17 / 71
聖女の目覚め編
騎士と聖女の派遣
しおりを挟む
アウリス教会の中にあるオズウィン司教の執務室。
部屋の中にはオズウィン司教と聖女セリーナ、そしてアウリス騎士団長サイラス、ブラッド副団長、騎士エリックの五人が集まっている。
オズウィンが全員に目をやり、口を開いた。
「今朝ノクティア・ルミエール教会から手紙が届きました。正式に、騎士と聖女の派遣をして欲しいとのことです。次回の魔物討伐に間に合うようにノクティアまで来て欲しいと」
サイラス団長は腕組みをし、ため息をつく。
「こちらも次の魔物討伐の準備をしている。ノクティアに派遣する余裕はない」
エリックがふっと笑みを漏らした。
「あちらも、何も全員連れて来いと言っているわけではないでしょ? 王都からも応援が行くと聞いてるし、こちらからはそれほど人数を派遣しなくても大丈夫ですよ」
「王都に連絡を取るついでに、ノクティアにいるあなたの叔父上に、騎士団をもう少し鍛えるようにと伝えてくれないか? エリック殿下」
サイラスがエリックをじろりと睨むと、エリックは「……僕に言われてもねえ」ととぼけた。
「団長、我がアウリス領に現れる魔物は弱体化しています。セリーナ様のお力のおかげで」
ブラッドがセリーナに視線をやりながら言うと、セリーナも頷いた。
「人員は足りていると思います。少しの騎士と聖女ならば、派遣しても問題はないと思います。サイラス様、ノクティアに協力して差し上げるべきでは?」
セリーナがサイラスに向き合う。サイラスはセリーナの婚約者で、セリーナを溺愛しているとの噂である。
「……ならば、騎士を十人、聖女を二人までならば許可しよう」
「ありがとうございます、サイラス様」
セリーナは微笑み、オズウィンはホッと息を吐いた。
「ノクティアへは、俺が行きます」
ブラッドはすぐに名乗り出た。
「ブラッド、お前は前回討伐に出ただろう? 次回は教会の護衛をするはずだ」
サイラスの鋭い視線がブラッドに刺さる。
「護衛は他の騎士に任せます。ノクティアの戦いは少しタフなものになるかもしれない。俺が行くのが最善です」
「それなら、僕もノクティアに行くよ。久しぶりにグレゴール騎士団長に会いたいしね」
エリックも続けて名乗り出た。
「……ならば、残りの騎士はお前が選べ。アウリスから無能な騎士がやってきたと言われないように」
「お任せください」
ブラッドは背筋を伸ばした。
「私もノクティアに行きます」
セリーナの言葉に、全員の視線が一斉に彼女に向いた。
「駄目だ。あなたは次回、教会に残って祈りを捧げる役目がある」
サイラスは首を振るが、セリーナは一歩も引かない。
「ノクティアに足りないのは、聖女の力でしょう? 浄化が追い付かないから、魔物が凶悪になるのです。私が行かなければ」
「分からない人だ……!」
サイラスは苛立った顔でセリーナに近寄り、彼女の耳に顔を寄せる。
「あなたが心配なのだ。俺はあなたに行って欲しくない」
「でも、サイラス様」
サイラスは小声でセリーナに囁く。
「それとも、ブラッドが行くと言ったからですか?」
「まさか、そんな理由で私が危険を冒すと思いますか?」
セリーナは顔色を変え、サイラスに言い返した。
「どうします? オズウィン司教。聖女の派遣を決めるのはあなただ」
エリックはサイラスとセリーナがこそこそ話しているのを横目で見ながら、オズウィンに尋ねた。
「……確かに、ノクティアの浄化は滞っていると聞いています。セリーナ様のお力をお借りしたいというのが、あちらの本音でしょうね」
「なら決まりだ。セリーナ様、一緒に行きましょう」
ブラッドの言葉に、セリーナは口をきゅっと結んで「ええ、ブラッド」と答えた。
「それと、もう一つお願いがあるのですが」
「何ですか?」
まだ何かあるのか、と言いたげな顔でブラッドはオズウィンを見る。
「聖女の霊廟で見つかった女のことですが……彼女をノクティアへ同行させてはどうでしょう」
「カレンを? 何故です」
ブラッドは首を傾げ、不思議そうな顔でエリックと目を合わせた。
「彼女に何かあるのかと思い、保護していますが……未だ何も変化がありません。聖女の才能が見つかるきっかけが聖女によって違うのは、皆様ご存じの通り。ですが何もせずに日々を過ごしていては、彼女はずっと変わらないかもしれません。彼女に外の世界を見せることで、何か変化が起きないものかと」
「外の世界をカレンに見せるということですか。それなら、次回のアウリスでの魔物討伐に同行させればいいでしょう? ノクティアへは五日はかかります。慣れない彼女には厳しい旅になる」
ブラッドは困惑しながら答える。
「そうですわ、オズウィン司教。カレンは我が教会で保護すると決めたではありませんか。わざわざ遠出をさせる必要はありません」
セリーナも眉をひそめながらオズウィンに訴える。
オズウィンは言いにくそうに口を開く。
「……実は、教会の中にはカレンが何者なのかを怪しむ者もいます。得体の知れない女を匿っていると」
「馬鹿馬鹿しい」
ブラッドはそう吐き捨てて顔を背けた。
「オズウィン司教は、私がカレンに騙されている愚かな聖女だと仰りたいのですか?」
セリーナも顔に怒りを浮かべている。
「と……とんでもない、セリーナ様! ですが教会の中に疑いの目がある以上、カレンがノクティアに行き、教会の為に力を尽くしているということを証明する必要があります。それならば教会の者達も納得するでしょう」
「確かに、それも一理あるかもね。ブラッド、カレンも一緒に連れて行こう」
「エリック」
ブラッドはエリックを睨む。
「ブラッド。なら、その女も連れて行け。もしも何か怪しいことがあれば、お前が責任を持って対処しろ」
サイラスに命令され、ブラッドは渋々「……承知しました」と答えた。
♢♢♢
「……え? 私が行くの?」
カレンは騎士団の館の裏庭で、洗濯物を水ですすいでいるところだ。そこへ従騎士アルドがやってきて、ブラッドからの伝言を伝えた。
ノクティア領への魔物討伐に同行するように、とのことである。
「はい。お願いします」
「何で?」
「何でって……そういう命令です」
「誰が命令したの?」
「……ブラッド様です」
「何で?」
アルドは眉を吊り上げた。
「だから今言ったでしょう。ノクティア領での魔物討伐の手伝いに、ブラッド様が向かうことになったので、それにあなたも使用人として同行するんですよ」
「いや、それは分かるんだけど、私は外に出ちゃ駄目なんでしょ?」
「同行する理由は分かりません。とにかく、今度の新月の夜までに向こうに到着しなければならないんです。長旅になりますから、きちんと準備をしておいてくださいね」
アルドはそう言い残してスタスタと帰ってしまった。カレンはその後ろ姿をポカンと見送る。
「……ノクティアってどこ?」
急な話にカレンは混乱していた。これまで外に出てはいけないという決まりだったのに、突然知らない場所に魔物討伐に行くから同行しろと言う。
「……でも、やっと外に出られる……」
じわじわと喜びが広がってきた。カレンがずっと知ることのなかった「外の世界」をようやく見ることができる。それに、討伐にはブラッドも一緒だ。
どことなく浮かれた気分で、カレンは大きなたらいに入った洗濯物をじゃぶじゃぶとすすいだ。
部屋の中にはオズウィン司教と聖女セリーナ、そしてアウリス騎士団長サイラス、ブラッド副団長、騎士エリックの五人が集まっている。
オズウィンが全員に目をやり、口を開いた。
「今朝ノクティア・ルミエール教会から手紙が届きました。正式に、騎士と聖女の派遣をして欲しいとのことです。次回の魔物討伐に間に合うようにノクティアまで来て欲しいと」
サイラス団長は腕組みをし、ため息をつく。
「こちらも次の魔物討伐の準備をしている。ノクティアに派遣する余裕はない」
エリックがふっと笑みを漏らした。
「あちらも、何も全員連れて来いと言っているわけではないでしょ? 王都からも応援が行くと聞いてるし、こちらからはそれほど人数を派遣しなくても大丈夫ですよ」
「王都に連絡を取るついでに、ノクティアにいるあなたの叔父上に、騎士団をもう少し鍛えるようにと伝えてくれないか? エリック殿下」
サイラスがエリックをじろりと睨むと、エリックは「……僕に言われてもねえ」ととぼけた。
「団長、我がアウリス領に現れる魔物は弱体化しています。セリーナ様のお力のおかげで」
ブラッドがセリーナに視線をやりながら言うと、セリーナも頷いた。
「人員は足りていると思います。少しの騎士と聖女ならば、派遣しても問題はないと思います。サイラス様、ノクティアに協力して差し上げるべきでは?」
セリーナがサイラスに向き合う。サイラスはセリーナの婚約者で、セリーナを溺愛しているとの噂である。
「……ならば、騎士を十人、聖女を二人までならば許可しよう」
「ありがとうございます、サイラス様」
セリーナは微笑み、オズウィンはホッと息を吐いた。
「ノクティアへは、俺が行きます」
ブラッドはすぐに名乗り出た。
「ブラッド、お前は前回討伐に出ただろう? 次回は教会の護衛をするはずだ」
サイラスの鋭い視線がブラッドに刺さる。
「護衛は他の騎士に任せます。ノクティアの戦いは少しタフなものになるかもしれない。俺が行くのが最善です」
「それなら、僕もノクティアに行くよ。久しぶりにグレゴール騎士団長に会いたいしね」
エリックも続けて名乗り出た。
「……ならば、残りの騎士はお前が選べ。アウリスから無能な騎士がやってきたと言われないように」
「お任せください」
ブラッドは背筋を伸ばした。
「私もノクティアに行きます」
セリーナの言葉に、全員の視線が一斉に彼女に向いた。
「駄目だ。あなたは次回、教会に残って祈りを捧げる役目がある」
サイラスは首を振るが、セリーナは一歩も引かない。
「ノクティアに足りないのは、聖女の力でしょう? 浄化が追い付かないから、魔物が凶悪になるのです。私が行かなければ」
「分からない人だ……!」
サイラスは苛立った顔でセリーナに近寄り、彼女の耳に顔を寄せる。
「あなたが心配なのだ。俺はあなたに行って欲しくない」
「でも、サイラス様」
サイラスは小声でセリーナに囁く。
「それとも、ブラッドが行くと言ったからですか?」
「まさか、そんな理由で私が危険を冒すと思いますか?」
セリーナは顔色を変え、サイラスに言い返した。
「どうします? オズウィン司教。聖女の派遣を決めるのはあなただ」
エリックはサイラスとセリーナがこそこそ話しているのを横目で見ながら、オズウィンに尋ねた。
「……確かに、ノクティアの浄化は滞っていると聞いています。セリーナ様のお力をお借りしたいというのが、あちらの本音でしょうね」
「なら決まりだ。セリーナ様、一緒に行きましょう」
ブラッドの言葉に、セリーナは口をきゅっと結んで「ええ、ブラッド」と答えた。
「それと、もう一つお願いがあるのですが」
「何ですか?」
まだ何かあるのか、と言いたげな顔でブラッドはオズウィンを見る。
「聖女の霊廟で見つかった女のことですが……彼女をノクティアへ同行させてはどうでしょう」
「カレンを? 何故です」
ブラッドは首を傾げ、不思議そうな顔でエリックと目を合わせた。
「彼女に何かあるのかと思い、保護していますが……未だ何も変化がありません。聖女の才能が見つかるきっかけが聖女によって違うのは、皆様ご存じの通り。ですが何もせずに日々を過ごしていては、彼女はずっと変わらないかもしれません。彼女に外の世界を見せることで、何か変化が起きないものかと」
「外の世界をカレンに見せるということですか。それなら、次回のアウリスでの魔物討伐に同行させればいいでしょう? ノクティアへは五日はかかります。慣れない彼女には厳しい旅になる」
ブラッドは困惑しながら答える。
「そうですわ、オズウィン司教。カレンは我が教会で保護すると決めたではありませんか。わざわざ遠出をさせる必要はありません」
セリーナも眉をひそめながらオズウィンに訴える。
オズウィンは言いにくそうに口を開く。
「……実は、教会の中にはカレンが何者なのかを怪しむ者もいます。得体の知れない女を匿っていると」
「馬鹿馬鹿しい」
ブラッドはそう吐き捨てて顔を背けた。
「オズウィン司教は、私がカレンに騙されている愚かな聖女だと仰りたいのですか?」
セリーナも顔に怒りを浮かべている。
「と……とんでもない、セリーナ様! ですが教会の中に疑いの目がある以上、カレンがノクティアに行き、教会の為に力を尽くしているということを証明する必要があります。それならば教会の者達も納得するでしょう」
「確かに、それも一理あるかもね。ブラッド、カレンも一緒に連れて行こう」
「エリック」
ブラッドはエリックを睨む。
「ブラッド。なら、その女も連れて行け。もしも何か怪しいことがあれば、お前が責任を持って対処しろ」
サイラスに命令され、ブラッドは渋々「……承知しました」と答えた。
♢♢♢
「……え? 私が行くの?」
カレンは騎士団の館の裏庭で、洗濯物を水ですすいでいるところだ。そこへ従騎士アルドがやってきて、ブラッドからの伝言を伝えた。
ノクティア領への魔物討伐に同行するように、とのことである。
「はい。お願いします」
「何で?」
「何でって……そういう命令です」
「誰が命令したの?」
「……ブラッド様です」
「何で?」
アルドは眉を吊り上げた。
「だから今言ったでしょう。ノクティア領での魔物討伐の手伝いに、ブラッド様が向かうことになったので、それにあなたも使用人として同行するんですよ」
「いや、それは分かるんだけど、私は外に出ちゃ駄目なんでしょ?」
「同行する理由は分かりません。とにかく、今度の新月の夜までに向こうに到着しなければならないんです。長旅になりますから、きちんと準備をしておいてくださいね」
アルドはそう言い残してスタスタと帰ってしまった。カレンはその後ろ姿をポカンと見送る。
「……ノクティアってどこ?」
急な話にカレンは混乱していた。これまで外に出てはいけないという決まりだったのに、突然知らない場所に魔物討伐に行くから同行しろと言う。
「……でも、やっと外に出られる……」
じわじわと喜びが広がってきた。カレンがずっと知ることのなかった「外の世界」をようやく見ることができる。それに、討伐にはブラッドも一緒だ。
どことなく浮かれた気分で、カレンは大きなたらいに入った洗濯物をじゃぶじゃぶとすすいだ。
9
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
ロザリーの新婚生活
緑谷めい
恋愛
主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。
アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。
このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。
転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。
迎木尚
恋愛
「聖女にはどうせなれないんだし、私はのんびり暮らすわね〜」そう言う私に妹も従者も王子も、残念そうな顔をしている。でも私は前の人生で、自分は聖女になれないってことを知ってしまった。
どんなに努力しても最後には父親に殺されてしまう。だから私は無駄な努力をやめて、好きな人たちとただ平和にのんびり暮らすことを目標に生きることにしたのだ。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる