16 / 25
失踪
しおりを挟む
キャスリーンを見送る時、少し様子がおかしかったルディガーだったが、翌日にはもう元の彼にすっかり戻っていた。
早朝、騎士団の館で弓の訓練をしていたキャスリーンは、同じく剣の訓練をしていたルディガーに出会った。
「おはようございます、キャスリーン様。今日も弓の訓練ですか?」
ルディガーは何事もなかったように、笑顔で話しかけてきた。
(昨日のあれは、やっぱり私の勘違いだったの?)
キャスリーンは内心ムッとしながらも、こちらの動揺を悟られないよう努めて冷静に「おはよう、ルディガー」と返した。
(私だけが、一晩中やきもきしていたんだわ!)
もやもやした気持ちを抱えたまま、キャスリーンは弓を引き絞った。勢いよく放たれた矢は、的から大きく外れた。
「珍しいですね、キャスリーン様がそんなに大きく的を外すなんて」
笑いながら冷やかしてくるルディガーを、キャスリーンはじろりと睨んだ。
それから数日経ったある日のこと。
朝、着替えをしていたキャスリーンは、侍女マージェリーから聞いた話に耳を疑った。
「何ですって? バルタが行方不明?」
「ええ。今朝急に姿を消したそうですよ。部屋はもぬけの殻で、夜のうちに荷物をまとめたようです」
忙しそうにキャスリーンに服を着せながら、マージェリーは話した。
(ルディガーからは何も報告を受けていない)
疑り深いバルタを呼び出すのは大変なので、バルタがよく顔を出す城下町の娼館で待ち伏せる計画だとルディガーから聞かされていた。グレンも協力し、自白剤まで用意していたのだ。
(ルディガーが計画を変更した? いや、何だか胸騒ぎがする)
いつものシンプルなドレスを身に着けたキャスリーンは「騎士団の館へ行ってきます」と告げ、侍女の返事を待たずに部屋を出た。
騎士団の館にはルディガーはいなかった。ユーリアールから「隊長は北の塔に行っているはずですよ」と聞き、キャスリーンは魔法使い達が暮らす北の塔へと急ぐ。
塔の中に入り、グレンの部屋を訪ねるとそこにはやはりルディガーが来ていた。
「キャスリーン様! ちょうど今、バルタの話をしていた所ですよ」
ルディガーは慌てて椅子から立ち上がった。キャスリーンがここを訪ねた理由を、彼は既にお見通しだった。グレンは「こちらにどうぞ」とキャスリーンに椅子を差し出す。
「ありがとう、グレン。それで……やはり、バルタの失踪にあなた達は関わっていないのですね?」
「そうです。申し訳ありません……先手を打たれて、逃げられました。きっとブルーゲートで俺が聞き込みをしていたのを知られたんでしょう」
ルディガーは立ったまま、頭を下げた。
「謝る必要はありません。バルタは今朝、逃げたということですね?」
「はい。見張りの騎士に金を掴ませていました。夜明け前にここを出たようです」
「キャスリーン様。あの男は王宮の物もいくつか盗んでいったようですよ。銀食器や燭台や……とんでもない男だ」
グレンは苦々しい顔をしていた。
「ルディガー、頭を上げなさい」
ずっと頭を下げたままのルディガーに、キャスリーンが言うとルディガーは渋々頭を上げた。
「俺のせいです。ブルーゲートで派手に動きすぎました」
「あなたが責任を感じることはありません。バルタには遅かれ早かれ知られていたでしょう。それよりも今は、あの男を早く探さなければ」
「そのことですが、俺はブルーゲートに向かってみようと思います」
「ルディガー、バルタの行き先に心当たりがあるのですか?」
「今回のことは、バルタにとっても予想外なはず。クラウスからはまだ報酬を受け取っていないと見ています。バルタはあまり金がない。食器やなんかを盗んでるということは、逃走資金が欲しいのでしょう。そして、ブルーゲートからは船が出ています」
「バルタは資金を調達し、船で外国に逃げるつもりだと?」
ルディガーはその通りです、と頷いた。
「分かりました。すぐにブルーゲートに向かってください。バルタを連れ帰るのが一番ですが、生死はこの際問いません」
「承知しました。ユーリアールを連れて行きます」
ルディガーはキャスリーンに敬礼した。
「キャスリーン様。もう一つ報告がございます」
グレンが次に口を開いた。
「何でしょう?」
「バルタのことを、昔の知り合いに尋ねてみました。はっきりとしたことは言えませんが、知り合いの村で、五十年ほど前に村から追放された魔法使いがいたそうです。その男は老いた魔法使いで、魔力が乏しいにも関わらず、自分を強大な魔法使いであるかのように偽る奴だったそうです。そいつは村で問題を起こして追放され、その後の男の情報は分からないとのことですが、男の特徴が一致しています」
グレンの報告を聞いたキャスリーンは眉をひそめた。
「似ていると言っても、五十年前に老人だった男と、バルタが同一人物とは思えませんが」
「老いを止める薬は、あります。ある魔法使いしか作れないもので、非常に高額です。金を稼がないと薬は買えません」
「それが、バルタが詐欺をしてでも金を稼ぐ目的だということですよ」
ルディガーは腕組みしながらポツリと言った。
占い師バルタの失踪は、すぐにデクスター王にも知らされた。デクスターは大きなショックを受けている。
「私の道標が……私は、これからどうすればいいのだ……」
デクスターは自室に籠り、その日は外に出てこなかった。
早朝、騎士団の館で弓の訓練をしていたキャスリーンは、同じく剣の訓練をしていたルディガーに出会った。
「おはようございます、キャスリーン様。今日も弓の訓練ですか?」
ルディガーは何事もなかったように、笑顔で話しかけてきた。
(昨日のあれは、やっぱり私の勘違いだったの?)
キャスリーンは内心ムッとしながらも、こちらの動揺を悟られないよう努めて冷静に「おはよう、ルディガー」と返した。
(私だけが、一晩中やきもきしていたんだわ!)
もやもやした気持ちを抱えたまま、キャスリーンは弓を引き絞った。勢いよく放たれた矢は、的から大きく外れた。
「珍しいですね、キャスリーン様がそんなに大きく的を外すなんて」
笑いながら冷やかしてくるルディガーを、キャスリーンはじろりと睨んだ。
それから数日経ったある日のこと。
朝、着替えをしていたキャスリーンは、侍女マージェリーから聞いた話に耳を疑った。
「何ですって? バルタが行方不明?」
「ええ。今朝急に姿を消したそうですよ。部屋はもぬけの殻で、夜のうちに荷物をまとめたようです」
忙しそうにキャスリーンに服を着せながら、マージェリーは話した。
(ルディガーからは何も報告を受けていない)
疑り深いバルタを呼び出すのは大変なので、バルタがよく顔を出す城下町の娼館で待ち伏せる計画だとルディガーから聞かされていた。グレンも協力し、自白剤まで用意していたのだ。
(ルディガーが計画を変更した? いや、何だか胸騒ぎがする)
いつものシンプルなドレスを身に着けたキャスリーンは「騎士団の館へ行ってきます」と告げ、侍女の返事を待たずに部屋を出た。
騎士団の館にはルディガーはいなかった。ユーリアールから「隊長は北の塔に行っているはずですよ」と聞き、キャスリーンは魔法使い達が暮らす北の塔へと急ぐ。
塔の中に入り、グレンの部屋を訪ねるとそこにはやはりルディガーが来ていた。
「キャスリーン様! ちょうど今、バルタの話をしていた所ですよ」
ルディガーは慌てて椅子から立ち上がった。キャスリーンがここを訪ねた理由を、彼は既にお見通しだった。グレンは「こちらにどうぞ」とキャスリーンに椅子を差し出す。
「ありがとう、グレン。それで……やはり、バルタの失踪にあなた達は関わっていないのですね?」
「そうです。申し訳ありません……先手を打たれて、逃げられました。きっとブルーゲートで俺が聞き込みをしていたのを知られたんでしょう」
ルディガーは立ったまま、頭を下げた。
「謝る必要はありません。バルタは今朝、逃げたということですね?」
「はい。見張りの騎士に金を掴ませていました。夜明け前にここを出たようです」
「キャスリーン様。あの男は王宮の物もいくつか盗んでいったようですよ。銀食器や燭台や……とんでもない男だ」
グレンは苦々しい顔をしていた。
「ルディガー、頭を上げなさい」
ずっと頭を下げたままのルディガーに、キャスリーンが言うとルディガーは渋々頭を上げた。
「俺のせいです。ブルーゲートで派手に動きすぎました」
「あなたが責任を感じることはありません。バルタには遅かれ早かれ知られていたでしょう。それよりも今は、あの男を早く探さなければ」
「そのことですが、俺はブルーゲートに向かってみようと思います」
「ルディガー、バルタの行き先に心当たりがあるのですか?」
「今回のことは、バルタにとっても予想外なはず。クラウスからはまだ報酬を受け取っていないと見ています。バルタはあまり金がない。食器やなんかを盗んでるということは、逃走資金が欲しいのでしょう。そして、ブルーゲートからは船が出ています」
「バルタは資金を調達し、船で外国に逃げるつもりだと?」
ルディガーはその通りです、と頷いた。
「分かりました。すぐにブルーゲートに向かってください。バルタを連れ帰るのが一番ですが、生死はこの際問いません」
「承知しました。ユーリアールを連れて行きます」
ルディガーはキャスリーンに敬礼した。
「キャスリーン様。もう一つ報告がございます」
グレンが次に口を開いた。
「何でしょう?」
「バルタのことを、昔の知り合いに尋ねてみました。はっきりとしたことは言えませんが、知り合いの村で、五十年ほど前に村から追放された魔法使いがいたそうです。その男は老いた魔法使いで、魔力が乏しいにも関わらず、自分を強大な魔法使いであるかのように偽る奴だったそうです。そいつは村で問題を起こして追放され、その後の男の情報は分からないとのことですが、男の特徴が一致しています」
グレンの報告を聞いたキャスリーンは眉をひそめた。
「似ていると言っても、五十年前に老人だった男と、バルタが同一人物とは思えませんが」
「老いを止める薬は、あります。ある魔法使いしか作れないもので、非常に高額です。金を稼がないと薬は買えません」
「それが、バルタが詐欺をしてでも金を稼ぐ目的だということですよ」
ルディガーは腕組みしながらポツリと言った。
占い師バルタの失踪は、すぐにデクスター王にも知らされた。デクスターは大きなショックを受けている。
「私の道標が……私は、これからどうすればいいのだ……」
デクスターは自室に籠り、その日は外に出てこなかった。
3
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
隣国の王子に求愛されているところへ実妹と自称婚約者が現れて茶番が始まりました
歌龍吟伶
恋愛
伯爵令嬢リアラは、国王主催のパーティーに参加していた。
招かれていた隣国の王子に求愛され戸惑っていると、実妹と侯爵令息が純白の衣装に身を包み現れ「リアラ!お前との婚約を破棄してルリナと結婚する!」「残念でしたわねお姉様!」と言い出したのだ。
国王含めて唖然とする会場で始まった茶番劇。
「…ええと、貴方と婚約した覚えがないのですが?」
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
伯爵令嬢の恋
アズやっこ
恋愛
落ち目の伯爵家の令嬢、それが私。
お兄様が伯爵家を継ぎ、私をどこかへ嫁がせようとお父様は必死になってる。
こんな落ち目伯爵家の令嬢を欲しがる家がどこにあるのよ!
お父様が持ってくる縁談は問題ありの人ばかり…。だから今迄婚約者もいないのよ?分かってる?
私は私で探すから他っておいて!
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる