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30 学園祭 side 陸

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ガバッと勢いよく顔を上げた空は、珍しくウルウルと涙ぐんでいた。
なんだ、今日は槍でも降ってくんのか?
空がこんな顔するなんて。


「あ、兄ぃ~、おはよー
ツナギで登校したんだねー」


なんとか笑顔を作ろうとするが、ぎこち無い。
顔色もわりーな。


「何があったんだ?
誰かにやられたとかでもねーんだろう?」


仕方なく手を貸してやると、空はゔーと唸りながらその場に立ち上がった。
学園祭が始まる前からそんなんで大丈夫かよ。
空がこんなに凹んでるなんて、何があったんだ?

周りを見れば、平和そのもの。
一戦交えたとかでは無さそうだな。
学園祭の準備に浮かれてる生徒が、しゃべくりながら歩いてる。
本部テントには、先に来ていた菊川が松野となんか話してんな。
あぁ、誉も生徒にとっ捕まってるがいつもの如く笑顔をバラまいてる。

別に争った形跡も・・・って、コレか。

咄嗟に口元を掌で隠す。
異常が無いかを探っていた嗅覚に引っかかったのは、微量なフェロモン。
αの本能に直接ぶち込んでくるΩの発情フェロモンの残り香だった。
防御を一切許さねぇ抗いようのない力に、キリキリと牙が伸びてくる。
噛んで犯せと見えねぇ標的が迫ってくる。

一瞬立ちくらみを起こした俺を、空が支えてくれていた。


「あ、まだ、兄ぃの鼻じゃわかるんだ。
ごめん、先に言えばよかった」


申し訳ないと謝る空に、たいしたことねぇと答えるが。
並のαの嗅覚なら感知できない程度でも、一度気付いてしまうとなかなか抜けねぇ。
理性は吹き飛ばねぇが、どこのどいつだ。
発情期の近いΩがどっかに混ざってんのか?

周囲を警戒する俺に、空は「そのうち消えるからダイジョーブ」と軽く言ってくる。


「一時間くらい前に、菊川生徒会チョーが空ちゃんの隣で発情したみたいで。
至近距離で、桜宮副生徒会チョーの発情フェロモン浴びちゃったんだよ。
それがちょろっとこの辺に残ってるの」


一応周りを気にして、声を落とす空。
「だから~」と、溜め息をつきながら声を震わせる。


「その時の空ちゃん、もー、ヤバヤバでしたぁ」

「あ"ー、そりゃ、ヤバいな」


よりによってかなちゃんの発情フェロモンに反応してんのか、俺。
相手がわかって気持ちは萎えてんのに、まだ牙が収まらねぇ。
これだから、Ωの発情フェロモンは厄介なんだ。
見境なくαを襲う凶悪な力に、抗う術がこっちにはねぇ。
これの濃厚なのをぶち込まれた空は、たまったもんじゃなかっただろう。


「菊川に気付かれてはねーのか?」


本部テントにいる菊川が、俺に気付いて手を上げる。
俺も手を上げ返すが、隣に立つ空を気にする素振りはねぇな。
自分以外のαがかなちゃんの発情フェロモンに反応したなんて知れたら、普段の菊川の様子からしてただで済むとは思えねぇ。
だが。


「バレバレだよぉ。
すぐに保健室に二人で消えてくれたけど、こわかったぁぁあーーーっ
さっき戻ってきたときもね。
空ちゃん、ドッキドキだったんだけど。
自分が悪いって逆に謝られちゃって、そっちの方が怖くて怖くて」


ブルブルと、自分の体を抱きしめながら空が震える。
菊川に他意はないんだろうが、格上のαの、甘ったるいフェロモンで常時包み込んでるような番の発情フェロモンを嗅いで。
反応したのを許すどころか謝られたらな。
空にとっちゃ、脅し以上の威力だ。
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