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第七話
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しおりを挟む荷馬車が止まる頃には、すっかり身体がこわばっていた。
両手の自由を奪われたまま、外に連れ出される。
(まだ、夜……)
荷馬車の外は暗かった。月が煌々と照っているのは、セランが記憶していたときと変わらない。
目の前には大きな建物があった。その屋敷に、攫われた女性たちが一人ずつ追い立てられる。
敵だと思われる男の数は少なくない。今、ここで抵抗しても逃げきることはできないだろう。
そう察し、まだ、おとなしく従うことにする。
女たちと共に放り込まれたのは広い部屋だった。
床に絨毯があるだけの殺風景な部屋で、窓の位置が高い。そこから逃げることは不可能だろうと考え、少し顔をしかめる。
男たちは最後の一人を部屋に押し込むと、嗜虐的な光を瞳に浮かべてセランたちを嘲笑った。
「せいぜい、いい子にしてるんだぞ? なあに、ここにいるのは十日の間だけだ。そこから先は……お友達とは別れることになるかもしれないな」
ははは、と下卑た声が反響すると、女たちのすすり泣きが大きくなった。
説明されずともわかっている。
十日後にセランたちは売られてしまうのだ。
「こんなの、許されないんだから……!」
男たちの笑い声を聞くのが不快で、そう叫んでしまう。
ぴたりと笑い声が止むと、男の一人がセランに気付き、女たちの中から引きずり出した。
「離して!」
「お嬢ちゃん、ご主人様に会うまでにはその口の利き方をなんとかしておけよ?」
「っ……」
きっ、ときつく睨みつけたセランを、やはり男は嗤う。
「お前を買うご主人様は大層金を持っているだろうからなぁ」
「どういう意味……」
「ここにいるどの女よりも、お前が一番高く売れるってわけさ」
無遠慮に頬をなぞられ、ぞわりと背中の毛が逆立つ。
「見事な黒髪に緑柱石の瞳、顔立ちはまだ幼いが充分上玉だ。お前、ナ・ズから来たんだろ?」
「どうして、それを知ってるの」
「肌の色がこっちの女と違う。服の中はどんな色をしてるんだ? うん?」
「触らないで!」
手は不自由でも足が使える。
思い切り男を蹴り飛ばそうとしたが、ぎりぎりのところでかわされてしまった。
「砂漠の女は貴重なんだよ。しかもこんなに若い女となればな。今年は今までで一番盛り上がるかもしれないぞ」
「私はあなたたちみたいな人を盛り上げるためにいるんじゃない!」
「そう言ったって、お前が競りに出されれば嫌でも大盛り上がりだ。十日後の祭が楽しみだな。はははっ」
「……っ!」
怒りで目の前が真っ赤になる。こんな屈辱を受けるのは生まれて初めてのことだった。
男はセランを放り出すと、見張りにつくらしい男たちに指示を出した。
女たちを傷付けないよう、手の縄をほどくよう言ったのが聞こえる。
(……つまり、自由にさせていても逃げられないような場所ってことね)
ぎり、とセランは悔しさに歯を食いしばる。
つい口を出してしまったが、ここで反抗するのは得策ではない。
手の縄をほどかれた瞬間、相手に噛み付きたい衝動に駆られる。
そんな自分を抑えられたのは本当に奇跡だった。
「……おっと、こいつとんでもねぇもんを持ってるな」
「あっ」
懐を探られ、ティアリーゼからもらった短剣を奪われてしまう。
「返して!」
「馬鹿、武器を持たせておく奴がいるかよ。こんなところで自刃でもされちゃたまらねぇ」
やはり、抵抗に意味はなかった。
大切な武器を奪われ、突き飛ばされる。
「おい、大事な商品だ。手荒に扱うなよ」
「っと、すみません」
「特にそいつは高い値がつく。どの女よりも慎重に扱え。間違っても死なせたりしないようにな」
「へいへい」
へらへら笑われて、飛び掛かりそうになる。
男たちは他の女たちの縄もほどくと、十日後の祭でどれだけ稼げるかという話をしながら部屋を出て行った。
閉ざされた扉に、がちゃりと鍵がかかる。
たとえそれを破ったところで、向こう側には見張りがついているだろう。
(……どうすればいい)
無意識に胸元を押さえていた。
大切なお守りが隠してあるその場所を。
(考えろ、考えろ……)
女たちの数はゆうに三十を超えている。
同じ境遇にある他人の存在を知ったせいで、セランは一人で逃げられなくなった。
逃げるのならここにいる全員共に。それも、十日以内でなければならない。
(ただで私を売れると思わないで)
誰かに助けてもらおうなどという考えはもとよりなかった。
ここで頼れるのは自分だけ。すすり泣いている女たちに無理を強いることはできない。
ならばどうすればいいのか。
いまだ止まないすすり泣きを聞きながら、必死に頭を巡らせる。
(あと、十日)
セランの孤独な戦いが始まろうとしていた。
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