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第三話
3
しおりを挟む「……昨日の話について、聞いてもいい?」
「どれのことを言っている」
「あなたが……人としか子供を作れないって話。あれはどういうこと?」
「そのままの意味だが」
「だから私に……その……要求をしてくるということかしら」
「いや」
肩に乗っていた重みがなくなる。
横を見ると、シュクルが穏やかな瞳でティアリーゼを見つめていた。
「お前がなにであれ、私は求めていた」
その囁きに鼓動が速くなる。
どこまでも純粋でまっすぐな思いがティアリーゼの胸を突いた。
今までにもこんな距離で過ごしたことはあるのに、今になって突然意識し始めてしまう。
「あ、あなたがそこまで言う理由がわからないの。本当に……」
「私に触れた」
以前と同じように答え、シュクルが顔を寄せる。
なにをするつもりか察し、ティアリーゼの顔が真っ赤になった。
「ま、待って」
「待たない」
「シュクル――」
呼んだ声は、頼りなく風にさらわれた。
思わず目を閉じたティアリーゼの――額にこつんという感触。
(…………ん?)
ぐりぐり額に硬いものを押し当てられている。
どうも思っていた甘い空気とは違うらしいと感じ、恐る恐る目を開けてみた。
焦点が合わないほど近い距離にシュクルがいる。それは先ほどと変わらない。
しかしなにをしているかと言うと、ティアリーゼには説明できなかった。
「……なにをしてるの?」
「うん?」
「いたた」
身を引いて、なにを押し付けられていたのかを確認する。
シュクルの額にある、ひし形をした紫色の石。
放っておけばティアリーゼの額に穴が開いていたかもしれない。
「……勘違いして損したわ」
「なにが?」
「なんでもないわよ」
(……キスされるのかと思った、なんて)
まだ熱い頬を手で押さえ、ティアリーゼはすすすとシュクルから離れた。
当の本人はどうしてティアリーゼがそういう態度を取るのかわかっておらず、首を傾げて尻尾を振っている。
「それ、飾りなんだと思ってた」
ティアリーゼは自分の額を撫でながら、シュクルの額を示す。
「角の話をしているのか」
「……あなた、角なんてあるのね」
「いかにも」
「痛いから今みたいなことはもうしないでほしいの」
「……痛いか」
まるで怯えるように身を引くのが見えた。
なぜかひどく傷付いたように思えて、ティアリーゼは咄嗟にシュクルの服の裾を掴む。
「私、あなたが思ってるより丈夫じゃないわ。たぶん、人間だから」
「……わからない」
「もう少し優しくしてくれたら平気だと思うの。だから」
――触れてはいけなかったのだ、というような顔はやめてほしい。
その言葉は言えずに喉奥へ落ちていく。
「……私からしてみてもいい?」
代わりにそう言って、シュクルがしたように顔を寄せた。
「動かないでね」
「……わかった」
わからない、と言い続けてきたシュクルが初めてそう言うのを聞いた気がした。
少しおかしくなって笑うと、視界の隅で尻尾が落ち着かなげに動く。
ティアリーゼは更に距離を近付け、自分の額をシュクルの額に押し当てた。
角だというそれは硬くて冷たい。痛まない程度にこすり付ける。
「……これがしたかった、のよね?」
「いかにも」
「なにか意味のある行為なの?」
「恐らく」
人間のティアリーゼにはいまいち理解できない行為を終え、そっと離れる。
いつにも増してしゅうしゅうという鳴き声がよく響いた。
喜んでいる――。
そう感じた瞬間、ティアリーゼの胸がほわっと温かくなる。
(たぶん好意を示す行いなんだと思う。……でも、ここまで喜ばれると思わなかったわ)
またシュクルはティアリーゼの肩に顔を埋めていた。
やはり魔王というよりは愛玩動物が甘えているようにしか見えない。
だからか、ティアリーゼの胸がきゅっと疼く。
(なんだかよくわからないけれど……この人、すごくかわいい)
かつては殺そうとしていた。
それも忘れて、シュクルのしたいようにさせる。
ついでになめらかな肌もさらさらの髪も、角も尾も触れさせてもらった。
(これが魔王だなんて)
ぺち、とシュクルの尻尾が噴水の縁を叩く。
白銀の尾は、ティアリーゼが触れている間、何度も何度もご機嫌に跳ねていた。
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