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聖女の矜持編
王都からの手紙・1
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カレンが騎士ヴァレックの家を訪ねてから、十日ほど経ったある日のこと。
アウリス教会に、王都のディヴォス・ルミエール教会から手紙が届いた。その手紙の差出人は、ディヴォス教会のトップであり王国にある全てのルミエール教会の最高指導者でもある、大司教アラリックだった。
手紙を読んだオズウィン司教は、大慌てで筆頭聖女セリーナを呼び出した。セリーナの護衛騎士ブラッドと、王子エリックもその場に同席した。
「……実は、ディヴォス教会から『カレン様をうちの教会に一年ほど派遣して欲しい』と頼まれまして……」
オズウィンは、困惑気味に話を切り出した。
「一年!? まさか、申し出を受けるつもりじゃないでしょうね? オズウィン司教」
ブラッドはオズウィンを睨んだ。
「……当然です。カレン様は我が『アウリス教会』の大事な聖女様です。王都の魔物討伐に問題があるという話も聞いていません。何故カレン様をあちらに差し出さなければならないのです」
「その手紙、僕に見せてよ」
エリックがオズウィンに手を差し出すと、オズウィンはエリックに手紙を渡した。エリックは手紙に目を落とし、厳しい顔で手紙を読んでいる。
「……ふうん、王都では聖女様の力が衰えている、か……。手紙ではなんとでも言えるよね。一応、カレンの力を借りて『聖なる炎』に力を与えて欲しいって話のようだけど」
「王都にはカレンの話がそこまで伝わっているのか」
ブラッドは腕組みしながら呟く。
エリックは手紙から顔を上げ、ため息をついた。
「父上もカレンのことを知っているからね。向こうには随分詳しくここの状況を知られているみたいだ」
じっと睨むように見ているブラッドの視線に気づき、エリックは慌てて首を振る。
「ちょっと、言っておくけど僕じゃないからね!? 僕がディヴォス教会に協力する義理はないよ」
「……すまない、エリック。だが誰かが王都に情報を流しているのは間違いない」
「まあ、ノクティアの奇跡を目撃された時点でこうなるのは時間の問題だったよ。ディヴォス騎士団はあの聖なる炎を見たんだからね。だから父上もカレンのことを知っていたわけだし」
エリックは仕方ない、と首を振る。ブラッドはまだ厳しい顔を崩さないままだ。
「とにかく、カレン様をディヴォス教会に派遣することは、我がアウリス教会としては許可できません。聖なる炎を持つ聖女様を手に入れるのが、あちらの目的に違いないのです。一年でカレン様を戻してくれるとは到底思えませんからね」
ずっと黙って話を聞いていた聖女セリーナは、ここでようやく口を開いた。
「……お待ちください。私はこの話をお受けするべきだと思います」
「セリーナ様!?」
ブラッドが驚いてセリーナに聞き返す。エリックとオズウィンも驚き、目を合わせた。
「セリーナ様、何故そのようなことを仰るのです? 我がアウリス教会とディヴォス教会との因縁は、セリーナ様もご存知のはず」
オロオロしながらオズウィンはセリーナに尋ねた。
「聖女エリザベータ様の遺骨の件で、ディヴォス教会との間に因縁があることは知っています。ですがそれは遠い昔のこと。今こそディヴォス教会に協力し、過去の因縁を払拭するべきではないでしょうか?」
「セリーナ様はお優しい方ですね。さすが筆頭聖女様だ」
エリックが嫌味のような言葉を吐くと、ブラッドは「エリック」と横目で睨んだ。
「セリーナ様のお考えは素晴らしいですが、カレン様はどうなります? 一度あちらに行ってしまえば、約束通り一年で戻していただけるとは限らないのですよ」
「ディヴォス教会に約束を守ってもらえるよう、私からも手紙を書きます」
「手紙ねえ。連中は一度手に入れたら最後、のらりくらりとかわして、いつまでも王都にカレンを閉じ込める気ですよ」
エリックはフンと鼻で笑う。
「……俺も、セリーナ様の考えには賛成できません」
ブラッドの言葉に、セリーナは目を大きく見開き「何故なの? ブラッド」と問い詰めた。
「カレンはいきなり知らない国にやってきて、戸惑いながらなんとかここの生活に慣れようとしているんです。人質のように王都に送られるなんて、彼女の負担が大きすぎます」
「人質などではないわ。王都の聖女の力が衰えているのが本当なら、我々は協力するべきだと言っているだけよ」
「セリーナ様の理想は素晴らしいけど、僕はカレンを王都に送ることに反対だからね」
エリックは憮然とした顔でセリーナに言い放つと、荒々しく扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
「どうしたんだ、エリック。やけに怒ってるな」
ブラッドは扉を見つめながら呟く。
「エリックはカレンと結婚するつもりなのよ。彼女と離れ離れになるのが嫌なのでしょうね」
「エリックが、カレンと?」
ブラッドの表情に動揺が浮かんだ。
「知らなかったの? ローランが前に話していたのよ。彼、結婚の為に女性関係を綺麗にしているそうよ」
「あいつが……結婚……?」
急に落ち着きがなくなるブラッドを、セリーナは眉をひそめて見つめる。
「……とにかく、カレンは王都に送るべきです。もしも王都の力が弱まることになれば、ノクティアの二の舞になってしまうわ。ブラッド、あなたもノクティアの状況を目にしたでしょう? カレンの力を、王都にも分け与えるべきだわ」
「……それは、確かにそうですが」
煮え切らないブラッドに、セリーナはますます眉をひそめる。
「カレンが気の毒だと思うあなたの気持ちは分かるわ。でもカレンは『聖なる炎を持つ聖女』なの。彼女にしかできない役目なのよ」
口をぎゅっと結び、じっと考え込むブラッド。オズウィンはセリーナの話を聞きながら何度も頷いていた。
「……確かに、カレン様を奪われないことばかりに気を取られていました。彼女の力を役立てる時が来たのかもしれませんね」
「オズウィン司教、理解していただけて嬉しいわ」
セリーナはホッと頬を緩める。
「ならば、すぐにでもカレン様と話をしなければなりませんね」
「そうですね。ブラッド、アルドにカレンを連れてくるよう頼んでちょうだい」
ブラッドはセリーナに話しかけられてハッとなった。
「は、はい。今すぐに」
慌ててブラッドは部屋を出て行った。
♢♢♢
カレンは従騎士アルドに連れられ、不安そうな顔でオズウィン司教の執務室にやってきた。
「突然お呼びして申し訳ありません、カレン様。さあ、こちらに」
「は、はい……」
カレンは怪訝な顔でオズウィンとセリーナが並ぶ前に立った。二人と少し離れた場所にはブラッドが立っている。
オズウィンは早速、ディヴォス教会から来た手紙のことをカレンに話した。王都で聖女の力が衰えている、カレンの助けが必要だ、その為一年間王都のディヴォス教会に行って欲しいという話である。
「……事情は分かっていただけましたか?」
「……はあ」
「我々としても、できればカレン様にはここにいていただきたいのですが……王都の平和を守る為、渋々ですがディヴォス教会の願いに応えようと思っているのです。カレン様、引き受けていただけますね?」
カレンは真っすぐにオズウィンとセリーナを見た。
「嫌です」
カレンの返答に、しばし無言の時間が流れた。
「あ、あの……ディヴォス教会のたっての頼みなのです……ディヴォス教会はルミエール教会の大司教様がいらっしゃる中央教会で……カレン様も大変だということは承知していますが、セリーナ様とも相談の上決めたことでして。カレン様、よろしいですか?」
オズウィンは首を傾げながら、もう一度カレンに尋ねる。
「だから、嫌です」
「フッ」
思わず吹き出すブラッドを、オズウィンとセリーナがじろりと見る。ブラッドはごまかすように咳ばらいをした。
「カレン様、な、何故なのですか……?」
「何故って、嫌に決まってるじゃないですか。王都の教会は聖女エリザベータ様の骨を勝手に持って行くような所でしょ? 私、アウリスの人達には感謝してますし、アウリスの為なら、できることは何でもするつもりです。でも王都に協力なんてできません」
「フフッ」
再びブラッドは笑った。その顔はなんだか嬉しそうである。
セリーナは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
「……すみません、少しカレンと二人だけで話をさせてもらえませんか? 同じ聖女同士で話したいのです」
「そ、それがいいでしょう! こういう話は聖女様同士で話していただくのが一番です。我々は外に出ておりますので……」
オズウィンはブラッドと一緒に部屋を出ていった。
アウリス教会に、王都のディヴォス・ルミエール教会から手紙が届いた。その手紙の差出人は、ディヴォス教会のトップであり王国にある全てのルミエール教会の最高指導者でもある、大司教アラリックだった。
手紙を読んだオズウィン司教は、大慌てで筆頭聖女セリーナを呼び出した。セリーナの護衛騎士ブラッドと、王子エリックもその場に同席した。
「……実は、ディヴォス教会から『カレン様をうちの教会に一年ほど派遣して欲しい』と頼まれまして……」
オズウィンは、困惑気味に話を切り出した。
「一年!? まさか、申し出を受けるつもりじゃないでしょうね? オズウィン司教」
ブラッドはオズウィンを睨んだ。
「……当然です。カレン様は我が『アウリス教会』の大事な聖女様です。王都の魔物討伐に問題があるという話も聞いていません。何故カレン様をあちらに差し出さなければならないのです」
「その手紙、僕に見せてよ」
エリックがオズウィンに手を差し出すと、オズウィンはエリックに手紙を渡した。エリックは手紙に目を落とし、厳しい顔で手紙を読んでいる。
「……ふうん、王都では聖女様の力が衰えている、か……。手紙ではなんとでも言えるよね。一応、カレンの力を借りて『聖なる炎』に力を与えて欲しいって話のようだけど」
「王都にはカレンの話がそこまで伝わっているのか」
ブラッドは腕組みしながら呟く。
エリックは手紙から顔を上げ、ため息をついた。
「父上もカレンのことを知っているからね。向こうには随分詳しくここの状況を知られているみたいだ」
じっと睨むように見ているブラッドの視線に気づき、エリックは慌てて首を振る。
「ちょっと、言っておくけど僕じゃないからね!? 僕がディヴォス教会に協力する義理はないよ」
「……すまない、エリック。だが誰かが王都に情報を流しているのは間違いない」
「まあ、ノクティアの奇跡を目撃された時点でこうなるのは時間の問題だったよ。ディヴォス騎士団はあの聖なる炎を見たんだからね。だから父上もカレンのことを知っていたわけだし」
エリックは仕方ない、と首を振る。ブラッドはまだ厳しい顔を崩さないままだ。
「とにかく、カレン様をディヴォス教会に派遣することは、我がアウリス教会としては許可できません。聖なる炎を持つ聖女様を手に入れるのが、あちらの目的に違いないのです。一年でカレン様を戻してくれるとは到底思えませんからね」
ずっと黙って話を聞いていた聖女セリーナは、ここでようやく口を開いた。
「……お待ちください。私はこの話をお受けするべきだと思います」
「セリーナ様!?」
ブラッドが驚いてセリーナに聞き返す。エリックとオズウィンも驚き、目を合わせた。
「セリーナ様、何故そのようなことを仰るのです? 我がアウリス教会とディヴォス教会との因縁は、セリーナ様もご存知のはず」
オロオロしながらオズウィンはセリーナに尋ねた。
「聖女エリザベータ様の遺骨の件で、ディヴォス教会との間に因縁があることは知っています。ですがそれは遠い昔のこと。今こそディヴォス教会に協力し、過去の因縁を払拭するべきではないでしょうか?」
「セリーナ様はお優しい方ですね。さすが筆頭聖女様だ」
エリックが嫌味のような言葉を吐くと、ブラッドは「エリック」と横目で睨んだ。
「セリーナ様のお考えは素晴らしいですが、カレン様はどうなります? 一度あちらに行ってしまえば、約束通り一年で戻していただけるとは限らないのですよ」
「ディヴォス教会に約束を守ってもらえるよう、私からも手紙を書きます」
「手紙ねえ。連中は一度手に入れたら最後、のらりくらりとかわして、いつまでも王都にカレンを閉じ込める気ですよ」
エリックはフンと鼻で笑う。
「……俺も、セリーナ様の考えには賛成できません」
ブラッドの言葉に、セリーナは目を大きく見開き「何故なの? ブラッド」と問い詰めた。
「カレンはいきなり知らない国にやってきて、戸惑いながらなんとかここの生活に慣れようとしているんです。人質のように王都に送られるなんて、彼女の負担が大きすぎます」
「人質などではないわ。王都の聖女の力が衰えているのが本当なら、我々は協力するべきだと言っているだけよ」
「セリーナ様の理想は素晴らしいけど、僕はカレンを王都に送ることに反対だからね」
エリックは憮然とした顔でセリーナに言い放つと、荒々しく扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
「どうしたんだ、エリック。やけに怒ってるな」
ブラッドは扉を見つめながら呟く。
「エリックはカレンと結婚するつもりなのよ。彼女と離れ離れになるのが嫌なのでしょうね」
「エリックが、カレンと?」
ブラッドの表情に動揺が浮かんだ。
「知らなかったの? ローランが前に話していたのよ。彼、結婚の為に女性関係を綺麗にしているそうよ」
「あいつが……結婚……?」
急に落ち着きがなくなるブラッドを、セリーナは眉をひそめて見つめる。
「……とにかく、カレンは王都に送るべきです。もしも王都の力が弱まることになれば、ノクティアの二の舞になってしまうわ。ブラッド、あなたもノクティアの状況を目にしたでしょう? カレンの力を、王都にも分け与えるべきだわ」
「……それは、確かにそうですが」
煮え切らないブラッドに、セリーナはますます眉をひそめる。
「カレンが気の毒だと思うあなたの気持ちは分かるわ。でもカレンは『聖なる炎を持つ聖女』なの。彼女にしかできない役目なのよ」
口をぎゅっと結び、じっと考え込むブラッド。オズウィンはセリーナの話を聞きながら何度も頷いていた。
「……確かに、カレン様を奪われないことばかりに気を取られていました。彼女の力を役立てる時が来たのかもしれませんね」
「オズウィン司教、理解していただけて嬉しいわ」
セリーナはホッと頬を緩める。
「ならば、すぐにでもカレン様と話をしなければなりませんね」
「そうですね。ブラッド、アルドにカレンを連れてくるよう頼んでちょうだい」
ブラッドはセリーナに話しかけられてハッとなった。
「は、はい。今すぐに」
慌ててブラッドは部屋を出て行った。
♢♢♢
カレンは従騎士アルドに連れられ、不安そうな顔でオズウィン司教の執務室にやってきた。
「突然お呼びして申し訳ありません、カレン様。さあ、こちらに」
「は、はい……」
カレンは怪訝な顔でオズウィンとセリーナが並ぶ前に立った。二人と少し離れた場所にはブラッドが立っている。
オズウィンは早速、ディヴォス教会から来た手紙のことをカレンに話した。王都で聖女の力が衰えている、カレンの助けが必要だ、その為一年間王都のディヴォス教会に行って欲しいという話である。
「……事情は分かっていただけましたか?」
「……はあ」
「我々としても、できればカレン様にはここにいていただきたいのですが……王都の平和を守る為、渋々ですがディヴォス教会の願いに応えようと思っているのです。カレン様、引き受けていただけますね?」
カレンは真っすぐにオズウィンとセリーナを見た。
「嫌です」
カレンの返答に、しばし無言の時間が流れた。
「あ、あの……ディヴォス教会のたっての頼みなのです……ディヴォス教会はルミエール教会の大司教様がいらっしゃる中央教会で……カレン様も大変だということは承知していますが、セリーナ様とも相談の上決めたことでして。カレン様、よろしいですか?」
オズウィンは首を傾げながら、もう一度カレンに尋ねる。
「だから、嫌です」
「フッ」
思わず吹き出すブラッドを、オズウィンとセリーナがじろりと見る。ブラッドはごまかすように咳ばらいをした。
「カレン様、な、何故なのですか……?」
「何故って、嫌に決まってるじゃないですか。王都の教会は聖女エリザベータ様の骨を勝手に持って行くような所でしょ? 私、アウリスの人達には感謝してますし、アウリスの為なら、できることは何でもするつもりです。でも王都に協力なんてできません」
「フフッ」
再びブラッドは笑った。その顔はなんだか嬉しそうである。
セリーナは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
「……すみません、少しカレンと二人だけで話をさせてもらえませんか? 同じ聖女同士で話したいのです」
「そ、それがいいでしょう! こういう話は聖女様同士で話していただくのが一番です。我々は外に出ておりますので……」
オズウィンはブラッドと一緒に部屋を出ていった。
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