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聖女の目覚め編
大麦コーヒー
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ノクティアに行くことが決まったカレンだったが、出発まではまだ日があった。騎士団は出発の準備を着々と進めているようだが、カレンは特に何もすることがないので、いつも通りに日々を送っている。
食糧庫の整理の為、今日はエマと二人で食糧庫の中にいた。
「ああー……この袋は駄目ね。ネズミにやられちゃったわ……もう! ライリーは何をしてるのよ」
大麦が入った袋を見ながら、エマはプリプリと怒っている。騎士団の館の「ネズミ捕り担当」ライリーは仕事をサボっているようだ。
「さっきもライリーを見かけたけどねえ。日向ぼっこしてたけど」
カレンは日当たりのいい場所で毛づくろいをしているライリーを思い出していた。ライリーは気まぐれなので、仕事をしてくれるかどうかは彼のご機嫌次第なのだ。
「もったいないけど、この大麦は家畜用にしようかな」
エマがため息をつく。その袋にはパンパンに大麦が詰まっていたようだが、袋の下の部分がかじられ、中身が出てしまっていた。
「悪くなったわけじゃないんでしょ? もったいないね」
「そうだけど、これを騎士様に食べさせるわけにはいかないからね」
じっと袋を見つめていたカレンは、ふと何かを思いついたように「そうだ!」と叫んだ。
「どうしたの? カレン」
「ねえ、これ少しもらってもいいかな?」
カレンは大麦が入った袋を指さした。
「いいけど、何に使うの?」
「……ちょっと試してみたいことがあって」
エマは首を傾げながら「何?」と聞いた。
「向こうでよく『コーヒー』を飲んでたんだけど、ここにはないみたいだから。だからコーヒー豆の代わりに大麦を使ってコーヒーを作れないかなと……」
「ちょ、ちょっと待って。こーひー? って何?」
「ええと、すっごく苦い飲み物だよ」
「……なんでそんなものが飲みたいの?」
エマは顔を歪めながら、目をキラキラさせて話すカレンを見ている。
「苦いけど、癖になるんだよね……確か私の記憶では、大麦を焙煎させて作るコーヒーみたいな飲み物があったはずなんだ」
「ふうん、カレンがそんなに飲みたい物ってどんなものか気になるわね。ねえ、私も手伝うから今から早速作ってみない?」
エマはコーヒーに興味を持ったようだ。二人は袋から大麦を少し取り、調理場へと戻った。
今はまだ調理場は動いていない時間なので、わずかに人がいるだけだ。カレンは小さめのフライパンのような鍋を持ってきて、かまどの上にそれを置いた。
「とりあえず、これで大麦を炒ってみようと思うんだ」
「ああ、大麦を炒るのね? 焦がさないように火加減に気をつけて」
エマが鍋に大麦をざっと入れ、カレンがそれを火にかける。完全に勘でやっているので、どうなるか分からないが、とりあえず火から遠ざけつつ、大麦の色が変わるまで鍋を揺らした。
「いい香りがしてきた……そろそろかな」
どこまで炒ればいいか分からないので、黒っぽくなってきた所で火から下ろした。今度は炒った大麦をすり鉢で細かくすり潰した。次に沸かしたお湯を用意し、小さな鍋に布を被せたものに細かくした大麦の粉を入れ、お湯を少しずつ注いでみる。
布からしみ出してきた大麦コーヒーを見て、エマは「うえー」と思わず漏らした。
「こんなものを飲むの? 悪いけど、その……泥水みたいじゃない?」
「でも香りは悪くないよ」
鍋に顔を近づけ、カレンは匂いを嗅いだ。香ばしい香りがなんだか懐かしさを感じる。持ってきたカップに大麦コーヒーを入れ、緊張した顔でカレンはカップを手に持つと、一口飲んだ。
「どう? どう?」
エマはワクワクした顔でカレンに尋ねる。カレンは目を閉じてゆっくりと味わい、ごくりと飲み込んだ後、顔を上げて目をカッと見開いた。
「麦茶だ、これ」
完全に麦茶だった。コーヒーとは程遠い。そもそもコーヒー豆と大麦ではまるで違うものなので、近づけようとするのが間違いだったのかもしれない。
「……うん、うん。うーん?」
恐る恐る口をつけたエマは、首を傾げている。
「無理しなくていいよ。まだ結構雑味があるなあ……もうちょっと炒ってみるともっとコーヒーに近づくかな」
「もう一回やってみたら? 次は美味しくできるかも」
その後、もう一度同じことを繰り返した。今回は炒る時間を思い切って長めにしてみた。大丈夫かと思うくらい真っ黒になった大麦コーヒーは、さっきよりも香ばしくなり、だいぶコーヒーらしくなった。
「うん! 苦いけどこれかも!」
もう本物のコーヒーの味すら分からなくなっていたが、とりあえずコーヒーに近い物はできた。エマもカレンの真似をして飲んだが、彼女の口には合わないようで、苦笑いをしながらカレンに返した。
「なんだか焦げ臭いんですけど、大丈夫ですか?」
心配そうな顔でアルドが調理場に入って来た。
「あら、アルド。大丈夫よ、カレンが『大麦コーヒー』を作ったの」
「大麦こーひー? 何ですか? それ」
「飲んでみる?」
カレンは自分のカップをアルドに差し出した。アルドは戸惑った顔をしつつ、カップを受け取って中を見る。
「なんですかこれ、泥水じゃないですか」
「私の国ではよく飲まれているんだよ」
フフンと笑いながら、カレンは腕組みをした。
「そうですか。外国の文化を学ぶのは大切なことですから……」
何やらブツブツ言いながら、アルドはコーヒーを一口飲んだ。
「どう? どう?」
カレンが尋ねると、アルドは何とも言えない顔をしながらカップをカレンに返した。
「苦いです」
「そりゃ、そういう飲み物だもん」
「薬ですよね? これ」
「違うよ! ……あ、でも身体にはいいと思うよ。元は大麦だし」
「そうですか。勉強になりました」
「ところでアルド、何か用があってここに来たんでしょう?」
エマはアルドが顔をしかめているのを見て、今にも吹き出しそうだ。
「あ、そうでした。ブラッド様にお茶をお願いします」
「お茶ね。ちょっと待ってて!」
エマはパタパタと駆け出していった。
その時、ブラッドがふらりと調理場に入って来た。
「アルド、すまない。お茶は後にしてくれ。俺はちょっと工房に行ってくる」
「あ、はい。かしこまりました」
アルドは慌てて、お茶を淹れようとしているエマを追いかけた。
その場にカレンとブラッドが残った。ブラッドは調理場の匂いを嗅ぎ、眉をひそめる。
「なんだか焦げ臭くないか?」
「あ、すみません、これを作ってたんです」
カレンは大麦コーヒーが入ったカップをブラッドに見せた。
「何だ? これ」
「大麦コーヒーです。コーヒーが好きでよく飲んでたんですけど、ここではコーヒーが手には入らないみたいで……代わりに大麦で作ってみたんです」
「こーひー? どんな飲み物なんだ?」
「私はコーヒーにミルクとか豆乳を入れて飲むのが好きなんですけど、そのままで飲むと結構苦いんですよ。でも癖になるっていうか……中毒性があるっていうか……ああでも、危険な飲み物ではないですよ!」
ブラッドは奇妙なものを見る目でカップの中を覗き込む。
「少し飲んでみたい」
「いいですけど……多分美味しくないですよ。エマもアルドも反応が悪くて」
「いいから、くれ。お前の国の飲み物なんだろう? 飲んでみたい」
ブラッドはじっとカレンを見る。
「正確には私の国の飲み物ではないんですけど……元々外国の飲み物で……でも、好きな人は多いです」
おずおずとカレンはブラッドにカップを渡した。ブラッドはそれをぐいっと飲む。
「苦いな」
「そうですよね……すみません」
「でもこれが、お前は好きなんだろ?」
「ええ、まあ……コーヒーとは違うんですけど」
ブラッドは更にカップを口に持って行き、残りの大麦コーヒーを飲み干してしまった。
「大丈夫ですか……?」
「慣れれば平気だ……でも、やっぱり少し焦げ臭いな」
「ごめんなさい。焦がしすぎちゃって、炭っぽくなっちゃったかも……」
心配そうな顔をしているカレンに、ブラッドは少し笑みを浮かべてカップを返した。
「まあ、悪くないよ」
「あ……ありがとうございます」
ブラッドは戻って来たアルドに「工房へは俺一人で行く。先に戻っていていいぞ」と声をかけ、調理場を出て行った。
「飲んでくれたのは嬉しいけど、全部飲まれちゃったな……」
「ブラッド様に飲ませたんですか? あれを!?」
カレンの独り言を聞いたアルドは目を吊り上げた。
食糧庫の整理の為、今日はエマと二人で食糧庫の中にいた。
「ああー……この袋は駄目ね。ネズミにやられちゃったわ……もう! ライリーは何をしてるのよ」
大麦が入った袋を見ながら、エマはプリプリと怒っている。騎士団の館の「ネズミ捕り担当」ライリーは仕事をサボっているようだ。
「さっきもライリーを見かけたけどねえ。日向ぼっこしてたけど」
カレンは日当たりのいい場所で毛づくろいをしているライリーを思い出していた。ライリーは気まぐれなので、仕事をしてくれるかどうかは彼のご機嫌次第なのだ。
「もったいないけど、この大麦は家畜用にしようかな」
エマがため息をつく。その袋にはパンパンに大麦が詰まっていたようだが、袋の下の部分がかじられ、中身が出てしまっていた。
「悪くなったわけじゃないんでしょ? もったいないね」
「そうだけど、これを騎士様に食べさせるわけにはいかないからね」
じっと袋を見つめていたカレンは、ふと何かを思いついたように「そうだ!」と叫んだ。
「どうしたの? カレン」
「ねえ、これ少しもらってもいいかな?」
カレンは大麦が入った袋を指さした。
「いいけど、何に使うの?」
「……ちょっと試してみたいことがあって」
エマは首を傾げながら「何?」と聞いた。
「向こうでよく『コーヒー』を飲んでたんだけど、ここにはないみたいだから。だからコーヒー豆の代わりに大麦を使ってコーヒーを作れないかなと……」
「ちょ、ちょっと待って。こーひー? って何?」
「ええと、すっごく苦い飲み物だよ」
「……なんでそんなものが飲みたいの?」
エマは顔を歪めながら、目をキラキラさせて話すカレンを見ている。
「苦いけど、癖になるんだよね……確か私の記憶では、大麦を焙煎させて作るコーヒーみたいな飲み物があったはずなんだ」
「ふうん、カレンがそんなに飲みたい物ってどんなものか気になるわね。ねえ、私も手伝うから今から早速作ってみない?」
エマはコーヒーに興味を持ったようだ。二人は袋から大麦を少し取り、調理場へと戻った。
今はまだ調理場は動いていない時間なので、わずかに人がいるだけだ。カレンは小さめのフライパンのような鍋を持ってきて、かまどの上にそれを置いた。
「とりあえず、これで大麦を炒ってみようと思うんだ」
「ああ、大麦を炒るのね? 焦がさないように火加減に気をつけて」
エマが鍋に大麦をざっと入れ、カレンがそれを火にかける。完全に勘でやっているので、どうなるか分からないが、とりあえず火から遠ざけつつ、大麦の色が変わるまで鍋を揺らした。
「いい香りがしてきた……そろそろかな」
どこまで炒ればいいか分からないので、黒っぽくなってきた所で火から下ろした。今度は炒った大麦をすり鉢で細かくすり潰した。次に沸かしたお湯を用意し、小さな鍋に布を被せたものに細かくした大麦の粉を入れ、お湯を少しずつ注いでみる。
布からしみ出してきた大麦コーヒーを見て、エマは「うえー」と思わず漏らした。
「こんなものを飲むの? 悪いけど、その……泥水みたいじゃない?」
「でも香りは悪くないよ」
鍋に顔を近づけ、カレンは匂いを嗅いだ。香ばしい香りがなんだか懐かしさを感じる。持ってきたカップに大麦コーヒーを入れ、緊張した顔でカレンはカップを手に持つと、一口飲んだ。
「どう? どう?」
エマはワクワクした顔でカレンに尋ねる。カレンは目を閉じてゆっくりと味わい、ごくりと飲み込んだ後、顔を上げて目をカッと見開いた。
「麦茶だ、これ」
完全に麦茶だった。コーヒーとは程遠い。そもそもコーヒー豆と大麦ではまるで違うものなので、近づけようとするのが間違いだったのかもしれない。
「……うん、うん。うーん?」
恐る恐る口をつけたエマは、首を傾げている。
「無理しなくていいよ。まだ結構雑味があるなあ……もうちょっと炒ってみるともっとコーヒーに近づくかな」
「もう一回やってみたら? 次は美味しくできるかも」
その後、もう一度同じことを繰り返した。今回は炒る時間を思い切って長めにしてみた。大丈夫かと思うくらい真っ黒になった大麦コーヒーは、さっきよりも香ばしくなり、だいぶコーヒーらしくなった。
「うん! 苦いけどこれかも!」
もう本物のコーヒーの味すら分からなくなっていたが、とりあえずコーヒーに近い物はできた。エマもカレンの真似をして飲んだが、彼女の口には合わないようで、苦笑いをしながらカレンに返した。
「なんだか焦げ臭いんですけど、大丈夫ですか?」
心配そうな顔でアルドが調理場に入って来た。
「あら、アルド。大丈夫よ、カレンが『大麦コーヒー』を作ったの」
「大麦こーひー? 何ですか? それ」
「飲んでみる?」
カレンは自分のカップをアルドに差し出した。アルドは戸惑った顔をしつつ、カップを受け取って中を見る。
「なんですかこれ、泥水じゃないですか」
「私の国ではよく飲まれているんだよ」
フフンと笑いながら、カレンは腕組みをした。
「そうですか。外国の文化を学ぶのは大切なことですから……」
何やらブツブツ言いながら、アルドはコーヒーを一口飲んだ。
「どう? どう?」
カレンが尋ねると、アルドは何とも言えない顔をしながらカップをカレンに返した。
「苦いです」
「そりゃ、そういう飲み物だもん」
「薬ですよね? これ」
「違うよ! ……あ、でも身体にはいいと思うよ。元は大麦だし」
「そうですか。勉強になりました」
「ところでアルド、何か用があってここに来たんでしょう?」
エマはアルドが顔をしかめているのを見て、今にも吹き出しそうだ。
「あ、そうでした。ブラッド様にお茶をお願いします」
「お茶ね。ちょっと待ってて!」
エマはパタパタと駆け出していった。
その時、ブラッドがふらりと調理場に入って来た。
「アルド、すまない。お茶は後にしてくれ。俺はちょっと工房に行ってくる」
「あ、はい。かしこまりました」
アルドは慌てて、お茶を淹れようとしているエマを追いかけた。
その場にカレンとブラッドが残った。ブラッドは調理場の匂いを嗅ぎ、眉をひそめる。
「なんだか焦げ臭くないか?」
「あ、すみません、これを作ってたんです」
カレンは大麦コーヒーが入ったカップをブラッドに見せた。
「何だ? これ」
「大麦コーヒーです。コーヒーが好きでよく飲んでたんですけど、ここではコーヒーが手には入らないみたいで……代わりに大麦で作ってみたんです」
「こーひー? どんな飲み物なんだ?」
「私はコーヒーにミルクとか豆乳を入れて飲むのが好きなんですけど、そのままで飲むと結構苦いんですよ。でも癖になるっていうか……中毒性があるっていうか……ああでも、危険な飲み物ではないですよ!」
ブラッドは奇妙なものを見る目でカップの中を覗き込む。
「少し飲んでみたい」
「いいですけど……多分美味しくないですよ。エマもアルドも反応が悪くて」
「いいから、くれ。お前の国の飲み物なんだろう? 飲んでみたい」
ブラッドはじっとカレンを見る。
「正確には私の国の飲み物ではないんですけど……元々外国の飲み物で……でも、好きな人は多いです」
おずおずとカレンはブラッドにカップを渡した。ブラッドはそれをぐいっと飲む。
「苦いな」
「そうですよね……すみません」
「でもこれが、お前は好きなんだろ?」
「ええ、まあ……コーヒーとは違うんですけど」
ブラッドは更にカップを口に持って行き、残りの大麦コーヒーを飲み干してしまった。
「大丈夫ですか……?」
「慣れれば平気だ……でも、やっぱり少し焦げ臭いな」
「ごめんなさい。焦がしすぎちゃって、炭っぽくなっちゃったかも……」
心配そうな顔をしているカレンに、ブラッドは少し笑みを浮かべてカップを返した。
「まあ、悪くないよ」
「あ……ありがとうございます」
ブラッドは戻って来たアルドに「工房へは俺一人で行く。先に戻っていていいぞ」と声をかけ、調理場を出て行った。
「飲んでくれたのは嬉しいけど、全部飲まれちゃったな……」
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