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聖女の矜持編

迎えに来たよ・2

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 ブラッドの弟ジェフリーを加え、一行は最初の宿を目指して街道を進んでいる。

 カレンは窓の外を眺めながらぼんやりしている。エリックは彼女の隣に座り、足を組んでくつろいでいた。

「なんだか元気がないけど、大丈夫?」
 エリックが声をかけると、カレンはハッとした顔で「元気ですよ、大丈夫です」と微笑んだ。

「ディヴォス教会でのことを聞いたよ。殆ど外に出してもらえなかったんだって?」
 カレンはふっと真顔に戻り、再び窓の外に目をやる。
「ええ、まあ。私の役目は月に一度、聖なる炎に力を与えるだけ。後は部屋で過ごしてくれと言われました」

「魔物討伐にも出なかったみたいだね。それじゃ息が詰まるでしょ」
 エリックは腕を組み、少し怒ったような顔でカレンに言う。
「討伐の人手は足りてると言われました。私は力を与えるだけでいいと」
「ほらやっぱり。魔物の力が増してるなんて嘘だったんだ」
 呆れたように、エリックは吐き捨てる。
「そうみたいですね。私も王都に来て驚きました」

 カレンはため息をついた。王都で暮らし始めてすぐ、セリーナから聞いていた話とは随分違うと思った。教会にいる学者がカレンを呼び出し、聖なる炎を持つ彼女のことを何度も調べた。カレンの力は大切に使わなければならないと言い、教会は魔物討伐にカレンを出さなかった。カレンは月に一度、聖なる炎に力を与える以外のことをさせてもらえなかった。

「ディヴォス教会は、よく私を半年で帰すことに同意してくれましたね? 一年の約束だったのに」
「そのことだけど、結構大変だったよ。僕はすぐにでもカレンを返してくれと手紙を書いたんだ。でもなかなかいい返事がこなくてさ。それで別のやり方を選んだんだ」
「別のやり方?」
 首を傾げるカレンに、エリックはふっと笑う。

「実は、ここ三か月ほどセリーナ様の体調が良くなくて、魔物討伐を休んでいるんだ」
「えっ、セリーナ様の体調が?」
 カレンは驚いてエリックに尋ねる。
「大したことはないとオズウィン司教は言ってるよ。それで……僕はこの件を利用して、うちの筆頭聖女が倒れてアウリスの魔物討伐に支障が出ているってことにしたんだよ。だからカレンの力がアウリスに必要だとね。魔物のことを言われたら、さすがにディヴォス教会も断るわけにいかないだろう?」
「なるほど……それよりエリック様、セリーナ様の体調が悪いって、彼女に何かあったんですか?」

 カレンのように瀕死の重傷を自力で治せる聖女はいないものの、大抵の聖女は軽い傷や病気程度なら、自己治癒力で治ってしまうものだ。

「聖女様には時々あることだから、心配はいらないよ。精神的なものじゃないかな……とりあえずセリーナ様の不在を理由にカレンを連れ帰ることができたから、結果的には良かったよ」
「精神的なものですか……」
「聖女は常に魔物と対峙し、生死と向き合うわけだから、重圧なのかたまに討伐に出られなくなる聖女がいるんだよ。そのうち良くなるとブラッドも言ってるけどね」

 怪訝な顔をしているカレンに、エリックは顔を近づけて再びニヤリと笑った。
「実はセリーナ様のことで、面白い話を聞いたんだよ」
「面白い話?」

「アラリック大司教と話した時、彼が言っていたんだ……『聖女セリーナのたっての願いでカレン様を受け入れたのに、セリーナ様の体調が悪いからカレン様を連れて帰りたいとは、そちらの筆頭聖女は随分勝手だな』とね」

「セリーナ様たっての願い……!?」
 カレンは眉をひそめた。
「そうだよ。これでカレンを王都に送ったのが誰の思惑か、はっきりしたよね。セリーナ様はカレンを王都に追いやったんだ」

「……セリーナ様は、私が邪魔だった……?」

 カレンは呆然としていた。カレンの知る限り、セリーナは最後まで彼女に対して親切だった。私はあなたの味方だから、とまで言っていたのだ。

「僕も驚いたけど、アラリック大司教が嘘を言うとは思えない。大司教もカレンのことは欲しいと思っていたから、セリーナ様の提案に乗る形でカレンを呼んだんだ」

(私が聖なる炎を持つ聖女なのが気に入らないとか……? それとも、まさか……ブラッド様のことが関係してる……?)

 カレンが聖なる炎を持っている貴重な聖女であることは、セリーナにとっては予想外のことだったに違いない。自分よりも能力が高い聖女が現れたことに対する焦りがあったのだろうか。

 もう一つ。ブラッドに対する気持ちはセリーナに知られるはずがないと思っていたが、彼と仲がいいことにセリーナは気づいていたのかもしれない。

(どっちも可能性がある……分からない……あの人のことが)



「とにかく、アウリスに戻ったら君は前と同じように、騎士団の館にいてもらうことにするからね」
「騎士団の館にですか? オズウィン司教は許可しないんじゃないですか?」
 エリックは笑みを浮かべながら首を振る。

「僕が彼を説得するから心配いらないよ。教会の筆頭聖女がカレンの敵かもしれないんだからね。そんな危ない所にカレンを置いておけないよ」
「セリーナ様が敵だなんて考えたくないですけど……その方がいいかもしれないですね。エリック様、ありがとうございます」
 エリックに礼を言ったカレンだが、心の中は少し複雑である。なぜなら騎士団の館にはブラッドも暮らしているからだ。

(アウリスに戻ったら教会で暮らすと思ってたから、もうブラッド様に会うことは滅多になくなると思ってたんだけどな……)

 心の中でブラッドの顔が見たいと思う気持ちと、もう見たくないという気持ちが、打ち寄せる波のようにカレンに何度も押し寄せた。
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