うだるような夏に

理崎

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 後ろから口を覆われ、抱き抱えられている。訳もわからずその身を預けていると、ぬっと『何か』が現れた。図体のせいで表情は窺えないが、見失っているようだ。
 知能が低いか、目が見えないか。後者であれば息すら潜める必要がある。

 そのまま、何分がたっただろうか。ようやく気配が消えた。
「……よかった」
 後ろの人物が声を発した。
「もう、大丈夫かな」
「……助けてくれてありがとうございました」
 振り向いて頭を下げる。この人が何者かわからずとも、命の恩人である。すると彼は首を振った。
「いや、他の子達は助けられなかったし……」
 見ていたのだろうか。
「怪我してるね。歩ける?」
「ああ、大した事ないので大丈夫ですよ」
「それならよかった」
 突然、誰かの悲鳴が響いた。……佐々木だ。逃げた先でやられてしまったのだろう。
 申し訳ないことをした、と思う。彼らが俺の事をどう思っていようと俺の責任ではあるのだ。俺が判断を間違えてしまったから。だから彼らは死んでしまった。
「ところで君、お名前は?」
「香月廻と言います」
「香月……? え、香月グループの?」
「はい」
 俺の家は大正時代から続く大企業だ。いろんなところに繋がりを持つ。警察とだって。
 だから大概のことは揉み消せる。死者が出ていることが厄介ではあるけど、父さんなら問題ないだろう。
「そっか~ じゃあ薫さんのご子息なんだ」
「……そうですね」
 香月グループの会長である香月薫、つまり俺の父さんは今回に限り、世襲制を取りやめることにした。その事で分家からかなりの批判があったらしい。昔からの慣習なのだからと。
 しかしもうひとつの慣習『本家の方針には逆らうべきでない』からその批判も収まりつつある。
 とにかく、それにより俺は香月グループを継げない。だから俺の名字が香月であることに、なんの意味もないということだ。
「あなたは?」
「俺は榊湊だよ。 ……実はこの辺の人じゃなくてね、宿を探していたところなんだ」
 泊めてくれということだろうか。不信感が募る。宿を探して、どうしてこんなところに?
「うち、来ます?」
「え、いいの!?」
 怪しいことに変わりはないが、この人は俺の名前を知った。正確には香月を。家の品位を落とすことは、してはいけない。
「じゃあ、行きましょう」
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