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3 お花畑
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はち切れそうなカバンを抱えながら下駄箱に向かい、忘れずに上履きも袋に回収する。
これで桜宮 奏に関わるものは、全てこの学園から持ち出せたはずだ。
退学の手続きは、発表後に両親が手配してくれる。
ロータリーに向かうと、車の前で運転手がすでに待機していた。
いつも穏やかな笑みを浮かべていたその表情は、今朝から憂いを帯びてより優しく俺を出迎えてくれる。
荷物を任せて後部座席に乗り込むと、静かに外側から扉が閉められた。
次にこの扉を開けるのは、家に着いたときか。
αを装わなければならないのは、ここまでだ。
偽装αとして役割を無事果たせた実感と、長年の苦労とは比べようもない呆気ない幕切れに身体の力が抜ける。
と、同時に、小刻みに身体が震えていた。
今から俺は、Ωとして生きてくんだ。
学園を出たところで気持ちを切り替えるのだと、散々自分に言い聞かせてきたというのに情けない。
緊張と不安で吐きそうだ。
胃を抑えながら背もたれに身を任せ、ゆるゆる息を吐き出して気持ちを落ち着ける。
こちらを気遣っていた運転手とミラー越しに目があった。
なんでもないのだと軽く首を振ると、ゆっくりと車が走り出す。
気をまぎらわせるために目を向けた車窓の外。
毎日、両親のフェロモンに守られながら、中等部から変わらず通ってきた道なんだが。
今日まで外を眺める余裕すら無かったな。
一日を無事乗り越えても、明日もバレずに過ごせるとは限らない。
張り詰めた気持ちが途切れることは無かった。
窓の外から降り注ぐ暖かな春の陽射しが、開放されるこの日を待ちわびていたような気持ちにさせる。
ちょうど一年前。
両親から自分の身請け先について、この家はどうかと調査書類を渡された。
俺がΩとわかった日から、繰り返し繰り返し何度も行われた親族会議。
桜宮財閥を動かす優生αが、候補を絞り、選定し、全員が納得出来る相手だと漸く辿り着いた相手だ。
俺は内容を確認するまでもないとそれを受け取り、「よろしくお願いします」とその場で頭を下げた。
Ωに生まれた俺を受け入れてくれた両親や親戚が決めた相手だ。
それがどこの家の誰であっても、従う。
そう決めていた。
両親の方が逆に戸惑い、「これは提案だから断ってもいいんだぞ」と焦っていたな。
よく考えることが出来るようにと、一年間の猶予までくれた。
俺がΩであり今日出ていくことを知っていたのは、親族会議に出ているメンバーと俺と教育係兼ボディガードの萩野だけ。
今朝、16歳の誕生日を最後に俺がこの家を去ることになったと急に知らされた弟や使用人は驚いていた。
家名を守るために、αとして。
弟が生まれてからは、Ωとして。
両方のバース性で生きてくために必要なことを教えられ、足りない部分のフォローをし続けてくれた萩野には桜宮家から出る前に直接お礼を言いたい。
今朝は、姿が見えなかったが会えるだろうか。
発情期が来ていなければ、契約書を取り交わすだけだったんだが、運が良いのか俺は発情期を経験している。
選ばれた相手と今夜番になるために、Ωの発情を促す誘発剤を打つ手筈も整えられている。
いよいよなのだと、偽装αのときとは違う緊張感が襲ってきた。
これで桜宮 奏に関わるものは、全てこの学園から持ち出せたはずだ。
退学の手続きは、発表後に両親が手配してくれる。
ロータリーに向かうと、車の前で運転手がすでに待機していた。
いつも穏やかな笑みを浮かべていたその表情は、今朝から憂いを帯びてより優しく俺を出迎えてくれる。
荷物を任せて後部座席に乗り込むと、静かに外側から扉が閉められた。
次にこの扉を開けるのは、家に着いたときか。
αを装わなければならないのは、ここまでだ。
偽装αとして役割を無事果たせた実感と、長年の苦労とは比べようもない呆気ない幕切れに身体の力が抜ける。
と、同時に、小刻みに身体が震えていた。
今から俺は、Ωとして生きてくんだ。
学園を出たところで気持ちを切り替えるのだと、散々自分に言い聞かせてきたというのに情けない。
緊張と不安で吐きそうだ。
胃を抑えながら背もたれに身を任せ、ゆるゆる息を吐き出して気持ちを落ち着ける。
こちらを気遣っていた運転手とミラー越しに目があった。
なんでもないのだと軽く首を振ると、ゆっくりと車が走り出す。
気をまぎらわせるために目を向けた車窓の外。
毎日、両親のフェロモンに守られながら、中等部から変わらず通ってきた道なんだが。
今日まで外を眺める余裕すら無かったな。
一日を無事乗り越えても、明日もバレずに過ごせるとは限らない。
張り詰めた気持ちが途切れることは無かった。
窓の外から降り注ぐ暖かな春の陽射しが、開放されるこの日を待ちわびていたような気持ちにさせる。
ちょうど一年前。
両親から自分の身請け先について、この家はどうかと調査書類を渡された。
俺がΩとわかった日から、繰り返し繰り返し何度も行われた親族会議。
桜宮財閥を動かす優生αが、候補を絞り、選定し、全員が納得出来る相手だと漸く辿り着いた相手だ。
俺は内容を確認するまでもないとそれを受け取り、「よろしくお願いします」とその場で頭を下げた。
Ωに生まれた俺を受け入れてくれた両親や親戚が決めた相手だ。
それがどこの家の誰であっても、従う。
そう決めていた。
両親の方が逆に戸惑い、「これは提案だから断ってもいいんだぞ」と焦っていたな。
よく考えることが出来るようにと、一年間の猶予までくれた。
俺がΩであり今日出ていくことを知っていたのは、親族会議に出ているメンバーと俺と教育係兼ボディガードの萩野だけ。
今朝、16歳の誕生日を最後に俺がこの家を去ることになったと急に知らされた弟や使用人は驚いていた。
家名を守るために、αとして。
弟が生まれてからは、Ωとして。
両方のバース性で生きてくために必要なことを教えられ、足りない部分のフォローをし続けてくれた萩野には桜宮家から出る前に直接お礼を言いたい。
今朝は、姿が見えなかったが会えるだろうか。
発情期が来ていなければ、契約書を取り交わすだけだったんだが、運が良いのか俺は発情期を経験している。
選ばれた相手と今夜番になるために、Ωの発情を促す誘発剤を打つ手筈も整えられている。
いよいよなのだと、偽装αのときとは違う緊張感が襲ってきた。
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