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プロローグ

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「……ん…あれ?」

「…お嬢様!!お目覚めになられたのですね!!今旦那様方をお呼びしてまいります!!」

「え?ちょ、まっ…」

起き抜けの私を見て喜んだ顔をしたメイド服を着た人が、私の話も全く聞かず部屋を出て行ってしまった。

何だか頭がこんがらがってる気がする。まずは落ち着いて今の状況を思い出そう。

えーと、私の名前は…ユリーナ・フェリス。5歳。フェリス公爵家の娘。と言っても養女だが。

確か魔力の暴走を引き起こして寝込んでいたはずだ。先ほどのメイド服の人は私付きの侍女でメアという。

まだ5歳の自分が何でこんなに大人びた考えが出来るのか。それは前世の記憶を思いだしたからだろう。

つまり、所謂転生をしたわけだ。多分魔力暴走で熱に魘されたのが原因で記憶がよみがえったのではないかと思う。


そしてもう一つ思い出したことがある。それはこの世界が乙女ゲームの世界だということ。

ベッド脇に置いてあるスタンドミラーで自分の顔を覗き込む。

…うむ、まだ幼いが、この顔は間違いなくあの乙女ゲーのキャラクターだ。そして自分の名前も。

なんて考えているとどたばたとこの部屋に近づいてくる足音がする。そしてためらいもなく思いっきり扉が開かれた。


「ユリー!ユリーナ!!ああ、体は何ともないかい!?心配したんだよ」

部屋に入るなり開口一番、私の名を呼びながら、

私を養女に引き取った義父であるユベル・フェリスがぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。

「お父様、大丈夫です。それとちょっと手を緩めていただけるとうれしいです」

「おぉ、そうだな、すまないユリー。だが心配だったのだよ」

「そうよ、ユリー。あなたが魔力を暴走させたと聞いて、どんなに生きた心地がしなかったか…」

「これからは僕と一緒に魔力操作の練習をしよう」

義父に続いてその奥方である義母のシンシア・フェリスにも今にも泣きそうな顔で心配され、

最後には義兄であるキリク・フェリスに優しく抱きしめられた。

「ご心配おかけして申し訳ありません、お母様。お兄様もありがとう」

養女である私に、本当の娘の様に扱ってくれるこの優しい人たちに、
私は親愛を込めて、父、母、兄と呼ぶ。

そして、家族にこれ以上心配かけないように、にっこりと微笑みながら私は考える。この世界が本当に乙女ゲーであるならば、

義兄は攻略対象の一人でもある。そしてその義妹であるわたしの立ち位置はというと…なんとヒロインだ。

大体の乙女ゲーのヒロインは、普通は平民だったり、男爵令嬢だったりするものだが、

めずらしく公爵である高位の令嬢なのだ。

だが、だからと言って悪役令嬢のように王子と婚約者になっているとかの設定はなかったが。

そう、やはり悪役令嬢の存在はもちろんいる。そして王子の婚約者になるはずだ。

そして例にもれずざまあされて国外追放になる。

私は思った。どうせ転生するなら悪役令嬢の方がよかったなと。なぜならヒロインの性格設定が嫌いだったから。

外見は女神かと見紛うほどの美少女だから悪くはないが…

性格だけは、ゲームユーザーから反感を買うほどの、

天然ぶりっ子という元の自分とは真逆のせいもあって、好きになれそうもない。

養女でも公爵令嬢として育つはずなのに、礼儀もなっていない、やばい子だった。

そしてそんなキャラになりきるのも無理だ。今までのユリーナ(自分)の性格を顧みても、

どうやらゲーム設定の性格ではなく、私自身の性格の様に振舞っているようだった。

だから逆にぶりっ子になるのもおかしいと思うし、これでよかったのではないかとも思う。

此処はゲームの世界かもしれないが、自分たちは普通に生きて生活している。

もしかしたら強制力なんてものがあるかもしれないが、それでもセーブやリセットの効かない現実なのだと、実感する。

ならば、と思う。ゲームのシナリオに沿う必要なんてないと。むしろ抗いたい。

せっかく新しく生まれ変わったのだから自由に生きたい……。

悪役令嬢の彼女も、私が変わればきっとざまあされることもないだろう。もしかしたら良い友達になれるかもしれないしね。

そう考えたら、なんだかヒロインとして生まれても、ユリーナ・フェリスとして生きるのは悪くないかなと思える。

家族みんなも優しく、むしろ溺愛しているくらいだから、恵まれているのだろう。

そして、これからの事を考え、わくわくしている自分に気付く。うん、楽しみだ。





__________________________________





あれから数年がたった。

前世の記憶を思い出してからの私は、折角公爵家の養女になったのだからと、

家庭教師をつけてもらい、暇さえあれば家の書斎の本を片っ端から読み漁り、魔法学に、色んな勉学に励みながらも、

父の領地経営も学び、とにかくできることは全て学んでいった。


そこまでしなくても…と思うくらい必死になって勉強したのには一応理由がある。


ゲーム上のヒロインは、公爵家の養女になっても、公爵令嬢としての教養を学ばなかった。


元々の養女になった理由は、ヒロインのもつ魔力に関係がある。よくある聖女設定で、聖属性、所謂光魔法を持っているためだ。

国にとっても機密事項に近いそのことに対し、まだ魔力が不安定で、本当に聖女なのか見極めるため、

公爵夫妻はヒロインが成長するまでは国王には知らせず、自分たちで引き取り育てることにしたのだ。

夫妻は昔娘を病気で亡くしていたことがあり、寂しく思っていた夫妻は何もしてあげられなかった亡き娘の代わりにと

これでもかというほど甘やかしたのだ。


公爵家に引き取ったからには、ヒロインを立派な令嬢にしようと、令嬢教育を施したが、

平民として今まで育ったヒロインは、できない、わからない、もうやりたくないとただ泣くばかり。

フェリス夫妻は、そんなヒロインを叱ることもせず、亡き娘に好きなことをさせてあげられなかったからと、

ヒロインに好きにさせてあげようと、ただただ甘やかすことしかしなかった。


オイオイ、公爵家の人間がそんな娘を育てていいのかと、設定を読んだときは思ったが。


ヒロインがぶりっ子になってしまったのは、可愛くおねだりすれば何でも言うことを聞いてくれる、

甘やかして育てたフェリス夫妻が原因だろう。しかも本人には本気で悪気はなく、故に天然ぶりっ子なのだ。


そしてそのまま成長したヒロインは、公爵令嬢としての教養もないまま、所謂、お花畑な能天気な平民少女になってしまった。



そのヒロインが、王都の学園へと入学し、攻略対象達と恋愛し、ハッピーエンドを迎える。ただ、教養がないヒロインが、

ハッピーエンドの後どう生活できたのか……もちろんその描写はゲームには書かれていない。


ユーザーの声から、絶対幸せじゃない!!という感想が大半で、私もそう思った一人だ。

特に相手が第一王子の場合、そんな頭でお妃なんて絶対無理だろう。

まあ、他の乙女ゲーのヒロインは平民が多いから教養がないのは当たり前だからわかるものの、


この乙女ゲーム、「月光に捧ぐ愛」のヒロインは、できる環境にありながら、自分の我儘で教養を拒否した。

そんなヒロインが、攻略対象と恋に落ちたからと、勉学に勤しむだろうか……?


お花畑脳では難しいのでは…?というのが自分たちユーザーの見解だった。


私は、ヒロインだからと言ってそのままヒロインと同じ行動をするつもりもなければ、

何もしない、おバカな令嬢にもなるつもりもないし、なりたくもない。


だから私は、頑張って勉強し、ゲーム設定のヒロインとは逆の行動で成長していった。


家族との関係も良好だ。





そして、16歳になったら学園に入学する。魔力を持つ令嬢、令息は皆入らなければならないという学園へ。


そこで私は、本来の筋書きなら攻略対象と恋愛するのだろうが、そんなつもりは全くない。

何が悲しくて婚約者のいる相手に色目を使わなければならないのか。

そんな横取りするようなことしたくもないし、それに色目とか自分の性格上無理だ。


転生前の私はキャリアウーマンで、仕事が恋人、生き甲斐だったため、もちろん彼氏もいなかった。

恋愛初心者といってもいいかもしれない。

だが、そのかわりと言っては何だが、会社にはイケメン率が高く、イケメン耐性だけは強くなってしまった。

とくにその会社の副社長が御曹司で一番のハイスペックで、芸能人も霞むのではと言われるほどだった。

さらに言うと、私はその副社長の秘書を一時していたことがある。短い期間だが一緒に仕事はしたものの、

憧れはしたが恋はしなかった。副社長には例のごとく婚約者がいたから。

憧れを抱いたと同時に線をひいたのだ。

相手がいる異性にのめりこむ前に引けるのは自分の良いところだと思う。


まあつまり、何が言いたいのかというと、乙女ゲームのキャラだからと、

美形がどんなにいようとそれくらいでは振り回されたりなんてしない。ということだ。



それに、この乙女ゲーム、実際にプレイしてたのは妹で、

私はただ妹が楽しそうに攻略本を開きながら力説していたのを聞いていただけなのだ。

とは言っても詳しいルート内容まではあまり覚えていないが。


とりあえず、学園では目立たないようにしよう。普通の学園生活がしたい。

眼鏡かけて地味にみせてみるか。うん、そうしよう。


ただ問題なのが、魔法を使うときに現われる、己の体の変化だ。

聖女という設定なだけあって、光魔法を使うと髪色が変化し、体が発光するという現象が起きる。

今の私の髪は紫色だ。それが眩いばかりの黄金色へと変わるのだ。

実はその黄金色が本来の髪色で、聖女としての完全なる覚醒がくるとその黄金色に定着するという設定だったはず。


光魔法以外なら使っても変化は何もないようなので、それさえ使わなければ何も問題ない。

とは思うのだが、使わなくいいままでなんてないだろうな…これは後でお父様に相談してみよう。







__________________________________________________________________________________________



今年でもう15歳になった私。来年には学園に入学だ。

今まで自分の思う様に生きてきたわけだが、ゲーム設定とは違うことが増えていた。

お兄様のことだ。設定ではたしかお兄様が12歳のころに婚約者が出来ていたはずなのに、未だそんな相手がいない。

候補の手紙はよく来ているそうなのだが、どれもお兄様の意思で断っているという。

両親も恋愛結婚だったため、政略結婚などで無理に決めることはしない。

子供たちの意思に尊重すると言ってくれているのだ。


貴族社会においてそれだけは難しいだろうと私は思っていたのでありがたかった。


それはともかく、以前お兄様になぜ婚約者を作らないのかと聞いたら、実は心に決めた方がいるのだとか。

父上、母上には内緒だよ?などと言いながら、当時10歳の私を膝にのせて柔らかく抱きしめ、

さらさらと私の髪をなで、優しく微笑んでいた。

いやいや、心に決めた人がいるなら妹であっても妹にこんなべたべたするのはいかがなものか。

相手に対しても良くは無いだろう。そんなふうに思うことを兄に伝え、離れようとしたが、兄は聞き入れてくれなかった。


「ユリーは私が嫌いなのかい?私はこんなにユリーを愛しているのに…」

「そんなことはありません!私もお兄様の事は愛しています!」

もちろん家族としてだけど。お兄様もそのはずだ。


「それなら、私の愛しいユリー、たった一人の兄のささやかなお願いを聞いてくれるかい?私から逃げないでほしい」

「逃げるって、お兄様、私は逃げてなどおりません!」

「だったら私から離れようなどとしないでくれ。ユリーがいなくなったら私は生きていけない」

「そんな…、大袈裟ですよ、お兄様」

お兄様、ちょっとシスコン拗らせ過ぎではないだろうか。

「大袈裟ではない。頼むから、ユリー…」

…うっ、懇願してくるお兄様のこの目に昔から弱いのに…もしかしてわかっててやってるのだろうか?

「わ、わかりました」

結局根負けして唸っていた私に最後のお兄様の小さな呟きは聞こえていなかった。


「…私が君を愛でるのは何も問題はないんだよ。ユリーナ。そう、ね…」






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