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ルディガーとグレン
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夜会が終わり、夜も更けた頃のこと。
魔法使いが暮らす「北の塔」にルディガーがふらりと訪ねてきた。ルディガーは慣れた様子で塔の階段を上り、魔法使いグレンの部屋に入った。
「まだ働いてたのか?」
勝手知ったる様子でルディガーは部屋の中の椅子を引っ張り、腰かけた。
「使い鳥の残りが少ないからな、今のうちに作っておかないと」
「ああ、俺も手持ちがあまりないんだった。後で少し分けてくれ……それはそうと、喜べグレン。上等なワインを持ってきてやったぞ」
「本当か、有り難い。ちょうど一休みしたかったんだ」
グレンは嬉しそうに笑うと、作業の手を止めて棚から二つのカップを取り出し、テーブルに置いた。テーブルの上には一本のワインが置いてある。
「夜会終わりに余ったやつをもらってきたんだ」
「夜会? そうか、今夜は夜会だったな。てっきり俺は調理場の女からもらったのかと思ったよ」
グレンはワインの瓶を物珍しそうに眺め、栓を抜くとカップにそれぞれ注いだ。
「調理場? 何のことだ?」
「噂になってるぞ? 黒髪の女のことだよ」
カップを口に持っていったルディガーは、思い出せないのか、ぽかんとしている。
「信じられないな、本当に分からないのか?」
あきれた顔でグレンが言うと、ルディガーはやっと思い出したのか「……あー」と呟いた。
「それは誤解なんだよ。俺はあの子とちょっと酒を飲んで話をしただけだ。誓って何もしてない」
必死に否定するルディガーの顔を、グレンは疑いの目で見ながらワインを飲んだ。
「美味い、王宮で出される酒はこんなに美味いのか」
「話を聞いてくれ、グレン。本当なんだって! 雨の夜に突然訪ねてきたんだ。びしょ濡れのまま彼女を追い返すわけにはいかないだろ?」
「馬鹿だな、ルディガー。それは女の策略に決まってるだろう? 雨に濡れた女を追い返せないと知ってて、お前を訪ねたのさ」
ルディガーは大きくため息を吐いた。
「……策略かあ。そういうことをするような子には見えなかったんだけどな……」
「お前を手に入れる為なら、一芝居打つなんて簡単なのさ」
「参ったなあ。キャスリーン様にも誤解されちまったし」
「キャスリーン様に知られたのか!?」
「あの子が髪飾りを部屋に忘れて行ったのを、キャスリーン様に見られたんだ」
「……それは、ご愁傷様。お前が黒髪の女と結婚する時は、キャスリーン様が証人になってくれるだろうよ」
からかうように笑うグレンを、ルディガーは無言で睨みつける。グレンはそれを無視してもう一口ワインを飲むと「本当に美味いなあ、この酒は」と満足そうに呟いた。
「……ところで、最近王宮に入った占い師のこと、何か聞いてるか?」
酒も進んだ頃、ルディガーが話を向けると、グレンは「ああ、デクスター王のお気に入りって噂の?」と返した。
「そうだ。何でも王宮内を自由に歩き回って、部屋をもらい専属のメイドまでつけてもらってるそうじゃないか」
「もうそこまで知ってるのか、ルディガー。俺もそれ以上の情報は持ってないよ。キャスリーン様に頼まれて、昔の知り合いに手紙を書いた所だ。占い師は大抵、魔法使いが小遣い稼ぎにやってるからな。誰か知ってる奴がいるかもしれん」
「有り難い。俺はもう少し、クラウスのことを調べてみようと思う」
「またどこかに行くのか?」
グレンが首を傾げると、ルディガーはそうだ、と頷いた。
「クラウスは三回結婚して、全て妻に逃げられている。その中で最初の妻は、家に戻った後修道院に入ったと聞いている。俺は彼女に話を聞きに行こうと思ってるんだ。クラウスがどういう人間なのか、奴の本性を知っている令嬢だ」
「なるほど」
クラウスの最初の妻、セシリアはグリーオウル家の令嬢だ。グリーオウル家のあるエルトハイム地方へは、王都からは二日もかからずに行ける距離である。ルディガーは明日の朝出発するとグレンに告げた。
「グレン、俺がいない間、クラウスに何かおかしな動きがあったらすぐに使い鳥を出してくれ。それとキャスリーン様がクラウスに無理やりダンスの相手をさせられて、ひどくショックを受けていた。後で眠り薬を届けてやって欲しい」
「ダンスの相手をさせられてショックを……!? 気に入らない男にダンスを誘われたら、よろけた振りして足を踏むあのキャスリーン様が?」
「そうだ。クラウスはキャスリーン様を強引にダンスに誘ったんだ。不自然に身体を近づけて……失礼な奴だ」
その時のことを思い出したのか、ルディガーは顔を歪めている。
「そりゃ、大した男だ……いや、今のは褒めてないよ。そういうことなら、すぐに眠り薬を届けよう」
「助かるよ。それじゃ、よろしく」
ルディガーは最後の一杯を名残り惜しそうに飲み干すと、グレンの部屋を出て行った。
魔法使いが暮らす「北の塔」にルディガーがふらりと訪ねてきた。ルディガーは慣れた様子で塔の階段を上り、魔法使いグレンの部屋に入った。
「まだ働いてたのか?」
勝手知ったる様子でルディガーは部屋の中の椅子を引っ張り、腰かけた。
「使い鳥の残りが少ないからな、今のうちに作っておかないと」
「ああ、俺も手持ちがあまりないんだった。後で少し分けてくれ……それはそうと、喜べグレン。上等なワインを持ってきてやったぞ」
「本当か、有り難い。ちょうど一休みしたかったんだ」
グレンは嬉しそうに笑うと、作業の手を止めて棚から二つのカップを取り出し、テーブルに置いた。テーブルの上には一本のワインが置いてある。
「夜会終わりに余ったやつをもらってきたんだ」
「夜会? そうか、今夜は夜会だったな。てっきり俺は調理場の女からもらったのかと思ったよ」
グレンはワインの瓶を物珍しそうに眺め、栓を抜くとカップにそれぞれ注いだ。
「調理場? 何のことだ?」
「噂になってるぞ? 黒髪の女のことだよ」
カップを口に持っていったルディガーは、思い出せないのか、ぽかんとしている。
「信じられないな、本当に分からないのか?」
あきれた顔でグレンが言うと、ルディガーはやっと思い出したのか「……あー」と呟いた。
「それは誤解なんだよ。俺はあの子とちょっと酒を飲んで話をしただけだ。誓って何もしてない」
必死に否定するルディガーの顔を、グレンは疑いの目で見ながらワインを飲んだ。
「美味い、王宮で出される酒はこんなに美味いのか」
「話を聞いてくれ、グレン。本当なんだって! 雨の夜に突然訪ねてきたんだ。びしょ濡れのまま彼女を追い返すわけにはいかないだろ?」
「馬鹿だな、ルディガー。それは女の策略に決まってるだろう? 雨に濡れた女を追い返せないと知ってて、お前を訪ねたのさ」
ルディガーは大きくため息を吐いた。
「……策略かあ。そういうことをするような子には見えなかったんだけどな……」
「お前を手に入れる為なら、一芝居打つなんて簡単なのさ」
「参ったなあ。キャスリーン様にも誤解されちまったし」
「キャスリーン様に知られたのか!?」
「あの子が髪飾りを部屋に忘れて行ったのを、キャスリーン様に見られたんだ」
「……それは、ご愁傷様。お前が黒髪の女と結婚する時は、キャスリーン様が証人になってくれるだろうよ」
からかうように笑うグレンを、ルディガーは無言で睨みつける。グレンはそれを無視してもう一口ワインを飲むと「本当に美味いなあ、この酒は」と満足そうに呟いた。
「……ところで、最近王宮に入った占い師のこと、何か聞いてるか?」
酒も進んだ頃、ルディガーが話を向けると、グレンは「ああ、デクスター王のお気に入りって噂の?」と返した。
「そうだ。何でも王宮内を自由に歩き回って、部屋をもらい専属のメイドまでつけてもらってるそうじゃないか」
「もうそこまで知ってるのか、ルディガー。俺もそれ以上の情報は持ってないよ。キャスリーン様に頼まれて、昔の知り合いに手紙を書いた所だ。占い師は大抵、魔法使いが小遣い稼ぎにやってるからな。誰か知ってる奴がいるかもしれん」
「有り難い。俺はもう少し、クラウスのことを調べてみようと思う」
「またどこかに行くのか?」
グレンが首を傾げると、ルディガーはそうだ、と頷いた。
「クラウスは三回結婚して、全て妻に逃げられている。その中で最初の妻は、家に戻った後修道院に入ったと聞いている。俺は彼女に話を聞きに行こうと思ってるんだ。クラウスがどういう人間なのか、奴の本性を知っている令嬢だ」
「なるほど」
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「ダンスの相手をさせられてショックを……!? 気に入らない男にダンスを誘われたら、よろけた振りして足を踏むあのキャスリーン様が?」
「そうだ。クラウスはキャスリーン様を強引にダンスに誘ったんだ。不自然に身体を近づけて……失礼な奴だ」
その時のことを思い出したのか、ルディガーは顔を歪めている。
「そりゃ、大した男だ……いや、今のは褒めてないよ。そういうことなら、すぐに眠り薬を届けよう」
「助かるよ。それじゃ、よろしく」
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