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第八話

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 今がその絶好の機会かもしれなかった。
 キッカとセラン以外に人の姿はなく、しかもゆっくり話せるいい環境なのだから。
 言おう言おうと考え――まったく違う話をしてしまう。

「まだ聞いてなかったと思うんだけど、どうして私があそこにいるってわかったの?」
「あの辺の街にいたってのはカフに聞いたからな。なんでも、人攫いから逃げてきたっていう人間にお前の話を聞いたとかなんとか」

(ミウ……!)

 伝言を託し、それっきりになっていた仲間。カフに伝えられたということは、無事に逃げ出せたということなのだろう。
 最後に逃げたミウが無事なら、他の仲間たちも逃げおおせたに違いない。

「そっか、よかった……。カフにも心配かけちゃったよね」
「すぐ俺のとこ来たからな。危ない目に遭わせてごめんってさ」
「カフはなにも悪くないのに。私のわがままを聞いてくれただけで」
「そうだよなー。勝手にウァテルに行って、勝手に攫われて、勝手に売られそうになってたのはお前だもんなー」
「う……」
「ははっ、でも無事でよかったよ。ちゃんと助けられてよかった」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、セランは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
 キッカは平然と触れてくるが、恋心を自覚したセランにとって刺激が強い。
 特にくちばしを擦り付けるのはやめてほしかったのだが。

「ま、また……!」

 肩や手ならともかく、頬にされる。
 仮面をかぶっていてくれなかったら、もっと距離が縮まっていただろうことを考えると、ますます落ち着かない。

「あの、キッカ――」
「俺さ」

 キッカがセランの言葉を遮る。

「お前を探さなきゃって飛んでたとき、歌を聞いたんだよ」
「なんの……?」
「お前の」

(……ああ、あれ)

 芸を披露しろと言われ、自分にできそうなことを考えた。
 それが単純に歌うことだったのだが、あれはちゃんとキッカの耳に届いていたらしい。

(キッカのことを考えて歌ったんだよ、とは言えないなぁ)

 大抵のことは遠慮なく口にするセランも、それがなんとなく気恥ずかしいことであるとわかっている。

「まっすぐ響いてきた。……けどお前、あれがなんの歌なのかわかってねぇだろ」
「え? おばあさまに教えてもらった歌だったんだけど、なにか意味のあるものだったの?」
「……まあ、そうだな」
「綺麗な歌だなーって思って覚えたの。もし意味があるなら教えてほしいな。そこまで教えてもらってないから」
「えー……やだよ……」
「なんでそんなに嫌そうなの?」

 そこまで嫌がられると思わず、少しむっとする。

「歌詞のない歌に聞こえるのは、もしかして人間だけ?」
「……おー」
「じゃあ、キッカには意味を持って聞こえてたんだね。どういう意味?」
「さあなー」
「なんで教えてくれないの!」
「んー」

 煮え切らない態度が気に入らない。
 キッカならばよほどのことがない限り答えてくれる気がしたが、歌のことはそのよほどのことなのかもしれなかった。

「もう一回歌ってくれたら、考えてもいいな」
「それで教えてくれないつもりでしょ、わかってるんだからね」
「いんや? 俺の心の整理がついたら教えるつもり」
「本当?」
「ほんとほんと」
「……あんまり信用ならないんだけど」
「俺の風切り羽根にかけて誓うよ」

 それがどれだけ重要な誓いなのかはわからないが、言うだけのものではあるのだろう。
 セランは諦めることにした。

「わかった。でも、恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「うん」

 呼吸を整えたセランが、空に向かって歌いだす。
 もう側にいるのに、頭に浮かんだのはやはりキッカだった。
 細い、鳴き声のような歌が青空を翔ける。
 それを聞きながら、キッカはセランの頭にくちばしを擦り付けていた。
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