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聖女の目覚め編
それぞれの役目
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「うーん、今回は結構上手くいったかな!」
満足そうな笑顔でカレンはカップから口を離した。
ここは調理場だ。カレンは人がいない隙を見て調理場に入り「大麦コーヒー」をまた作っていた。
エマは最初、聖女であるカレンが調理場で作業をすることを拒んだが、夕食後の片づけが終わった頃なら大丈夫だろうと、こっそり二人で作業をしていた。
今回は別にミルクも温め、カフェオレのようにして飲んでみた。少しあっさりとした味だが悪くない仕上がりである。
「……うん、ミルクを入れると美味しい!」
前に大麦コーヒーをエマに飲ませた時は微妙な反応だったが、濃い目に作った大麦コーヒーにミルクを入れた今回のものは、エマの口にも合ったようである。
「良かった、気に入ってくれて」
泥水を飲んでいると思われるのは嫌なので、大麦コーヒーの理解者が増えるのは有り難いとカレンは思う。
「作り方が分かったから、カレンがいつでも飲めるように多めに焙煎だけしておこうかな?」
「有り難いけど、これ結構手間がかかるし、飲みたい時に自分でやるからいいよ」
エマはカップをテーブルに置き、カレンをじろりと睨む。
「これは私の仕事! カレンが調理場をウロウロしていて怒られるのは私なのよ? 今日だってアルドに見つかったら大変……」
「……あー、エマ。悪いんだけど、もう大変な状況かも」
カレンの様子が急におかしくなり、エマは恐る恐る振り返る。調理場の入り口には従騎士アルドが厳しい視線を向けながら立っていた。
カレンは体を縮めながら、アルドの後ろを歩いている。
「……ブラッド様からはあまりカレン様に厳しくしないよう言われていましたが、言わせてください。あなたは少しブラッド様に甘えすぎです」
「……すみません」
「聖女様を調理場で働かせていたなんて話が、オズウィン司教の耳に入ったらどうするのです? 少しは自覚してください、あなたはもう使用人ではないのですから」
「……重々承知しております……」
六つも年下のアルドに怒られながら歩き、カレンはブラッドがいる副団長室の前に着いた。
「それでは、私はこれで」
アルドは部屋に入らず、カレンが部屋に入るのを見送った。
「失礼します……」
副団長室にはブラッド一人がいた。あちこちに蝋燭が置かれ、夜だが十分な明るさがある。
「来たか、こんな遅くに呼び出して悪いな。昼間は忙しくて」
「いえ……」
何の用かと身構えるカレンに、ブラッドは「ここに座ってくれ」と言ってソファに座るよう促した。
カレンがソファに座った後、ブラッドは彼女の向かい側に座った。
「カレン、昨日鍛冶職人のレオンの傷を治したというのは本当か?」
もうばれたのか、とカレンは身を固くした。鍛冶場での出来事は彼らに口止めをしておいたが、多くの人が見ていたのだ。いずれ知られるだろうとは思っていたが、こんなに早くブラッドの耳に入るとは思っていなかった。
「……はい、本当です」
嘘をつくつもりはない。カレンは素直にブラッドに話した。
「……やはりそうか」
ブラッドは大きく息を吐き、ソファに背中を預けた。
「あの、どこでこのことを?」
「火傷を負ったはずのレオンが、傷などなかったように元気に働いているんだ。少し調べれば分かる」
「……はい」
カレンはますます体を小さくした。
「お前は『聖なる炎』を持つ聖女なんだ。そう簡単に誰彼構わず治療を施されては困る」
カレンは足の上に置いた両手をぐっと握った。
「分かってます。お金も取らずに騎士じゃない人に治療してはいけないんですよね。でも、レオンの火傷はすぐに治療しないと、元に戻らなくなるかもしれないと思って……」
「お前は分かってない」
ブラッドはピシャリと言った。
「金の問題じゃない。使用人の治療をする聖女はちゃんと町の教会にいるんだ。彼女達は彼女達にしかできない仕事をしてる。カレン、お前はお前にしかできないことをやらなきゃいけない。お前ができることは、町の教会の聖女にはできないことなんだ。使用人のことは彼女達を信頼して、任せろ」
この世界は役割分担がはっきりしている。使用人の仕事を奪ってはいけない、聖女の役割を奪ってはいけない。カレンの気まぐれで動くと、結果的に彼らの役目を奪うことになる。
「……すみません」
カレンは一言だけ言った。
(私は浅はかで、考えなしに行動してしまう。私って本当に駄目だな……)
すっかり落ち込んでいるカレンの姿に、ブラッドは面食らったように何度もまばたきをした。
「カレン、俺はお前に怒っているわけじゃない。そりゃ、教会がこのことを知ったら怒るだろうが……俺はそもそも、このことを教会に報告するつもりはないよ」
「え……?」
カレンは顔を上げ、キョトンとした。
「俺はお前に、聖女としての自覚をして欲しかっただけだ。それにお前がこれからも使用人の傷を治すようなことがあれば、いずれ教会にも知られる。そうなるとお前を騎士団の館に置いておけなくなる。俺はそうなるのを避けたかったんだ」
ブラッドは厳しい表情を緩め、カレンを見つめた。
「……私、ここにいても迷惑じゃないですか?」
「何言ってるんだ? 迷惑なんて考えたこともないぞ」
カレンは安心したように大きく息を吐き、そのまま突っ伏した。
「大丈夫か? カレン」
心配そうにブラッドが尋ねると、カレンは勢いよく体を起こした。
「大丈夫です! ちょっと落ち込んだんですけど、もう立ち直りました」
「立ち直るのが早いな、それがお前のいい所だ」
ブラッドは目を細め、声を上げて笑った。
「……自分では良かれと思ってやったことが、ここではかえって迷惑になることもあるんですね。仕事を奪う、っていう意味がようやく分かりました」
「お前の国とはルールが少し違うのかもな。だが、お前はもうここの人間だ」
カレンは驚いてブラッドを見つめた。
「俺のわがままかもしれないが……お前にはこれからも、ずっとここにいて欲しい」
一瞬胸が高鳴ったが、すぐに彼の言葉が「聖女として」だと気づき、カレンは慌てて笑顔を作る。
「……私も、もうここの人間だと思ってます。どこにも行きません」
カレンの顔をじっと見た後、ブラッドは少し目を伏せ「……良かった」と小さく呟いた。
満足そうな笑顔でカレンはカップから口を離した。
ここは調理場だ。カレンは人がいない隙を見て調理場に入り「大麦コーヒー」をまた作っていた。
エマは最初、聖女であるカレンが調理場で作業をすることを拒んだが、夕食後の片づけが終わった頃なら大丈夫だろうと、こっそり二人で作業をしていた。
今回は別にミルクも温め、カフェオレのようにして飲んでみた。少しあっさりとした味だが悪くない仕上がりである。
「……うん、ミルクを入れると美味しい!」
前に大麦コーヒーをエマに飲ませた時は微妙な反応だったが、濃い目に作った大麦コーヒーにミルクを入れた今回のものは、エマの口にも合ったようである。
「良かった、気に入ってくれて」
泥水を飲んでいると思われるのは嫌なので、大麦コーヒーの理解者が増えるのは有り難いとカレンは思う。
「作り方が分かったから、カレンがいつでも飲めるように多めに焙煎だけしておこうかな?」
「有り難いけど、これ結構手間がかかるし、飲みたい時に自分でやるからいいよ」
エマはカップをテーブルに置き、カレンをじろりと睨む。
「これは私の仕事! カレンが調理場をウロウロしていて怒られるのは私なのよ? 今日だってアルドに見つかったら大変……」
「……あー、エマ。悪いんだけど、もう大変な状況かも」
カレンの様子が急におかしくなり、エマは恐る恐る振り返る。調理場の入り口には従騎士アルドが厳しい視線を向けながら立っていた。
カレンは体を縮めながら、アルドの後ろを歩いている。
「……ブラッド様からはあまりカレン様に厳しくしないよう言われていましたが、言わせてください。あなたは少しブラッド様に甘えすぎです」
「……すみません」
「聖女様を調理場で働かせていたなんて話が、オズウィン司教の耳に入ったらどうするのです? 少しは自覚してください、あなたはもう使用人ではないのですから」
「……重々承知しております……」
六つも年下のアルドに怒られながら歩き、カレンはブラッドがいる副団長室の前に着いた。
「それでは、私はこれで」
アルドは部屋に入らず、カレンが部屋に入るのを見送った。
「失礼します……」
副団長室にはブラッド一人がいた。あちこちに蝋燭が置かれ、夜だが十分な明るさがある。
「来たか、こんな遅くに呼び出して悪いな。昼間は忙しくて」
「いえ……」
何の用かと身構えるカレンに、ブラッドは「ここに座ってくれ」と言ってソファに座るよう促した。
カレンがソファに座った後、ブラッドは彼女の向かい側に座った。
「カレン、昨日鍛冶職人のレオンの傷を治したというのは本当か?」
もうばれたのか、とカレンは身を固くした。鍛冶場での出来事は彼らに口止めをしておいたが、多くの人が見ていたのだ。いずれ知られるだろうとは思っていたが、こんなに早くブラッドの耳に入るとは思っていなかった。
「……はい、本当です」
嘘をつくつもりはない。カレンは素直にブラッドに話した。
「……やはりそうか」
ブラッドは大きく息を吐き、ソファに背中を預けた。
「あの、どこでこのことを?」
「火傷を負ったはずのレオンが、傷などなかったように元気に働いているんだ。少し調べれば分かる」
「……はい」
カレンはますます体を小さくした。
「お前は『聖なる炎』を持つ聖女なんだ。そう簡単に誰彼構わず治療を施されては困る」
カレンは足の上に置いた両手をぐっと握った。
「分かってます。お金も取らずに騎士じゃない人に治療してはいけないんですよね。でも、レオンの火傷はすぐに治療しないと、元に戻らなくなるかもしれないと思って……」
「お前は分かってない」
ブラッドはピシャリと言った。
「金の問題じゃない。使用人の治療をする聖女はちゃんと町の教会にいるんだ。彼女達は彼女達にしかできない仕事をしてる。カレン、お前はお前にしかできないことをやらなきゃいけない。お前ができることは、町の教会の聖女にはできないことなんだ。使用人のことは彼女達を信頼して、任せろ」
この世界は役割分担がはっきりしている。使用人の仕事を奪ってはいけない、聖女の役割を奪ってはいけない。カレンの気まぐれで動くと、結果的に彼らの役目を奪うことになる。
「……すみません」
カレンは一言だけ言った。
(私は浅はかで、考えなしに行動してしまう。私って本当に駄目だな……)
すっかり落ち込んでいるカレンの姿に、ブラッドは面食らったように何度もまばたきをした。
「カレン、俺はお前に怒っているわけじゃない。そりゃ、教会がこのことを知ったら怒るだろうが……俺はそもそも、このことを教会に報告するつもりはないよ」
「え……?」
カレンは顔を上げ、キョトンとした。
「俺はお前に、聖女としての自覚をして欲しかっただけだ。それにお前がこれからも使用人の傷を治すようなことがあれば、いずれ教会にも知られる。そうなるとお前を騎士団の館に置いておけなくなる。俺はそうなるのを避けたかったんだ」
ブラッドは厳しい表情を緩め、カレンを見つめた。
「……私、ここにいても迷惑じゃないですか?」
「何言ってるんだ? 迷惑なんて考えたこともないぞ」
カレンは安心したように大きく息を吐き、そのまま突っ伏した。
「大丈夫か? カレン」
心配そうにブラッドが尋ねると、カレンは勢いよく体を起こした。
「大丈夫です! ちょっと落ち込んだんですけど、もう立ち直りました」
「立ち直るのが早いな、それがお前のいい所だ」
ブラッドは目を細め、声を上げて笑った。
「……自分では良かれと思ってやったことが、ここではかえって迷惑になることもあるんですね。仕事を奪う、っていう意味がようやく分かりました」
「お前の国とはルールが少し違うのかもな。だが、お前はもうここの人間だ」
カレンは驚いてブラッドを見つめた。
「俺のわがままかもしれないが……お前にはこれからも、ずっとここにいて欲しい」
一瞬胸が高鳴ったが、すぐに彼の言葉が「聖女として」だと気づき、カレンは慌てて笑顔を作る。
「……私も、もうここの人間だと思ってます。どこにも行きません」
カレンの顔をじっと見た後、ブラッドは少し目を伏せ「……良かった」と小さく呟いた。
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