10 / 30
初めて食べるもの/白蜥
1
しおりを挟むある日のお茶の時間。
ティアリーゼはメルチゥが持ってきた菓子を見て、郷愁の念に駆られた。
(あら……。また食べられる日が来るとは思わなかったわ)
「ティアリーゼ?」
メルチゥを見送ったシュクルが覗き込んでくる。
ティアリーゼが菓子に対していつもと違う反応を見せたのが気になったのだろう。
相変わらず目ざとい、と思いながらティアリーゼは理由を説明した。
「懐かしいお菓子だな、と思ったの。タルツでよく食べられていたものでね」
「ティアリーゼがよく作るものだろうか」
「いいえ、あれは違うわ」
「わからない」
つん、とシュクルがその菓子をつつく。
そういうところは獣らしい。
ふんわりと焼き上げられた菓子は、外はさっくり軽い口当たりで、中はほっこり柔らかい。物によっては中に果物やクルミを仕込むこともある。
つんつん、とまたシュクルがつついた。
その手を軽く掴んで止める。
「つつかないの」
「気になる。お前が気にしたものだから」
「だったら食べてみればいいでしょう。食べもしないのにつつくのはお行儀が悪いわ」
「お行儀。……わからない」
「今ひとつ覚えたわね」
「いかにも」
獣であるシュクルには行儀という概念がない。
それでも人の形をしている以上、ある程度は覚えてもらいたいところだった。トトが人の姿での食事作法などを教えてくれたようだが、まだ怪しい部分は多々ある。
「ティアリーゼはそれが好きなのか」
「ええ。好きよ。あなたも好きだったら嬉しいわ」
「わかった。好きになろう」
「無理はしなくていいからね」
懐かしい菓子を指でつまむ。
ひとくちで食べられる大きさもまた昔を思い出した。
「ティアリーゼ?」
再びシュクルが声をかけてくる。
「ああ……ううん。懐かしいの、本当に」
「……思い出さなくてもいい」
「……ありがとう」
思い出したくないというわけではなかった。その記憶が辛く悲しいことだというわけでもない。
だが、シュクルはティアリーゼのことを知っている。生まれ育った国、そして家族たち。すべてを捨てたからこそ、ここにいる。
「……よかったら聞いてくれる? 私が初めてこれを食べたときのこと」
「構わない。私はお前の声を聞くのが好きだ」
無表情のまま、尻尾だけをぱたぱた振ったシュクルが言う。
そしティアリーゼは話し始めた。
もう二度と戻ることのない、遠い遠い昔の話を――。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
姉の代わりでしかない私
下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。
リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。
アルファポリス様でも投稿しています。
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?
夕立悠理
恋愛
リミカ・ブラウンは前世の記憶があること以外は、いたって普通の伯爵令嬢だ。そんな彼女はある日、超がつくほど女嫌いで有名なチェスター・ロペス公爵と結婚することになる。
しかし、女嫌いのはずのチェスターはリミカのことを溺愛し──!?
※小説家になろう様にも掲載しています
※主人公が肉食系かも?
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる