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第六話

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「なにが間違っている? 私はお前の知る方法を返しただけだ」
「も、もともと私に特別なことをしてほしかっただけでしょう? あなたからするのは意味がないと思うの……!」
「…………確かにそうかもしれない」

 納得したように言うと、ようやく本当の意味で解放してくれる。
 ぱっと離れたティアリーゼは自分の胸を押さえて何度か呼吸した。
 まだ顔も頭もひどく熱い。なのに、目の前の元凶は涼しい顔をしている。
 ――が、いつも以上に尻尾がご機嫌だった。

(ものすごくぱたぱたしてる……)

 尻尾の勢いは、そんなに地面を叩いて大丈夫かと心配になるほどだった。ぱたぱたという音がやや離れた位置にいるティアリーゼの耳にも届いてくる。

「もう一度したい」
「ここではだめよ。絶対だめ」
「なぜ?」

 シュクルは眉を寄せてティアリーゼに近付く。
 こんなにも感情をあらわにしているのは初めてのことかもしれなかった。

「人間のやり方が気に入った。お前も痛がらない」
「痛くない……けど、それ以上にいろいろよろしくないの!」
「だから、なにが?」

(ああ、もう!)

 意図的に理解を拒んでいるのではないかと思ってしまった。
 ティアリーゼの動揺を理解せず、シュクルは再び顔を寄せる。

「舐めたい」
「だめだって言ってるでしょう……!」

 なんとかキスをされないよう、必死に逃れようとする。
 いつもならそろそろ引いてくれるところだった。しかし、今日のシュクルは引かない。

(あんなキス、何回もされたらどうにかなっちゃうわ……!)

 既にティアリーゼの思考は止まる寸前だった。
 迫るシュクルと拒むティアリーゼとの攻防は時間の問題だったが――。

「――そろそろ、報告をさせていただきたいのですが」

 こほん、と聞こえたわざとらしい咳払い。ティアリーゼは完全に固まった。

「トト」

 今の今まで溺愛していた恋人を捕らえたまま、シュクルがその名を呼んでしまう。
 本当にトトだと思いたくなかったというのがティアリーゼの本心だった。
 幻聴でさえあれば、今のやり取りを見られていないだろうと思えたのに。

「報告は街での件か」
「はい。無事に対処が完了したことを伝えにまいりました」
「助かった。なにか問題は?」
「ありません。金鷹の魔王が手を尽くしてくださったようで」
「クゥクゥは優しいな」
「我々にとっては。……人間にとっては別かと思いますが」

 トトが例の亜人狩りの対処を終えるほど、時間が経過していたらしい。
 そんなに長い間、シュクルとささやかな戦いを繰り広げていたとは思いもしなかった。

「一応、見回りの強化を。他になにかあればすぐに伝えてくれ」
「承知いたしました」

 まるでティアリーゼなどその場にいないかのような扱いだった。
 逆にそれがありがたいような、むしろ落ち着かないような、そんな気持ちになってしまう。
 一通り話し終えると、トトはちらりとティアリーゼを見た。
 ぎくり、とした瞬間にはもう視線がシュクルに戻っている。

「王、特に咎めはいたしませんが、目のあるところでは控えた方がよろしいかと思われます。ここは鳥たちに見えてしまいますから」
「うん?」
「わ――かりました!」

 首を傾げたシュクルの代わりに、ティアリーゼが応える。

「もう二度とシュクルの好きなようにはさせません」
「なんの話だ?」
「あなたは黙っていて」

 トトは一礼して城の中に戻っていく。
 他に言葉がないのが変に気を使われているようで、余計にティアリーゼの羞恥を煽った。

「……トトさんにはキスの意味がわかるのかしら」
「わからない。馬もするのか聞いてみた方がいいか?」
「トトさんって馬だったのね……」
「だから足が速い」

 街の対処が早かった件について言っているのだろう。
 だが、今回ばかりはゆっくり城に戻ってきてくれた方がありがたかった。

「今日は大変な一日だったわ……」

 街で金鷹の魔王キッカと楽しく遊んだ。
 人間の亜人狩りに出くわした。
 シュクルが初めて嫉妬するところを見た。
 ――とんでもないキスをされた。

(本当に大変だったわ)

 心の中でもう一度言ったティアリーゼの顔を、シュクルが覗き込む。
 あまり感情を映さない瞳がやけに熱っぽいのを見て、ぎょっとした。

「もう一度してもいいか?」
「なっ、なにを……?」
「キスを」
「だめに決まっているでしょう……!」

 ティアリーゼはシュクルに捕らえられまいとその場を逃げ出す。
 当然シュクルはそれを追いかけることになるのだが、さすがに元勇者は逃げ足も速かった。
 大変困ったことにとてもキスを気に入ってしまった魔王と、いまだ心の整理がつかない勇者との戦いはまだ終わりそうにない。
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