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8 食堂

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 千里は、胡麻を気遣いつつホッと心の内では胸を撫で下ろしていた。首元に注意を向けられると、スカーフの下の番避けまで気付かれるのではないかと緊張して身構えてしまう。あのとき、胡麻の手を咄嗟に避けることも出来ず棒立ちになっていた。胡麻が苦しむほどの鋼のやり方が適切だったと肯定するつもりはないが、鋼が触れるなと宣言したことで今後同じことが起こることはないだろうと安堵する。鋼が具体的に何をしたのか確認出来ていないけれど、目の前にいた漆戸や葛籠の動揺ぶりは酷く怯えたものだった。言葉以上の何かをして、それが許されないことだとわからせた。今日中に、このことは群れの内外に流布され禁則事項扱いになる。
 千里は、Ωになった自覚は希薄だが、αしかいない場所にΩがひとり混ざった場合の危険性は理解できている。この学園に、Ωというだけで興味本位で襲ってくるような人間は居ないだろうがΩを嫌悪している人間は一定数いるのだ。卒業生である父もその一人。血の繋がりを簡単に切り、人間性も否定するΩ蔑視のα至上主義。そんな思考の持ち主に、もしも千里がΩに変わったと知られればどんな目にあうか見当もつかない。
 千里は、「ちーちゃん、ちーちゃん」と絡んでくる鋼に辟易しながら食事を始めた。ここは寮の食堂で、他の生徒も出入りするというのに鋼はお構い無しで千里の食事に手を出してこようとする。入院中と同様、千里の皿の上の料理を切り分けようとしたり、口元まで運んでこようとしたりと病人扱いを止めようとしない。千里の体調はどこも悪くないし、介添の必要は無い。病院でも断っていたし、今日のランチでも断っていたというのに全く諦めようとせずしつこい。
「もー、ちーちゃん、俺にやらせてよぉ」
 千里は、恒例化して慣れてしまった半泣きの鋼の訴えを無視。当初こそ、「必要無い」と言葉にして断っていたが納得しようとしないのだから仕方無い。しかし、ポカンと口を開けた漆戸に見られていることに気付いて手を止めた。
「えーっと、これは・・・気にするな」
 説明のしようがないので強引に言い切る。
「えー、それは無理がありません?」
 鋼に遠慮をしつつも、漆戸は納得しづらいと困惑。鋼と目が合って慌てて顔を伏せたが、どう理解すべきなのか悩んでいる様子を隠さない。以前から鋼が従属している千里に対して過保護なところはあったが、今日の二人は度を超えている。
 (ここは深く突っ込むべきか、否か)鋼のやることだからと、流せる範囲を超えている。ただ一人の親友枠として、三冠生徒会長達成のため力を貸していたことまでは(格下αになんでここまでと大きな疑問はあっても)なんとか飲み込めた、いや、飲み込んでいた。しかし、鋼自身は三冠生徒会長にはまるで興味が無かった。「スカーフは、三冠の祝いで統括理事長から贈られたもんだ。軽々しく触んな」と口に出したのさえ違和感が残って仕方がない。今までの鋼なら、「そんなん貰ってどーすんの?」と逆に千里をからかってそうだからだ。
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