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第二話
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「俺がするかよ。この城で働いてる奴らがやった。そもそも俺、お前のこと思い出したのさっきだしなー」
「拾ったのにずっと忘れてたってこと? よっぽど忙しいんだね」
「いや? 単純に忘れっぽいだけ。俺、鳥だから」
「ふーん……?」
(あんまりそう見えないけど、この人も亜人なんだ……?)
しげしげと再び男のことを見る。
そうしてからやっと、まだ名前も聞いていないことに気が付いた。
「まだ自己紹介をしてなかったよね。私、セラン。アズィム族の……一応、長の娘」
「あー……アズィム族なー……。割とでかい集落じゃん。お前、なんの装備もなしに砂漠へ飛び込む癖に、いいとこの子だったんだな。……あ、そんなお嬢さんだからそういうことすんのか。納得納得」
「あなた、すごーく失礼だと思う」
「事実だろ」
ぐ、とセランは唇を噛んだ。確かに事実である。
言い返してやりたい気持ちはあったが、どうせなにを言っても反撃にならない。仕方なく、話の本筋を戻すことにする。
「あなたの名前は?」
「キッカ。キッカ・クゥクゥ」
「変な名前」
「お前……」
「ごめんなさい、本音が」
「余計ひどいじゃねぇか」
「悪口じゃないよ。ちょっと変わった名前だなぁって」
「…………まぁ、別にいいけどな」
「ごめんね。そんな名前、初めて聞いたから。本当に鳥の鳴き声みたいな名前なんだね」
「いいだろ。俺も気に入ってる」
笑った、と少し驚きを感じながら男――キッカの感情を受け止める。
表情が見えないのに、こうまではっきり感情が読み取れるとは思っていなかった。
自分の状況をとりあえず理解し、怪しい男の名前も聞いた。
となると、次にセランが興味を惹かれたのはやはりその仮面である。
「それ、邪魔じゃない?」
「んあ? これ?」
キッカが自身の仮面を指さす。
素材は金属だろうか。うっすらと鈍色の光沢がある。目元にはよく見ると装飾が刻まれているようだった。なにかの言葉のようにも見える。
「邪魔なんて思ったことねぇよ。だって、これがなきゃ外歩けねぇだろ」
「え……」
そう言われて、少し胸の奥が冷える。
隠しているというからには理由があって当然だ。
それが、外を好きに出歩けないほどの理由だとは思ってもおらず。
好奇心でいっぱいだったセランの心が一気にしぼんだ。
自分の遠慮のなさと、うかつさに気付いたせいで。
「ごめんなさい……。そんなものだなんて知らなくて、私……」
「え、なんで落ち込んでるんだ。俺、なんか言ったか?」
「怪我の痕を隠してるんだよね?」
「そんなこと言ってねぇぞ」
「でも、それがないと外を歩けないって」
「そりゃそうだ。くちばしもねぇ顔なんか晒したくねぇもん」
「……くちばし?」
「言ったろ、鳥だって。俺がちゃんと獣になったらな、すげぇ立派なくちばしがあるんだ。今度見せてやろうか?」
「ううん、いい」
「つまんねぇ奴だなー。人間ってみんなそうなのか?」
「別にくちばしには興味ないし……」
(触れちゃいけない話、ってわけじゃなくてよかった。でもこれからは気を付けよう……)
セランがそんな風に思っているとは露知らず、キッカは勝手にベッドの端に腰を下ろす。
キッカ以外のものに意識が向いたのはそこからだった。
部屋を見回し、魔王の城だという割に簡素であることに気付く。窓がひとつに扉がひとつ。綿の詰まったベッドと、小さなテーブル。床には絨毯が敷いてあるが、セランの暮らしていた集落にあったようなものと模様が違う。部族によって模様が違うのを知っていたセランは、少なくともこの絨毯がアズィム族の者の手によって作られたものではないと理解した。
ふと風が動く気配を感じて顔を上げる。
いつの間にかキッカがセランに向かって木のコップを差し出していた。
「拾ったのにずっと忘れてたってこと? よっぽど忙しいんだね」
「いや? 単純に忘れっぽいだけ。俺、鳥だから」
「ふーん……?」
(あんまりそう見えないけど、この人も亜人なんだ……?)
しげしげと再び男のことを見る。
そうしてからやっと、まだ名前も聞いていないことに気が付いた。
「まだ自己紹介をしてなかったよね。私、セラン。アズィム族の……一応、長の娘」
「あー……アズィム族なー……。割とでかい集落じゃん。お前、なんの装備もなしに砂漠へ飛び込む癖に、いいとこの子だったんだな。……あ、そんなお嬢さんだからそういうことすんのか。納得納得」
「あなた、すごーく失礼だと思う」
「事実だろ」
ぐ、とセランは唇を噛んだ。確かに事実である。
言い返してやりたい気持ちはあったが、どうせなにを言っても反撃にならない。仕方なく、話の本筋を戻すことにする。
「あなたの名前は?」
「キッカ。キッカ・クゥクゥ」
「変な名前」
「お前……」
「ごめんなさい、本音が」
「余計ひどいじゃねぇか」
「悪口じゃないよ。ちょっと変わった名前だなぁって」
「…………まぁ、別にいいけどな」
「ごめんね。そんな名前、初めて聞いたから。本当に鳥の鳴き声みたいな名前なんだね」
「いいだろ。俺も気に入ってる」
笑った、と少し驚きを感じながら男――キッカの感情を受け止める。
表情が見えないのに、こうまではっきり感情が読み取れるとは思っていなかった。
自分の状況をとりあえず理解し、怪しい男の名前も聞いた。
となると、次にセランが興味を惹かれたのはやはりその仮面である。
「それ、邪魔じゃない?」
「んあ? これ?」
キッカが自身の仮面を指さす。
素材は金属だろうか。うっすらと鈍色の光沢がある。目元にはよく見ると装飾が刻まれているようだった。なにかの言葉のようにも見える。
「邪魔なんて思ったことねぇよ。だって、これがなきゃ外歩けねぇだろ」
「え……」
そう言われて、少し胸の奥が冷える。
隠しているというからには理由があって当然だ。
それが、外を好きに出歩けないほどの理由だとは思ってもおらず。
好奇心でいっぱいだったセランの心が一気にしぼんだ。
自分の遠慮のなさと、うかつさに気付いたせいで。
「ごめんなさい……。そんなものだなんて知らなくて、私……」
「え、なんで落ち込んでるんだ。俺、なんか言ったか?」
「怪我の痕を隠してるんだよね?」
「そんなこと言ってねぇぞ」
「でも、それがないと外を歩けないって」
「そりゃそうだ。くちばしもねぇ顔なんか晒したくねぇもん」
「……くちばし?」
「言ったろ、鳥だって。俺がちゃんと獣になったらな、すげぇ立派なくちばしがあるんだ。今度見せてやろうか?」
「ううん、いい」
「つまんねぇ奴だなー。人間ってみんなそうなのか?」
「別にくちばしには興味ないし……」
(触れちゃいけない話、ってわけじゃなくてよかった。でもこれからは気を付けよう……)
セランがそんな風に思っているとは露知らず、キッカは勝手にベッドの端に腰を下ろす。
キッカ以外のものに意識が向いたのはそこからだった。
部屋を見回し、魔王の城だという割に簡素であることに気付く。窓がひとつに扉がひとつ。綿の詰まったベッドと、小さなテーブル。床には絨毯が敷いてあるが、セランの暮らしていた集落にあったようなものと模様が違う。部族によって模様が違うのを知っていたセランは、少なくともこの絨毯がアズィム族の者の手によって作られたものではないと理解した。
ふと風が動く気配を感じて顔を上げる。
いつの間にかキッカがセランに向かって木のコップを差し出していた。
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