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揺れる心
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エドガーは戸惑っていた。
あれだけ自分に近づき、馴れ馴れしくしてきたルナが、急に自分に対して冷たくなったような気がしていた。
いつもならエドガーがルナの部屋の前を通りかかると、ルナは少し低い落ち着いた声で「エドガー」と声を掛けてきた。その声が心地よくて、エドガーは見回りの交代を心待ちにするようになっていた。
だが突然、ルナはエドガーが来ても声をかけてこなくなった。エドガーが覗き窓から部屋の中を見ると、大抵ルナは椅子に座って本を読むか、ストーブの前にいて薪をくべていた。
「そろそろ新しい本が欲しいんじゃないか?」
我慢できなくなり、エドガーの方からルナに声をかけてみた。だがルナはぎこちない笑顔で首を振るだけだ。
「まだ全部読み終わってませんから」
「……そうか。もし……他に本が読みたくなったら俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます」
ルナは笑みを浮かべたが、やはりエドガーのそばに寄ろうとしなかった。
(俺のことを避けている? 俺、何かルナの機嫌を損ねるようなことをしたか……?)
エドガーにはルナの態度の変化の理由が分からない。最近はルナとの交流が日々の楽しみになっていた彼にとって、ルナとろくに話もできないのは寂しかった。
♢♢♢
ルナはエドガーの頭の中に侵入して以来、恥ずかしくて彼の顔をろくに見れなくなってしまっていた。
彼が自分に劣情を抱いていることを知ってしまった。そう仕向けたのは自分なのに、事実を目の当たりにするとどうしていいか分からない。
ルナはエルマン王の遺体を見つけるという目的の為、仲間の闇魔法使い達の為だけに人生を捧げてきた。エドガーに笑みを向けたら彼は簡単に顔を赤らめたので、男を誘惑するなどたやすいことだと思っていた。
だがルナは恋愛に関しては素人同然なのだ。彼が自分の裸を想像している、という事実すら、ルナには耐えられない現実だった。
その次の日から、ルナはまともにエドガーの顔を見られなくなってしまった。いつも遠く離れてエドガーに挨拶し、用があって外に出る時も、エドガーの顔を見ないようにしていた。
見張りの交代の時間になり、エドガーは担当であるルナがいるフロアへと向かう。
昼の見張りをしていた仲間の騎士ケヴィンは、引継ぎの時に思わぬことをエドガーに話した。
「ルナに頼まれて図書室に行ったが……あの女、いつまでもダラダラと図書室で時間を潰してさ。外に出たいから図書室に行きたいなんて言うんだろうが、あれに毎度付き合わされたらたまったもんじゃないよ」
「図書室に行ったのか? ルナと?」
エドガーが驚いて目を丸くしているのを、ケヴィンは怪訝な顔で見る。
「行ったけどそれがどうした? お前、あの女に付き合わされて図書室に行ってるんだろ? よく耐えられるな」
「そうか……」
明らかにエドガーは動揺していた。図書室に行きたいなら俺を呼べ、とエドガーはルナに話していた。ルナも「ありがとう」と言っていた。
(別に俺と約束していたわけじゃない。たまたま俺がいない時に、どうしても図書室に行きたかったのかもしれない)
それでもエドガーは、次第に自分の心に沸き上がる怒りのような感情を抑えられなかった。
(やっぱりルナは俺を避けている)
「散々俺を待たせて『終わりました』の一言だけだぞ? 可愛げのない女だ。せめて愛想の一つでもあればな。俺達騎士が闇魔法使いに嫌われるのは当然だとしてもさ、あいつらはこれからここで生涯を暮らすんだぜ? いつまで意地を張るつもりなんだか」
ケヴィンはため息をつきながらぼやく。ケヴィンはエドガーと年が近く、仲間には気のいい男だが闇魔法使いには一線を引いて接する。ルナがケヴィンには素っ気ないのは、彼がルナにほだされるような男ではないからに違いなかった。
「ルナは図書室が好きだから、つい長居してしまうんだろう。後は俺に任せて、早く休め」
「そうさせてもらうよ。じゃあ、後はよろしく」
ケヴィンは大あくびをしながらエドガーの肩を叩き、去って行った。
♢♢♢
その日の夜、ルナは風呂に行く為にドアの鈴を鳴らした。
「どうした?」
覗き窓からエドガーが顔を覗かせた。
「お風呂に行きたいんです」
「……分かった」
エドガーは素っ気ない返事をして、鍵を開けて扉を開けた。ルナは一瞬エドガーの顔を見た後、すぐに目を伏せて無言のまま部屋を出る。
ルナは籠の中に着替えを入れ、それを抱えたままエドガーと一緒に歩き出した。エドガーはルナに話しかけてこない。彼の表情は硬く、何故か苛立っているように見える。
やがて風呂場の前に着く。扉を開けると着替えをする空間があり、その奥に風呂がある。
「ありがとうございます」
エドガーにお礼を告げ、籠を床に置く。ふと気配を感じたルナは振り返った。
彼女の前に、エドガーが無言で立っていた。普段、エドガーが風呂の中に入ってくることは決してない。見張りの騎士は扉の前に立ち、出てくるまで待っている決まりだ。
「あの……着替えるので、扉を閉めていただけますか?」
戸惑いながらルナが言うと、エドガーはそのまま扉を閉めた。着替えの所にルナとエドガーは二人きりである。
ルナは思わず一歩後ろに下がった。
「外に出てもらえます?」
「すぐに出るよ。でも少しだけ、あなたと話がしたいんだ」
「話なら、廊下で伺います」
ルナは少し震える声で言った。
「心配しないでくれ。あなたに触れるつもりはない。ただ……俺があなたに何か失礼なことをしたのなら、謝りたいんだ」
「謝る……?」
「俺のことを避けているだろう? 何か腹を立てているなら、理由を話してくれ」
「別に、あなたに怒っていることなんて何もありません」
ルナは慌てて首を振る。
「ならどうして、俺を避けるんだ? 俺はあなたのことが分からない」
エドガーは悲しそうに眉を下げ、ルナをじっと見つめた。
「避けてなんかいません。私は……闇魔法使いです。騎士のあなたとは仲良くしてはいけないんです」
まさか「あなたの頭の中を覗いてしまいました」などと本当のことを話せるわけもない。ルナはそれらしい理由をエドガーに話した。
「誰かに何か言われたのか? ケヴィンとか……」
「いえ、彼には何も言われてません。私が自分でそう思ったんです。少し、あなたに馴れ馴れしくしすぎたと思って……」
目を伏せながらルナは気まずそうに話す。
エドガーは少し黙った。俯いて何か考え、やがて顔を上げた。
「俺は、あなたに話しかけられて嬉しかった」
ルナは顔を上げ、エドガーと見つめあった。エドガーの真っすぐな目が、ルナの胸を締め付けた。
「規則は知ってる。でも……俺はあなたが好きだ。さっきは触れないと言ったが、正直に言って俺はあなたに触れたい。あなたをもっと知りたいんだ」
ルナは何故か泣きそうな気持ちになっていた。男性から強い気持ちをぶつけられたのは生まれて初めてのことだった。
無言のまま、ルナはエドガーに近寄った。そしてそっとエドガーの腰に手を回す。
「私……どうしていいのか分からない。これは恋なの?」
エドガーはその瞬間、ルナを強く抱きしめた。
男の強い力で抱きしめられたルナは、ずっと張りつめていた心がほどけていくのを感じていた。世界に自分は一人ではないと感じられた瞬間だった。
ルナの目から涙がこぼれた。エドガーは体を離すとルナの唇にキスをした。
それはルナが初めて知る、愛を確かめるキスだった。
あれだけ自分に近づき、馴れ馴れしくしてきたルナが、急に自分に対して冷たくなったような気がしていた。
いつもならエドガーがルナの部屋の前を通りかかると、ルナは少し低い落ち着いた声で「エドガー」と声を掛けてきた。その声が心地よくて、エドガーは見回りの交代を心待ちにするようになっていた。
だが突然、ルナはエドガーが来ても声をかけてこなくなった。エドガーが覗き窓から部屋の中を見ると、大抵ルナは椅子に座って本を読むか、ストーブの前にいて薪をくべていた。
「そろそろ新しい本が欲しいんじゃないか?」
我慢できなくなり、エドガーの方からルナに声をかけてみた。だがルナはぎこちない笑顔で首を振るだけだ。
「まだ全部読み終わってませんから」
「……そうか。もし……他に本が読みたくなったら俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます」
ルナは笑みを浮かべたが、やはりエドガーのそばに寄ろうとしなかった。
(俺のことを避けている? 俺、何かルナの機嫌を損ねるようなことをしたか……?)
エドガーにはルナの態度の変化の理由が分からない。最近はルナとの交流が日々の楽しみになっていた彼にとって、ルナとろくに話もできないのは寂しかった。
♢♢♢
ルナはエドガーの頭の中に侵入して以来、恥ずかしくて彼の顔をろくに見れなくなってしまっていた。
彼が自分に劣情を抱いていることを知ってしまった。そう仕向けたのは自分なのに、事実を目の当たりにするとどうしていいか分からない。
ルナはエルマン王の遺体を見つけるという目的の為、仲間の闇魔法使い達の為だけに人生を捧げてきた。エドガーに笑みを向けたら彼は簡単に顔を赤らめたので、男を誘惑するなどたやすいことだと思っていた。
だがルナは恋愛に関しては素人同然なのだ。彼が自分の裸を想像している、という事実すら、ルナには耐えられない現実だった。
その次の日から、ルナはまともにエドガーの顔を見られなくなってしまった。いつも遠く離れてエドガーに挨拶し、用があって外に出る時も、エドガーの顔を見ないようにしていた。
見張りの交代の時間になり、エドガーは担当であるルナがいるフロアへと向かう。
昼の見張りをしていた仲間の騎士ケヴィンは、引継ぎの時に思わぬことをエドガーに話した。
「ルナに頼まれて図書室に行ったが……あの女、いつまでもダラダラと図書室で時間を潰してさ。外に出たいから図書室に行きたいなんて言うんだろうが、あれに毎度付き合わされたらたまったもんじゃないよ」
「図書室に行ったのか? ルナと?」
エドガーが驚いて目を丸くしているのを、ケヴィンは怪訝な顔で見る。
「行ったけどそれがどうした? お前、あの女に付き合わされて図書室に行ってるんだろ? よく耐えられるな」
「そうか……」
明らかにエドガーは動揺していた。図書室に行きたいなら俺を呼べ、とエドガーはルナに話していた。ルナも「ありがとう」と言っていた。
(別に俺と約束していたわけじゃない。たまたま俺がいない時に、どうしても図書室に行きたかったのかもしれない)
それでもエドガーは、次第に自分の心に沸き上がる怒りのような感情を抑えられなかった。
(やっぱりルナは俺を避けている)
「散々俺を待たせて『終わりました』の一言だけだぞ? 可愛げのない女だ。せめて愛想の一つでもあればな。俺達騎士が闇魔法使いに嫌われるのは当然だとしてもさ、あいつらはこれからここで生涯を暮らすんだぜ? いつまで意地を張るつもりなんだか」
ケヴィンはため息をつきながらぼやく。ケヴィンはエドガーと年が近く、仲間には気のいい男だが闇魔法使いには一線を引いて接する。ルナがケヴィンには素っ気ないのは、彼がルナにほだされるような男ではないからに違いなかった。
「ルナは図書室が好きだから、つい長居してしまうんだろう。後は俺に任せて、早く休め」
「そうさせてもらうよ。じゃあ、後はよろしく」
ケヴィンは大あくびをしながらエドガーの肩を叩き、去って行った。
♢♢♢
その日の夜、ルナは風呂に行く為にドアの鈴を鳴らした。
「どうした?」
覗き窓からエドガーが顔を覗かせた。
「お風呂に行きたいんです」
「……分かった」
エドガーは素っ気ない返事をして、鍵を開けて扉を開けた。ルナは一瞬エドガーの顔を見た後、すぐに目を伏せて無言のまま部屋を出る。
ルナは籠の中に着替えを入れ、それを抱えたままエドガーと一緒に歩き出した。エドガーはルナに話しかけてこない。彼の表情は硬く、何故か苛立っているように見える。
やがて風呂場の前に着く。扉を開けると着替えをする空間があり、その奥に風呂がある。
「ありがとうございます」
エドガーにお礼を告げ、籠を床に置く。ふと気配を感じたルナは振り返った。
彼女の前に、エドガーが無言で立っていた。普段、エドガーが風呂の中に入ってくることは決してない。見張りの騎士は扉の前に立ち、出てくるまで待っている決まりだ。
「あの……着替えるので、扉を閉めていただけますか?」
戸惑いながらルナが言うと、エドガーはそのまま扉を閉めた。着替えの所にルナとエドガーは二人きりである。
ルナは思わず一歩後ろに下がった。
「外に出てもらえます?」
「すぐに出るよ。でも少しだけ、あなたと話がしたいんだ」
「話なら、廊下で伺います」
ルナは少し震える声で言った。
「心配しないでくれ。あなたに触れるつもりはない。ただ……俺があなたに何か失礼なことをしたのなら、謝りたいんだ」
「謝る……?」
「俺のことを避けているだろう? 何か腹を立てているなら、理由を話してくれ」
「別に、あなたに怒っていることなんて何もありません」
ルナは慌てて首を振る。
「ならどうして、俺を避けるんだ? 俺はあなたのことが分からない」
エドガーは悲しそうに眉を下げ、ルナをじっと見つめた。
「避けてなんかいません。私は……闇魔法使いです。騎士のあなたとは仲良くしてはいけないんです」
まさか「あなたの頭の中を覗いてしまいました」などと本当のことを話せるわけもない。ルナはそれらしい理由をエドガーに話した。
「誰かに何か言われたのか? ケヴィンとか……」
「いえ、彼には何も言われてません。私が自分でそう思ったんです。少し、あなたに馴れ馴れしくしすぎたと思って……」
目を伏せながらルナは気まずそうに話す。
エドガーは少し黙った。俯いて何か考え、やがて顔を上げた。
「俺は、あなたに話しかけられて嬉しかった」
ルナは顔を上げ、エドガーと見つめあった。エドガーの真っすぐな目が、ルナの胸を締め付けた。
「規則は知ってる。でも……俺はあなたが好きだ。さっきは触れないと言ったが、正直に言って俺はあなたに触れたい。あなたをもっと知りたいんだ」
ルナは何故か泣きそうな気持ちになっていた。男性から強い気持ちをぶつけられたのは生まれて初めてのことだった。
無言のまま、ルナはエドガーに近寄った。そしてそっとエドガーの腰に手を回す。
「私……どうしていいのか分からない。これは恋なの?」
エドガーはその瞬間、ルナを強く抱きしめた。
男の強い力で抱きしめられたルナは、ずっと張りつめていた心がほどけていくのを感じていた。世界に自分は一人ではないと感じられた瞬間だった。
ルナの目から涙がこぼれた。エドガーは体を離すとルナの唇にキスをした。
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