王女キャスリーンの初恋

弥生紗和

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初恋

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 その後、航海から戻ったゴルトウェーブ家の主人、マシューは愛する息子と家を一度に失い、悲しみに暮れた。

 クラウスの噂はすぐに港町ブルーゲートにも広まり、メルクリウス商会の評判にも響いた。デクスター王を殺害したクラウスの罪に対する、王家であるレーヴェンハーツ家が下した決定は、マシューを表舞台から完全に引退させること。そして息子のブレンドンに商会を任せること。レーヴェンハーツ家は、豊富な資金と海軍を持つゴルトウェーブ家に大きな貸しを作ったのである。

 マシューはすっかり気落ちし、妻が暮らす小さな邸宅に引きこもることになった。クラウスを甘やかし、彼に好き放題させていたことを知る人々は、そのことを冷ややかに見ていた。

 暴れ者のクラウスがいなくなった港町ブルーゲートは、以前よりも平和で明るい町になった。ブレンドンはブルーゲートが安全な町になるよう、力を尽くすと王家に誓った。



 デクスター王が亡くなった後、いよいよ息子のレズリー王太子が新たな国王となった。キャスリーンは頼りない兄のたっての願いで、宰相になることを決めた。これからは宰相として、正式にレズリー国王の補佐を務めることになった。

 目まぐるしい忙しさの中、戴冠式を終えてようやく少し落ち着いたある日のこと。
 キャスリーンは王宮の中に作られた自分の執務室に、ルディガーを呼び出していた。

「さすが、宰相様の執務室は豪華ですね」
 広い執務室を見回しながら、ルディガーはいつもの軽口を叩く。
「宰相様はやめて。キャスリーンでいいわ」
 軽くルディガーを睨みながら、キャスリーンは椅子から立ち上がった。彼女の机はとても大きく、机の上には書物やら紙やら、乱雑に置かれていた。

「お忙しそうですね」
 ルディガーはちらりと机の上に目をやる。
「ええ……お父様のやっていたことの後始末とか、戴冠式もあったし色々ね……。でも少し落ち着きました」
「まだ悪夢を見ますか?」
 気遣うようにルディガーはキャスリーンを見つめた。相変わらず美しい、ルディガーの透き通った瞳を見て、キャスリーンはふっと目を逸らす。

「最近は見なくなったわ、大丈夫よ」
「それならいいんですが」
「そんなことより……ルディガー、今日はあなたに伝えたいことがあってここへ呼びました」
「俺に? 何でしょう?」
 ルディガーは笑みを浮かべたまま、首を少し傾げた。

「ルディガー。あなたを私の専属騎士に任命します」

「……俺を?」
「ええ。あなたの部下も一緒に。あなたには常に私のそばにいて、私の為に働いて欲しいのです」

「それは……光栄です、キャスリーン殿下」
 ルディガーはさっと敬礼のポーズを取った。

「受けてくれると思いました。私が信じられるのは、あなただけだもの」
 ホッとしたように微笑むキャスリーンに、何故かルディガーは微妙な笑みを浮かべている。

「どうかした?」
「……キャスリーン様。一つ、聞きたいことがあります」
 ルディガーは決心したように口を開いた。

「何かしら?」
「……それは、騎士としてだけ、ですか?」
「え?」

「あなたは、いつもそうやって俺を信じてくれますね。いつも、俺に自信を与えてくれる。俺に生きる意味を与えてくれる……一度、あなたに聞いてみたかったんです。あの時、剣技大会で初めて出会った時……何故あなたは俺を助けたんですか? 子供の純粋な好奇心ですか? それとも王族としての慈悲の心ですか?」

 ルディガーはじっとキャスリーンを見つめたまま、感情的になっていた。

「ルディガー……」
 戸惑いながらキャスリーンはルディガーを見つめた。彼の言葉はせきを切ったように、止まらなかった。

「あなたにとっては気まぐれだったかもしれない。でも俺にとって、あなたは暗闇の中から救い出してくれた、たった一つの光でした。あなたがいることが、俺が生きる意味だった。あなたがどんどん大人になって、素晴らしい女性になっていくのを、俺がどんな気持ちで見ていたか……あなたには分からないでしょうね!」

 ルディガーはその整った顔を歪め、苦しそうに気持ちを吐き出した。

 ルディガーの顔を見ていたキャスリーンは、途端に泣き出しそうな表情になった。

「……あの時私があなたを助けたのは、単純にあなたを助けたかったから。あの時あなたと出会って、私の人生も変わったの。あなたは自由奔放で、生意気で、そして……とても魅力的な人だった。私はあなたと出会った十年前のあの日から、ずっとあなたに恋をしていたの」
 ルディガーの目が、驚きで大きくなった。

「でも私の気持ちは、絶対に誰にも知られてはいけなかった。もしも知られたら、お父様があなたを王宮から追い出してしまう。そうなったらもう二度とあなたに会えなくなる……それが怖くて、私はずっと気持ちを隠し続けたの」

 ルディガーはキャスリーンに近づき、彼女の手を取った。
「今の言葉、本当ですか?」
「こんなこと、冗談で言えるわけないでしょう……」
 その瞬間、ルディガーはキャスリーンの身体を抱き寄せた。

 二人の顔が近づき、どちらからともなく、お互いに二人は唇を求めた。それはキャスリーンにとって、初めてのキスだった。
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