見下ろすと、半ばパニック状態になった住民たちが方々へ駆け回っていた。
 住民たちの必死さと、それを見下ろす俺の余裕さのギャップに笑いが込み上げてくる。

「くくく、馬鹿どもが。杞憂とも知らず、そうやって慌てふためいているといい。その方が、これからの俺の功績を大々的に発表できるというものだ」

 あたふたと街中を駆け回る滑稽な住民どもの姿を楽しんでいると、ドタドタと階段を駆け上がる音が響いてきた。
 ……来たか。
 俺がそう思った瞬間、この部屋の扉がノックと同時に勢いよく開けられる。

「ギ、ギルドマスター! ご報告です!」

 コイツは俺のギルドの職員の一人だ。
 顔も名前も覚える気はないから誰かは知らんが、〈獅獣の剛斧ビーストアックス〉のギルドの制服を着用しているから判別できる。
 まあ、コイツが今から何を言うかは想像はついているが、一応話は合わせておかねばなるまい。
 俺は振り替えると同時に、迫真の演技を見せる。

「どうした! 何が起こっているのだ!」
「さ、先ほど突如|《魔の大森林》から大量の魔物がベルオウンへ向けて侵攻を開始しました! すでに街の周辺部では付近にいた冒険者たちと交戦が始まっております!」
「《魔の大森林》から魔物が……? まさか、それは――」
「は、はい。まだ確証は得られていませんが……狂乱化現象の可能性があります!」

 狼狽を抑えるように声を張る職員に、俺は笑いそうになるのを我慢して厳かな口調で答える。

「……報告は分かった。お前はすぐに暇をしている他の冒険者に街の防衛任務につくよう呼び掛けろ。街中に魔物は一匹も侵入させるな!」
「は、はい!」

 喝破をかけるように叫ぶと、職員は姿勢を正して礼をした。
 その後、慌てて扉を閉めて退室するギルド職員の姿を眺める。
 途端に、静かになる室内。
 俺は部屋に一人になったことを確認してから、堪えきれぬ笑いを漏らした。

「……くく。くははははは! まさしく俺の思いどおりだ! はっはははははははは!!」
「――随分と楽しそうだな、ダルガス」

 横から低い男の声。
 俺は体が固まった。
 が、すぐに声の主に思い至り、眉を寄せて男を見る。

「……おい、俺の許可なく姿を現すなと言ったはずだぞ、デモール」
「そうだったかい? それはすまない。だが、人間の悪意を感じるとオレもつい興奮してしまってね。何たってオレは、なんだから」

 自らを悪魔と称する男――デモールは、けたけたと笑いながら俺の部屋のソファへ不遜な態度で座っていた。
 黒を基調とした野暮ったい怪しい衣装に身を包んでいる。
 不気味な奴だが、コイツは俺と契約を交わした悪魔だ。
 それゆえ、俺とデモールは対等の関係にある。

「それよりも、アレの手筈は済んでいるんだろうな」
「アレ?」
「チッ、察しの悪い奴め。アレと言えば――ゴブリンロードのことしかないだろう!」

 そう、この狂乱化騒動はまだ始まりに過ぎない。
 メインはこれから。
 ゴブリンロードを復活させ、ベルオウンに侵攻させることが俺の本当の目的だ。

「ああ、ゴブリンロードか。それなら安心してくれ。もうすでに復活させた。多分、そろそろ《魔の大森林》を抜け出してくるんじゃないかな?」
「ふっ、そうか。ならば良い」

 復活させたゴブリンロードは、この悪魔、デモールの手でコントロールすることができる。
 完全に支配下においたゴブリンロードをベルオウンに侵攻させ、それを俺が打ち倒すことでこの街は救われるのだ。
 そうなれば、いまだ反抗的な一部の住民どもも俺の意見に逆らえなくなる。
 そして何より、忌々しいアルバートに多大な恩を与えることもできるのが大きい。

「住民どもを丸め込み、アルバートとの力関係でも俺が優位に立てれば……この街を完全に俺の手中に収めるのも時間の問題だ」

 なにせ、ゴブリンロードを殺すのは容易い。
 デモールに頼んで奴の魔石を破壊してしまえばいい。
 復活させたゴブリンロードの魔石は、遠隔でも好きなタイミングで破壊することができる。
 それでゴブリンロードは簡単に殺すことができる。

「ゴブリンロード復活にはそれなりの代償も支払ったが、この調子で行けば十分にお釣りがくる取引になりそうだ」
 
 俺が発生させた狂乱化現象に、俺が復活させたゴブリンロード。
 その二つを、大勢の人間の前で俺が同時に解決して見せる。

 これぞ悪魔的マッチポンプ!
 この狂乱化現象を以て、完全にアルバートの息の根を止めてやる!

「ともかく、俺も戦闘に参加する準備をしなければな。最前線で俺の勇姿を見せつけ、この街の人間どもに俺の存在を刻みつけねばならぬからな」
「そうかい。気をつけて」

 俺はゴブリンロードと戦う準備を整えるため、装備品が保管されているギルドの武器庫へと向かう用意をする。
 デモールは悪魔らしい下卑た笑みを浮かべながら、俺が部屋から出ていくのを見送った。



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