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公爵令嬢の婚約事情

帰って来ました

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 数日かけてドルフィーニに到着したナディア達は、まずは王都のサルトレッティ公爵家に向かった。
 一応、フィリップとルディアが王都に先に来ていたからだ。
 と言うか、弟であるレイナードも一緒にいるそうなので、これで家族が勢ぞろいになる。
 レイナードがいる理由は、学友であるローデウェイクの為だろう。まさか友人が自分の姉に婚約を申し込むとは思っていなかっただろうと、ナディアは苦笑せざるを得なかった。
 実際にはレイナードがローデウェイクにナディアの事を聞かされていたので、こうなると予測はできていたが。

 とにかく大所帯でサルトレッティ公爵家に寄る事に少し気が引けたが、エラディオを引き連れて戻る事に意味があるのだ。



「で、これは一体どういう状況ですか?」



   家に着いたはいいが、応接室にがすでに来客があったのだ。


「ナディア嬢!お久しぶりです」

「久しぶりだな、ナディア嬢!」

「…ええ、お二人共お久しぶりです」


 目の前にはフィリップと対面して座るローデウェイクとマティアスがの姿があった。
 二人はナディアを見て嬉しそうに立ち上がるが、ナディアをエスコートしているエラディオを見て、表情が一気に強ばった。


「何故、ザクセンの王弟殿下がナディア嬢のエスコートを?」


 マティアスがエラディオを責めるような視線を向け、そしてナディアには微笑みを向ける。
 何というか、器用な人だとナディアは場違いにも感心した。
 けれどエラディオは全く動じる事なくマティアスの問いに答える。


「俺の大事な婚約者だからだが、何か問題でも?」

「…これは聞き間違いか。ナディア嬢はまだ誰とも婚約関係になっていないはずだが」

「そうだ!彼女はまだ誰の婚約の申し出も受けていないと、先程確認したばかりだ!」


 マティアスに続いてローデウェイクもエラディオに抗議する。
 それを見てナディアとエラディオは顔を見合わせ、そして父であるフィリップに視線を移した。


「お父様、私からのお手紙はまだ届いていないのですか?」


 ナディアが訪ねると、フィリップは申し訳なさそうに頷いた。


「届いてはいるが、見る前に殿下達が来られたのだ。だからまだ開封していない」

「まあ」


 タイミングが悪いとはこの事だ。
 ナディアからの手紙にはきちんとエラディオの申し出を受けると書いてあった。
 だがそれを見る前に他国の王族が訪問して来た為、手紙を後回しにした事でナディアの意向を二人に伝える事ができなかったようだ。


「ローデウェイク王子殿下、カイラモ大公殿下。お二人には申し訳ありませんが、私はこちらのエラディオ様の求婚をお受けする事にしました。その事についてお父様にお手紙を出したのですが、前後してしまったようで申し訳ありませんでした」

「そんな…嘘だろ、ナディア嬢…!」

「ナディア嬢、あの時婚約が白紙になったら私との事を考えて欲しいと言ったではありませんか」

「確かにカイラモ大公殿下にはそう言われましたが、その時にならないと分からないとも申し上げました。ローデウェイク王子殿下に至っては、ただ少し一緒に遊んだだけでしたし、そもそもお忍びで正式に名乗ってもらってませんでしたよね?」


 ナディアにハッキリと拒絶され、二人は絶句している。
 それを横目で見ていたエラディオは、崩れそうになる表情を必死に取り繕っていた。

 好いた女性が他の男に求婚されるのはいい気がしないが、こうもはっきりと眼中にないと言ってくれると、どうしても優越感が出て来る。
 けれど目の前の二人はそんなくらいでは納得いかないらしく、今度はフィリップに食い入るように申し出た。


「サルトレッティ公爵殿、これでは不公平だと思います」

「そうだ!ザクセン王弟殿下はジョバンニ殿下との婚約破棄後にこちらにいたと聞いている!傷心のナディア嬢に付け入ったのかもしれないだろう!」

「付け入るとか人聞き悪いな」

「いえ、サーシス第一王子の言う事も尤もだと思いますね。私達は出遅れましたが、ナディア嬢と接する時間を設けてもらいたい。その上で彼女がザクセン王弟殿下を選ぶのなら、仕方ありませんが身を引く事も考えましょう」


 そこでキッパリと身を引くと言わない辺りがずるい所だ。
 というか、何故この二人がここまで自分にこだわるのか理解できず、ナディアは不思議そうに首を傾げた。


「そのような時間を設けても私の気持ちは変わりません。それよりも何故そこまで私にこだわるのです?」

「は?」

「え?」

「ナディア…」


 ナディアの質問にローデウェイクとマティアスが信じられないような視線を向け、逆にフィリップは残念な子供を見るような目でナディアを見た。
 三人の視線が気まずかったのか、ナディアがちょっとだけ狼狽える。


「な、何ですの?」

「ナディア、さすがにその質問は…」

「ああ、何かライバルだが二人が気の毒になってきたぜ…」

「何ですか、お父様もエラディオ様も…。お二人が私との婚約を希望されてる理由を知りたいと思うのは普通ではありませんか」


 ナディアがむっとしたように告げると、ローテウェイクがスッと立ちあがり、ナディアの前に膝をついた。


「ナディア嬢。俺は一年前に貴女と過ごしたあの時、ナディア嬢が好きになったんだ。婚約はナディア嬢の事を好きだから申し込んだ」

「え」


 ローテウェイクの言葉にナディアが僅かに目を瞠る。すると次いでマティアスもナディアの前に跪いた。


「私も半年前の公務での訪問の際、ナディア嬢がジョバンニ殿下の代わりに私の相手をしてくれた。その時に聡明で美しく思慮深い貴女に心を奪われました」

「え」


 マティアスがローデウェイクに負けじと告白をする。
 驚いて目を見開くが、冷静になって周辺に視線を向けると、何とも言えない表情を浮かべたフィリップと、面白くなさそうに二人を見つめるエラディオの姿が視界に入ってくる。

 けれど二人は声を合わせるようにナディアに追い打ちをかけた。


「どうか俺と」

「どうか私と」

「「婚約してください」」


 すーっと血の気が引く。
 一瞬現実逃避しそうになるのをぐっと堪え、ナディアは貼り付けたような笑みを浮かべた。


「申し訳ありませんが、お断りいたします」

「よし、よく言った!」

「え?」


 ナディアがキッパリと断りを入れると、エラディオが嬉しそうにナディアを褒めた。
 思わず間抜けな声が出てしまったが、振り返るとエラディオが勝ち誇った顔をしている。

 だがしかし、さすがは王族だ。
 二人共薄っすらと笑みを浮かべ、そしてナディアに微笑んだ。


「断るのはもう少し待って欲しい」

「私達の事をもっと知ってからでもいいのではないですか?」

「そう言われましても…お二人の事をよく知ったとしても、気持ちは変わらないと思いますわ」

「だがこのままだと諦めきれない」

「ザクセン王弟殿下のお気持ちがどのくらい本物かも知っておきたい」

「は?俺の気持ちを疑うってのか?」


 マティアスの言葉にエラディオがジロリと睨みつける。けれどマティアスも引く気はないらしく、フンと鼻で笑ってみせた。


「当然だろう?我々はそれ程接点はないが、王族として近隣の国については知っている。貴殿はザクセン国の国王に忠誠を誓っていて、継承権も放棄している。王太子である王子が成人し、婚姻を結ぶまでは誰とも結婚しないと聞いていたが?」

「結婚しなくても婚約はできるぜ」

「そういう屁理屈を聞いているのではない。そもそも結婚自体しないと宣言していたと思ったが、それは覆すのか?」

「唯一に出会っちまったからな。諦めるのは無理だ」

「勝手な理由だ。貴殿がそうする事によって、ナディア嬢がザクセンで不当な扱いを受けるかもしれないだろう?」

「それはあんた達も同じだろう。大公殿下も第一王子もどちらも王族だ。他国の令嬢を婚約者として連れて帰れば、娘を王族の妃にと考えていた貴族達の反感を買うだろ」

「サーシス国第一王子殿下はそうかもしれないが私は違う」

「おい!俺はナディア嬢を不当に扱う奴を許すつもりはない!」

「言葉だけなら何とでも言えるさ」

「お待ちください!!!!」


 好き勝手に言い合いをしだす男達にナディアが声を上げて制止する。
 三人はピタリと言葉を止め、ナディアに視線を向けた。

 ナディアはチラリとフィリップを見たが、フィリップがコクリと頷くのを確認して自身も頷く。そして三人に向き直り、キッパリと自分の気持ちを告げた。


「ドルフィーニ国に滞在なさる事に何も言う気はありませんわ。ですが、お二人の都合に合わせて私が時間を作る事はいたしません。それでも構わなければお好きになさってください」

「それで構いませんよ」

「俺も異論はない」

「俺は異論しかねぇがな」


 エラディオが面白くなさそうに告げると、ナディアが苦笑を漏らす。


「お父様。とりあえず帰国した事を国王陛下にご報告したいと思います」

「そうだな。ジョバンニ殿下の事もあるし、この後王宮へ向かう事にしよう」

「はい。エラディオ様も一緒に行ってくださいますか?」

「当然だろ。その為にドルフィーニに来たんだ」

「フフフ、ありがとうございます」


 ナディアが嬉しそうに笑うと、エラディオも表情を崩す。
 だがローデウェイクとマティアスも城に戻ると言うので、結局全員で城に向かう事になった。

 ナディアはエラディオが用意した馬車、つまりザクセン王家の馬車に乗る事になり、ローデウェイクとマティアスは最後まで文句を言っていたが、そこはエラディオが強引に押し切った。
 フィリップはナディアの意思を尊重すると言って、特に反対する事もなくサルトレッティ公爵家の馬車で王宮に向かった。
 ローデウェイクとマティアスも、サルトレッティ家に来る時に乗ってきた馬車に乗りこむ。エラディオが引き連れて来た護衛達と、ローデウェイクとマティアスの護衛、それにサルトレッティ家の騎士団が追随する形になり、人目を集める程の大所帯になってしまった。


「…目立ちすぎですわ」

「しょーがねぇだろ。アイツ等も王族なんだし、俺もかなりの人数を連れて来てる。ま、お前の王都への凱旋なんだから、このくらいじゃねぇと面白くねぇよ」

「面白くする必要はないのでは?」

「ばーか。お前を陥れた奴等や、噂を少しでも真に受けてた奴等が、この行列を見てちったぁ驚けばいいんだよ」

「私はエラディオ様が分かってくださっていればそれで構いませんわ」

「…何でそういう可愛い事言うんだよ」


 可愛い事を言った覚えはないが、エラディオが悶えている。
 その姿を見ているとクスクスと笑いが込み上げ、そして何だか胸が暖かくなった。

 好きな人に可愛いと言ってもらえる事が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。


 そして、しばらくしてようやく王宮に着いたナディア達は、謁見の間で会いたくなかった人物に遭遇する事になったのだった。



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