【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第12話

束の間だったとしても (1)

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「まだ仕事してたか」

 櫻子のマンションを訪れる前に連絡を入れていたので勝手に開けて入ってきた恭次郎は自宅のデスクについてデスクトップ型のモニターやらノートパソコンやらを開いて仕事をしていた櫻子を見る。

「たまには飲もうぜ」

 ワインボトルが入っている手提げ袋、それに大崎から聞いて訪れていないと言っていた催事場で調達してきた櫻子の好きそうな物、各種。来客用のローテーブルにがさがさと積まれる紙袋に興味を持った櫻子が少し背筋を伸ばして様子を伺い、すぐに仕事を切り上げてしまうのを見た恭次郎は緩く口元を綻ばせる。

 昔、たまたま目に入って買って行ったドーナッツ。その店の紙袋を見て初めて瞳を輝かせた櫻子を思い出してしまう。
 恭次郎の中で櫻子との思い出が、溢れるようだった。
 やって来た櫻子は紙袋の中身をどこか嬉しそうに覗いてから「お皿に取り分ける?」と隣のダイニングキッチンのカウンターテーブルに自ら運び出す。

「ワインは冷やしてあるヤツを買って来たんだがとりあえず冷蔵庫で良いか?」
「あ、うん。でもちゃんとしたグラスが」
「お前そう言やいつも缶ビールか缶チューハイだもんな」

 ワイン苦手だったか?と聞く恭次郎だったが「一人だと飲みきれないから出先で飲むだけ」と櫻子はキッチンの棚のどこかにワイングラスがあったかも、と言って回り込むと下段の棚を開ける。
 しかしその時、櫻子の頭上の棚が開けられる音がした。

「あっ……」
「お前、これ」

 櫻子秘蔵のお菓子専用の棚。
 しかも昼間、大崎と一緒に寄った先で更にボリュームたっぷりに補充済みになっていた棚の中身。恭次郎もワイングラスを探そうとしてごく自然に開けてしまったのだがまさかの事態に櫻子の目が泳ぐ。

「だ、ってご飯……食べてる、時間……無いし」
「お前なあ」

 だからこんなに細いのかよ、と腰に回った大きな手と引き寄せる筋肉質な太い腕。彼の胸に背中が当たった瞬間、いつも恭次郎が付けている薄い男性物の香水が香る。
 こればかりは観念してしょんぼりとうなだれる櫻子だったが恭次郎が思うに、彼女は食事や睡眠について欲が薄い。生きる事について、まるで人並みの本能的な執着が希薄に感じられる事が多々、ある。

 彼女がこの肩に背負う業が、そうさせている。

「ちょっと、待って」
「あ?」

 勃ってる、と小さな声。

「こんなのまだ半勃ちにもならねえだろ」
「もう……」

 片腕だけだった恭次郎の腕はどさくさに紛れてしっかりと櫻子のウエストを拘束して、頭一つ分背の低い彼女の肩口に顔を寄せると深呼吸をするように匂いを吸う。

「少し前に風呂入った匂いがする」
「な、に言って」
「俺もさっき出てくる前にちゃーんと浴びて来たんだよなあ」

 女性の足と鍛えている男性の足。その比べ物にならない足の太さと筋力に絡められ、まさしく身動きの取れなくなってしまう櫻子の頬が赤くなってゆく。
 だからって、まさか、と離してくれそうにない恭次郎は明らかに腰に擦り付けて来ていると言うか、身を竦めてどんどん小さくなってしまっている櫻子を腕の中にしまいこんで嬉しそうにしていた。

 来ても良いと言ったし、そうなる事だって嫌じゃない。恭次郎がしたいのなら受け入れるつもりだったが雰囲気と言う物が、何と言うか。

「ひ、っ」

 ちゅく、と音がした右耳。

「あ、あ……っ、や、だ」

 耳の先を浅く吸われて、舐められる。
 立ったままでこんな事をするのは初めてではないが場所が場所。まだパウダールームとかバスルームなら分かるけれど、と身を捩って逃げようとしても彼の腕力には敵わず、逃げられない。それどころか恭次郎は確実に、少し前よりも性愛を膨らませて、臀部を確実に擦り付けている。

「すら、っくす……汚すわよ」
「あー……な」

 まあまだ出すつもりはねえけど、とまた右耳に吹き込まれる声に櫻子の肌はぞくぞくと粟立ち、これ以上は身も竦められずに恭次郎の腕の中でキッチンに立ったまま、愛されてしまう。

 まだ服の上からまさぐられているだけ。ブラウスも、スカートも、下着も身に着けているのに、耳の先を舐められただけなのに素肌で抱かれる時よりも体が熱くなっている気がしてならない。

「きょ、じろ……ベッド、行かせ、て」

 腕に抱かれているせいでなんとか保てていられる体勢。膝が立たなくなって、いくらなんでも恭次郎の腕の中から滑り落ちてしまいそうだと伝えればそのまま爪先が浮いて、緩く結んでいただけの櫻子の髪が大きく揺れた。

「――ひゃんッ!!」

 恭次郎のシャツにしがみついて、一瞬の内になにが起きたのか理解はしたもののすたすたとベッドルームに向かう男に櫻子は何を言ったらいいのか本気で分からず、ただ横抱きにされた自分の体が落とされないか心配で――情緒と言う物はあまりなかった。

 いくら一回り小さいとは言っても大人の女性一人をいきなり抱き上げた恭次郎。柔術や喧嘩殺法、なんでもありで鍛えて来た男にとって櫻子の足を払った反動で抱き上げてしまうなど造作も無い。それに……抱かれた本人が少し悲鳴をあげてしがみ付いて来たのが可愛かった、と今は言葉には出さずにキッチンからその身を運び出す。

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