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緑と変態とおにごっこ

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「うおぉおおおおお!」

 鬼ごっこが始まっておよそ十分ほど。
 俺と通普は順調に子供たちを捕まえ、残り逃げている子供は五人になっていた。

「う、うおぉおおお!」

 このままいけば余裕で全員捕まえることが出来るだろう。
 ココア・ブラウンも妨害してくることはなく、公園の隅でこちらを見ているだけだ。おいお前も戦えよ諸悪の根源。

「うおおおお……おお……」

 だが、順調に思える一方で、一つ問題があった。

 体力がなくなって走れなくなったとか、足の速い子がいて追いつけないとかじゃない。
 あと念のために言っておくが、ブルマとか裸ワイシャツとか裸リボンに興奮してしまって走れないということでも断じてない。……断じてない!

「……………………」

 しかし精神的に、世間体的にこれ以上はまずいんじゃないかと思えるような、そんな問題がある。
 その問題とは、

『キャァァアアアア!』
『こないでぇ!』

 ――子供たちの悲鳴が胸に突き刺さってすごくつらい!

 子供たちの洗脳を解くために正義の味方として追いかけているはずなのに、すごく悪いことしている気分だ。
 果たしてブルマの小学生を追いかける男子高校生に情状酌量の余地はあるのだろうか。

「な、なあ通普――」

『ふはははは! 待てぇ! 待つんだぁ!』
『キャァアア!』
『はーっはっは! 捕まえたぞ!』
『いやぁ! はなしてぇ!』
『こら! 暴れるんじゃない!』

 誘拐の真っ最中だと説明されたら納得できてしまいそうだ。
 もしかしたら彼と次に会うのは法廷か刑務所の面会になるかもしれない……って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!

「ちょっと待て! その絵面はまずい!」

 裸ワイシャツの小学生を追いかけまわしている変態がいた。

 悲鳴を上げる子供を追いかけまわす全身タイツの不審者にしか見えない!
 とても正義の味方とは思えない!

「おい落ち着け! いったん止まれ!」
「おお緑! たった今、新たに一人捕まえたところだ!」
「ああうん、見てたよ」
「これで後四人だな!」

 嬉しそうに通普は言ってくるが、このまま鬼ごっこを続けていいのだろうか。

「いや、それなんだがな、ちょっと落ち着いて考えたらなんか間違えてる気がする」
「どういうことだ? 私たちは子供を追いかけまわしているだけだぞ?」
「さすがにこれ以上は法に触れる気がしてならない」

 もう手遅れだという気もするけど。

 いくら洗脳を解くためだと言っても、事情を知らない人からしたら小学生を捕まえようとしている高校生にしか見えない。たとえ、そこにどんな理由があったとしても世間が許さないだろう。

「何を言っているんだ緑!」

 だが俺の不安を聞いた通普は、俺の両肩に手を置き言い聞かせるように話し始めた。

「いいか緑、たしかに私たちは今、セーフとアウトのギリギリなことをしているかもしれない。だがそれは、全ては子供たちのためなんだ!」
「…………っ!」
「たとえどんなに見た目がアレであっても、人を助けるのにそんなことは気にしていられない! 人を助けるために全力を尽くす、それが正義なのだから!」
「そうか……そうだよな。お前の言う通りかもしれない。わかったよ、俺、全力で子供を追いかけまわすよ!」
「ああ、頑張ろうな緑!」


「「ぐへへへへ! 待てぇー!」」
「「「「いやぁぁあああああ!!!!」」」」


 こうして、制限時間内に無事全員を捕まえることが出来た。
 でも何だろう、人として何か大事なものを失った気がする。


 ○


「勝負は私たちの勝ちだな!」

 鬼ごっこが終了し、子供たちの洗脳も無事解くことが出来た。洗脳が解けた瞬間に、何人か悲鳴を上げている子もいたけど。

 しかもどうやら洗脳されていた間の記憶は残っているようで、俺と通普を見て、氷点下の眼差しと共に、逃げるように去って行ったのは俺の心に傷として深く刻み込まれた。

 ……うん、あの時はテンションがおかしなことになってたな。反省しよう。あの子たちもトラウマになっていなければいいのだが。

「ふん、しょうがないの。今回は負けを認めてやろう」

 あっさりと負けを認め引き下がるココア・ブラウン。
 意外だな、さっきあれほど怒っていたしもっとごねるかと思ったんだが。

「だが覚えておけ! 次はこう簡単にはいかないからの!」

 ココア・ブラウンは負けた悪役らしい捨て台詞を残し公園から出ていく。
 もしかしたら別に洗脳された人たちを用意していて、第二回戦があるのではないかと疑ったが、そんなこともなかった。

「ま、待てココア・ブラウン! 人類洗脳機を渡すまで逃がさないぞ!」
「まあまあ、落ち着けって。子供の洗脳は解けたんだし、それだけでいいだろ」
「だが緑、洗脳機を壊さないと、また新たに誰かが洗脳されてしまうかもしれないぞ」
「それはそうかもしれないけどさ、そもそもココア・ブラウンが洗脳機を持ってなかったら意味がないだろ?」
「それは確かに……今あいつが持ち歩いているかどうかはわからないな」

 どうにか通普も納得してくれたようだ。正直これ以上こいつらの勝負に付き合わされるのは面倒だったからな。納得してくれて本当に良かった。

「わかった! 今回は子供たちの洗脳が解けたということで良しとしよう!」
「うんうん、じゃ、俺帰るから」
「ええー、今日の勝利を祝して打ち上げに行こうぜ緑―」
「絶対に嫌だね」
「そんなことは言わずにさ! 今日の勝利と緑が仲間になったことに乾杯をしよう!」
「だから! 俺は仲間にはならないって言ってんだろ!」

 確かにさっきは通普に協力して鬼ごっこに参加したが、それは洗脳された子供たちを放っておくことが出来なかったからだ。決して仲間になったからじゃない。

「頼むよ緑!」
「ああもうしつこい!」


「……あー、君たち、ちょっといいかな?」


「「えっ?」」

 付きまとう通普を適当にあしらっていると、不意に声をかけられた。
 顔を向け声の主を確認すると、サァッ、と顔から血が引いていく感覚がした。

 ……あ、これまずい。

 その人物は濃紺の制服を着て帽子をかぶり、厳格な雰囲気をまとっていた。
 どことなく近寄りがたい印象のその人物は、通普のような自称とは違う、正真正銘の正義の味方――

「ここで高校生の男子と全身緑色の服装をした不審者が小学生を追いかけまわしていたという通報があったのだが……君たち、少し話を聞かせてくれるかな?」

 ――警察官だ。

 …………ま、まさかココア・ブラウンのやつ、こうなることがわかってたから先に逃げたのか!

「いや、そのー」
「えーっと、僕たちはですね……」
「…………」
「あのー、えー」
「え、えへへへ……」
「…………」
「「…………」」
「…………」
「……通普」
「……ああ」


「「逃げるぞっ!」」
「こらっ! 待ちなさい!」


 さっきまでとは違い、逃げる側になった俺達。
 さあ、絶対に捕まってはいけない鬼ごっこの始まりだ!

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