魔剣の聖女でしたが追放されたので自由に生きることに決めました~その魔剣は差し上げます、レプリカですから~

沙布らぶ

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02.魔剣の聖女、追放される

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「待て、リーチェ!」

 背後から追いかけてくる声に、わたしは振り向かなかった。
 王太子から捨てられ、聖女としての名誉も剥奪された哀れな女――すれ違う誰もが、わたしのことをそんな風に見ているのがわかる。

「おい、待たんか……リーチェ・フェンデル!」
「なんですの、ハウエル・ダムルコット伯爵閣下」

 あるけどもあるけども追いかけてくる声に、わたしはムッとして後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、すらりとした長身の男性――ハウエル・ダムルコットだった。
 ダムルコット伯爵である彼は、わたしと同じ国の至宝を守る『聖盾の騎士』だ。

「殿下となにがあったかは聞いた。……おかしな話ではないか、お前が聖女殿を傷つけるなど」
「ずいぶん不思議なことを仰いますのね。……いつもわたしを目の敵にしてあれこれつっかかってくるダムルコット伯爵とは思えないくらい」

 そう――ハウエルはわたしより六つも年上のくせに、ことあるごとにわたしに突っかかっては対抗意識を燃やしてくる。
 恐らく、かつて暴走して国を恐怖をもたらした『屠龍の魔剣』と、国に繁栄をもたらす地母神からの賜り物である『豊穣の聖盾』の関係によるものが大きいのだろうけれど……今は少し、そっとしておいてほしい。

「それはっ……忌々しい魔剣を守護する家ということを差し引いても、俺はお前がどれだけ努力を重ねてきたかを知っている。前公爵閣下の跡を継いで、お前が女公爵になった後だって……」

 そのハウエルが、今日はなんだか微妙に優しい。
 わたしは眉を寄せて、それから彼に向き直った。

「今日はいつもみたいに突っかかっては来られないのですね」
「傷ついた女性に塩を塗るほど落ちぶれてはいない。とにかく、聖女としてのお前の行いは間違っていなかったはずだ。それなのにどうして殿下は……少し俺の方から、殿下に進言をしてみるか」
「いえ、結構です。……きっと殿下は、この決定を覆すことはないでしょう」

 エルデム殿下は、昔はこれほど話を聞かない人ではなかったように思う。
 国王と妃たちの間に生まれた三人の王子の中で、彼の母親は唯一王妃であった。
 そのせいで少しわがままに育てられはしたけれど、他人になにかを言われてあそこまで頑なになるような人ではなかった。

 けれど、あの状態ではきっとハウエルが進言したところで聞き入れてはもらえないだろう。

「本当にいいのか……? 長らく城塞勤めで、『光輝の聖女』様のことはよくわからないが――その……」
「わたしは大丈夫です。それより、ハウエル。わたしとこうして話していれば、あなたこそ魔女と内通していた疑いが掛けられてしまいますよ」

 気遣いは嬉しいが、わたしは明後日までに荷物をまとめて国を出ていかなければならない。
 いつまでも悲しんでいられる時間はないし、我が身を哀れんでいる暇もない。

 なにか言いたげな表情を浮かべたハウエルは、ぐっと拳を握った。

「俺では、お前の力にはなれないのか」
「あるとすれば、ひとつだけ。叔父様……ファウスト・クルーデンス公爵に、フェンデル公爵領の運営をお願いするつもりです。王領になったところで、民が虐げられるようなことがないとも限りませんから」
 
 貴族院の副議長を務めている、ファウスト叔父様……わたしの後見人にもなってくださった、第二のお父様と言えるお方だ。
 没収されたフェンデル公爵領も、あの方ならばうまく運営してくれるだろう。その願いをハウエルに托すと、彼はドンッと胸を叩いて頷いた。

「確かに任された――このハウエル・ダムルコット、万全を期してその任務を完遂させると誓おう!」
「わかった、わかりましたから……それではごきげんよう、ハウエル。どうかお体に気をつけて」

 多分悪い人ではないんだろうけれど、ちょっと――いやかなり、熱い人なのだ。そのせいで昔からつっかかってこられたけれど、正義感の強さは信頼してもいい。

 かくして王城を出たわたしは、大急ぎで王都邸宅まで馬車を走らせた。

「おう、お嬢! どういうことだよ追放って!」
「魔剣まで取り上げられちまうなんてな……あの坊ちゃん王子、なに考えてんだか」

 屋敷に戻ると、執事が声を掛けてくるよりも早く二人分の声が聞こえてくる。
 わたしは屋敷の中に足を踏み入れると、突如駆け寄ってきた二人の『家族』の前でがっくりと肩を落とした。

「そうなの……二人とも聞いてたと思うけど、国外追放ですって。しかもカオリが殿下と婚約するって言うし、もうなにがなんだかわからなくって――」
「お嬢はなにも悪くない! アタシはお嬢が、あの魔剣を制御しようとどれだけ研鑽を重ねてきたかを知ってるぞ!」

 そう言ってふらついた体を支えてくれたのは、わたしとまだ年の変わらないような女の子だった。

「アタシが造った魔剣が最強かつ最高なのは紛れもない真実! けどなぁ、お嬢が毎日頑張って聖女としてのお勤めに励んでたのだって、同じくらい揺るがない事実なんだからなぁ!」

 屠龍の魔剣の製造者――齢1500歳を超える、天才刀鍛冶のオーディルは、悔しそうに地団駄を踏みながらわたしの代わりに泣いてくれたのだった。
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