上 下
56 / 94
第七話

しおりを挟む

 荷馬車が止まる頃には、すっかり身体がこわばっていた。
 両手の自由を奪われたまま、外に連れ出される。

(まだ、夜……)

 荷馬車の外は暗かった。月が煌々と照っているのは、セランが記憶していたときと変わらない。
 目の前には大きな建物があった。その屋敷に、攫われた女性たちが一人ずつ追い立てられる。
 敵だと思われる男の数は少なくない。今、ここで抵抗しても逃げきることはできないだろう。
 そう察し、まだ、おとなしく従うことにする。

 女たちと共に放り込まれたのは広い部屋だった。
 床に絨毯があるだけの殺風景な部屋で、窓の位置が高い。そこから逃げることは不可能だろうと考え、少し顔をしかめる。
 男たちは最後の一人を部屋に押し込むと、嗜虐的な光を瞳に浮かべてセランたちを嘲笑った。

「せいぜい、いい子にしてるんだぞ? なあに、ここにいるのは十日の間だけだ。そこから先は……お友達とは別れることになるかもしれないな」

 ははは、と下卑た声が反響すると、女たちのすすり泣きが大きくなった。
 説明されずともわかっている。
 十日後にセランたちは売られてしまうのだ。

「こんなの、許されないんだから……!」

 男たちの笑い声を聞くのが不快で、そう叫んでしまう。
 ぴたりと笑い声が止むと、男の一人がセランに気付き、女たちの中から引きずり出した。

「離して!」
「お嬢ちゃん、ご主人様に会うまでにはその口の利き方をなんとかしておけよ?」
「っ……」

 きっ、ときつく睨みつけたセランを、やはり男は嗤う。

「お前を買うご主人様は大層金を持っているだろうからなぁ」
「どういう意味……」
「ここにいるどの女よりも、お前が一番高く売れるってわけさ」

 無遠慮に頬をなぞられ、ぞわりと背中の毛が逆立つ。

「見事な黒髪に緑柱石の瞳、顔立ちはまだ幼いが充分上玉だ。お前、ナ・ズから来たんだろ?」
「どうして、それを知ってるの」
「肌の色がこっちの女と違う。服の中はどんな色をしてるんだ? うん?」
「触らないで!」

 手は不自由でも足が使える。
 思い切り男を蹴り飛ばそうとしたが、ぎりぎりのところでかわされてしまった。

「砂漠の女は貴重なんだよ。しかもこんなに若い女となればな。今年は今までで一番盛り上がるかもしれないぞ」
「私はあなたたちみたいな人を盛り上げるためにいるんじゃない!」
「そう言ったって、お前が競りに出されれば嫌でも大盛り上がりだ。十日後の祭が楽しみだな。はははっ」
「……っ!」

 怒りで目の前が真っ赤になる。こんな屈辱を受けるのは生まれて初めてのことだった。
 男はセランを放り出すと、見張りにつくらしい男たちに指示を出した。
 女たちを傷付けないよう、手の縄をほどくよう言ったのが聞こえる。

(……つまり、自由にさせていても逃げられないような場所ってことね)

 ぎり、とセランは悔しさに歯を食いしばる。
 つい口を出してしまったが、ここで反抗するのは得策ではない。
 手の縄をほどかれた瞬間、相手に噛み付きたい衝動に駆られる。
 そんな自分を抑えられたのは本当に奇跡だった。

「……おっと、こいつとんでもねぇもんを持ってるな」
「あっ」

 懐を探られ、ティアリーゼからもらった短剣を奪われてしまう。

「返して!」
「馬鹿、武器を持たせておく奴がいるかよ。こんなところで自刃でもされちゃたまらねぇ」

 やはり、抵抗に意味はなかった。
 大切な武器を奪われ、突き飛ばされる。

「おい、大事な商品だ。手荒に扱うなよ」
「っと、すみません」
「特にそいつは高い値がつく。どの女よりも慎重に扱え。間違っても死なせたりしないようにな」
「へいへい」

 へらへら笑われて、飛び掛かりそうになる。
 男たちは他の女たちの縄もほどくと、十日後の祭でどれだけ稼げるかという話をしながら部屋を出て行った。
 閉ざされた扉に、がちゃりと鍵がかかる。
 たとえそれを破ったところで、向こう側には見張りがついているだろう。

(……どうすればいい)

 無意識に胸元を押さえていた。
 大切なお守りが隠してあるその場所を。

(考えろ、考えろ……)

 女たちの数はゆうに三十を超えている。
 同じ境遇にある他人の存在を知ったせいで、セランは一人で逃げられなくなった。
 逃げるのならここにいる全員共に。それも、十日以内でなければならない。

(ただで私を売れると思わないで)

 誰かに助けてもらおうなどという考えはもとよりなかった。
 ここで頼れるのは自分だけ。すすり泣いている女たちに無理を強いることはできない。
 ならばどうすればいいのか。
 いまだ止まないすすり泣きを聞きながら、必死に頭を巡らせる。

(あと、十日)

 セランの孤独な戦いが始まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...