48 / 57
聖女の目覚め編
エリセアの日記
しおりを挟む
カレンは自室に戻り、机の上で一人「聖女エリセア」の日記を読んでいる。
エリセアは元々平民だったようだ。だがカレンと同じように突然聖女の才能に覚め、教会に入った後、騎士団の館で生活していたようである。
日記には毎日教会で司祭に怒られてばかりだとか、調理場に忍び込んでイチゴジャムを作ろうとして鍋を焦がしたとか、日常の微笑ましい話が綴られていた。
日記には「騎士ヴァレック」の名前がよく出てきた。ヴァレックは常にエリセアに寄り添い、彼女を守っていたようだ。エリセアが次第にヴァレックに惹かれていくのが、日記からは読み取れた。
ある日、絵が得意なヴァレックからエリセアの絵を描きたいと言われた時のエリセアの喜びようは、日記からも十分に伝わって来た。読みながらカレンの顔も思わずほころぶ。
ヴァレックが絵を描いた場所は、あの屋根裏部屋だった。毎日のようにこっそりと屋根裏部屋に通い、ヴァレックが絵を描く真剣な顔を見つめながら、エリセアは幸せに浸っていた。
「あの部屋で、絵を描いていたんだ……」
カレンは顔を上げて呟いた。絵の中のエリセアの笑顔は、愛する人を見つめる表情だったのだ。
その時、カレンの目に涙が浮かんだ。
「あれ……? 何で?」
抑えようと思っても、胸がぎゅっとなりどんどん涙があふれてきた。カレンは何故だか悲しい気持ちになった。ヴァレックの顔も知らないのに、ヴァレックを想うと心が痛んだ。
涙を拭きながら、カレンは日記を読み進める。日記の内容は次第に不穏になってきた。ノクティアでは魔物との戦いが激しく、犠牲者が多く出ているとのことで、エリセアも心を痛めているようだった。北の国境に接するノクティアでのこれ以上の被害は、避けなければならない。エリセアは教会に直訴し、ノクティアに魔物討伐の応援に向かうことになったと書いてある。
不安な気持ちを綴るエリセアだったが、ヴァレックが一緒ならば心強いと書いてあった。ノクティアに出発するまで、毎日「聖女エリザベータ」の墓に行き、エリザベータに祈りを捧げていたようだ。
──聖女エリザベータ様から神託を得た。聖なる炎を守る為に、私にできることをやる──
最後の一文を読み、カレンは首を傾げた。神託を得た、とはどういう意味だろう。
エリセアの日記はそこで終わっている。
カレンは日記を読み終わり、顔を上げた。これまで感じていた違和感の正体が分かったような気がしていた。
あの日、カレンはずっと帰っていなかった生まれ故郷に久しぶりに帰っていた。彼女が捨てられていた教会は、これまで一度も訪ねたことがなかった。それは自分が捨てられていたという事実から、目を逸らしたかったからかもしれない。
女優を目指して上京し、アルバイトに明け暮れながらオーディションを受ける毎日。オーディションには落ちてばかりで、所属していた事務所からも見放されていた。年齢も二十三歳になり、この先の人生を考え直す時が来たと感じていた。
自分を見つめ直す為、カレンは初めて自分が捨てられていた教会を訪ねた。ネット検索で写真は見ていたが、実際に教会の建物を見ると胸が締め付けられる思いがした。
だが教会の敷地に入った途端、カレンは気分が悪くなりその場に座り込んだ。ひどい頭痛と吐き気に襲われ、とうとうその場に倒れこんだ所で記憶がなくなった。
そして、聖女の霊廟にカレンは現れた。
──私は異世界に来てしまったんじゃない。元の場所に帰って来たんだ──
元々こちらの人間だったのだ。カレンがこの世界の言語を理解できたのも、この世界の食べ物が口にあったのも、魔物討伐の時にどこか懐かしい感じがしたのも、そういうことだったのだ。
カレンはずっと、どこか孤独を感じていた。日本で暮らし、それなりに里親に大切にされた時期もあったし、友達もいた。恋をしたこともあった。だがカレンは、自分の居場所をずっと見つけられずにいた。
アウリスへ来てから、カレンはこの世界が肌に合っているのを感じた。それほど長い時間が経っていないのに、もう向こうの人々の顔や名前の記憶が薄れてきている。
カレンはエリセアの日記を、そっと机の引き出しにしまった。
「エリセア様。私、アウリスに帰って来たよ」
そう呟いたカレンの頬に、一筋の涙が伝った。
────────────────────────────
前編となる「聖女の目覚め編」はここで終わりです。次回から後編「聖女の矜持編」となります。最終話まで執筆済みですので、毎日更新していく予定です。良かったらお気に入り登録やいいねをしていただけると作者の励みになります。最終話までよろしくお願いいたします!
エリセアは元々平民だったようだ。だがカレンと同じように突然聖女の才能に覚め、教会に入った後、騎士団の館で生活していたようである。
日記には毎日教会で司祭に怒られてばかりだとか、調理場に忍び込んでイチゴジャムを作ろうとして鍋を焦がしたとか、日常の微笑ましい話が綴られていた。
日記には「騎士ヴァレック」の名前がよく出てきた。ヴァレックは常にエリセアに寄り添い、彼女を守っていたようだ。エリセアが次第にヴァレックに惹かれていくのが、日記からは読み取れた。
ある日、絵が得意なヴァレックからエリセアの絵を描きたいと言われた時のエリセアの喜びようは、日記からも十分に伝わって来た。読みながらカレンの顔も思わずほころぶ。
ヴァレックが絵を描いた場所は、あの屋根裏部屋だった。毎日のようにこっそりと屋根裏部屋に通い、ヴァレックが絵を描く真剣な顔を見つめながら、エリセアは幸せに浸っていた。
「あの部屋で、絵を描いていたんだ……」
カレンは顔を上げて呟いた。絵の中のエリセアの笑顔は、愛する人を見つめる表情だったのだ。
その時、カレンの目に涙が浮かんだ。
「あれ……? 何で?」
抑えようと思っても、胸がぎゅっとなりどんどん涙があふれてきた。カレンは何故だか悲しい気持ちになった。ヴァレックの顔も知らないのに、ヴァレックを想うと心が痛んだ。
涙を拭きながら、カレンは日記を読み進める。日記の内容は次第に不穏になってきた。ノクティアでは魔物との戦いが激しく、犠牲者が多く出ているとのことで、エリセアも心を痛めているようだった。北の国境に接するノクティアでのこれ以上の被害は、避けなければならない。エリセアは教会に直訴し、ノクティアに魔物討伐の応援に向かうことになったと書いてある。
不安な気持ちを綴るエリセアだったが、ヴァレックが一緒ならば心強いと書いてあった。ノクティアに出発するまで、毎日「聖女エリザベータ」の墓に行き、エリザベータに祈りを捧げていたようだ。
──聖女エリザベータ様から神託を得た。聖なる炎を守る為に、私にできることをやる──
最後の一文を読み、カレンは首を傾げた。神託を得た、とはどういう意味だろう。
エリセアの日記はそこで終わっている。
カレンは日記を読み終わり、顔を上げた。これまで感じていた違和感の正体が分かったような気がしていた。
あの日、カレンはずっと帰っていなかった生まれ故郷に久しぶりに帰っていた。彼女が捨てられていた教会は、これまで一度も訪ねたことがなかった。それは自分が捨てられていたという事実から、目を逸らしたかったからかもしれない。
女優を目指して上京し、アルバイトに明け暮れながらオーディションを受ける毎日。オーディションには落ちてばかりで、所属していた事務所からも見放されていた。年齢も二十三歳になり、この先の人生を考え直す時が来たと感じていた。
自分を見つめ直す為、カレンは初めて自分が捨てられていた教会を訪ねた。ネット検索で写真は見ていたが、実際に教会の建物を見ると胸が締め付けられる思いがした。
だが教会の敷地に入った途端、カレンは気分が悪くなりその場に座り込んだ。ひどい頭痛と吐き気に襲われ、とうとうその場に倒れこんだ所で記憶がなくなった。
そして、聖女の霊廟にカレンは現れた。
──私は異世界に来てしまったんじゃない。元の場所に帰って来たんだ──
元々こちらの人間だったのだ。カレンがこの世界の言語を理解できたのも、この世界の食べ物が口にあったのも、魔物討伐の時にどこか懐かしい感じがしたのも、そういうことだったのだ。
カレンはずっと、どこか孤独を感じていた。日本で暮らし、それなりに里親に大切にされた時期もあったし、友達もいた。恋をしたこともあった。だがカレンは、自分の居場所をずっと見つけられずにいた。
アウリスへ来てから、カレンはこの世界が肌に合っているのを感じた。それほど長い時間が経っていないのに、もう向こうの人々の顔や名前の記憶が薄れてきている。
カレンはエリセアの日記を、そっと机の引き出しにしまった。
「エリセア様。私、アウリスに帰って来たよ」
そう呟いたカレンの頬に、一筋の涙が伝った。
────────────────────────────
前編となる「聖女の目覚め編」はここで終わりです。次回から後編「聖女の矜持編」となります。最終話まで執筆済みですので、毎日更新していく予定です。良かったらお気に入り登録やいいねをしていただけると作者の励みになります。最終話までよろしくお願いいたします!
22
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~
緑谷めい
恋愛
私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!
一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。
あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?
王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。
そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?
* ハッピーエンドです。
むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる