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第11話

キスだけして (3)

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 拳銃の売り子として捕まった者は龍神が手引きをしたアジア系のバイヤーだと仮定する。
 大崎が庇ったのもアジア系の裏社会の大物。
 そしてその大物に食って掛かろうとしていたのは大崎と似たような生まれの千玉会の構成員、一部の半グレや年少たちのケツモチをしていた岸川組の長男。

 拳銃の取り引き現場で現行犯逮捕されたのも、千玉の年少。
 元より、大物幹部については公安が張っていたので小さな売買の情報は幾つか警視庁側も掴んでいたのかもしれない。

「もし、その千玉の下っ端の子の面倒を見ていたのが岸川の長男で、大崎君が庇った“大物”と呼ばれている男がバイヤーたちの元締めだったとしたら。目を掛けていた子が捕まり、岸川は元締めの男を探し出して……駄目ね、仮の話だとしてもあまりにも岸川は馬鹿お粗末だわ」

 今一度、コーヒーのカップを傾けた櫻子に他の円卓についていた者たちも同感であった。桜東はそう言う真似は絶対にさせたりしない。

「関東最大の構成員数とは言え所詮は寄せ集めの千玉会田舎モンだ。とっくに目が行き届いてねえようだな」
「ええ。元から内部ではやはり千葉の南関東などの沿岸側と埼玉や群馬の北関東側で大きく二派に分かれていました。そして今、新たに新興の派閥がひとつ出来たようです。本部付きの本部長補佐が若手から人気なようで岸川の長男もその男を支持している、と聞いています」

 櫻子が得意とする情報収集。
 桜東会の持つ諜報部を使いこなし、あらゆるデータを積み重ね、そして更新させている。恭次郎でも知らない櫻子の行動履歴や会食の相手の情報なども櫻子とごく数名しかアクセスできないようになっていた。

「と言う事は、だ。千玉内の三つの派閥の内の一つのトップの顔に泥を塗っちまった岸川の倅がバイヤーどもとその元締めに“逆恨み”をして」
「四代目、こりゃあひょっとすると……ひょっとする案件か?」
「なあ四代目、言ってくれよ」

 恭次郎ではなく、誠一の実子である彼女に幹部たちの目が向けられる。その目は期待と、誠一が生きていた華やかな時代を求めていた。
 そんな幹部たちの視線から目を逸らしたのは恭次郎だった。彼にとっては兄貴分どころか親にあたるような立場の者たちが自分よりも若い櫻子にかつての栄光を見出そうとしている。

 千玉とて、会派分裂は本来ならば避けたい筈。
 その読みは間違っていないと仮定して。

「そうですね……そう。もしこの桜東、龍神、千玉の三つ巴戦、特に我々が千玉に対して“返しきれないほどの大恩だいおんを売れば」

 ――龍神など目ではない。

 言葉を選びつつも言い切った櫻子。それからも幹部たちは櫻子の口から桜東の在り方や方針を聞き、皆がそれぞれに深く頷く。
 ただ、恭次郎と大崎、足立の三名だけは……視線を少し下げるにとどまってしまった。

 ・・・

 酷く疲れたように仕事部屋のビジネスチェアに座り、大崎が用意してくれたミネラルウォーターの入ったグラスをデスクに置いていた櫻子はそのデスク前で仁王立ちになっている恭次郎を見上げていた。

「私のさっきの言葉に怒ってるんでしょ」
「ああ」
「あ、俺もです」

 一先ず終えた会議は既に昼をとうに過ぎ、櫻子には昼食かおやつを与えなければならないと判断をした大崎が外に出てコンビニまで行って戻って来た頃。ちょうど恭次郎と廊下でかち合う。それなら、と大崎はコンビニの袋だけ渡して自らに与えられている隣の待機部屋に戻ろうとしたのだが一緒で構わない、と恭次郎に言われて櫻子の仕事部屋に来ていた。

「お前がやりたい事は分かった」
「ですが会長」

 マカダミアナッツとホワイトチョコレートが練り込まれた大きなソフトクッキーを割って口に運ぶ櫻子のじとーっとした目に男二人は引かない。

「こりゃあ戦争どころか大戦争じゃねえか」
「このままでは三つ巴ではなく桜東が関東一強になっちゃいますよ」
「良いじゃない、ウチのシノギが増えて」

 今の発言について櫻子が本気で言っている訳ではないのは二人とも分かっていたが幹部たちの前で啖呵を切る事は強い陽動にあたる、と恭次郎と大崎は危惧していた。
 恭次郎は誠一の背を、大崎は父親の背を見て来た。親の世代はかつての華やかだった……特に恭次郎や櫻子が産まれた時代を知る者たちにとって先ほどの彼女の口ぶりはあまりにも魅力的に聞こえたに違いなく。

「無茶な事はしないように、本部命令があるまでは今まで通りにしていて欲しいと念を押させておくから」

 それで良いでしょ、と言う櫻子はソフトクッキーが美味しかったのか包装を見返す。

「お前が先頭切って無茶をしてるようにしか見えねえが?」

 未だに仁王立ちの恭次郎は納得していない、と櫻子を見る。

「……正直言って、この件は私たちだけで済ませてしまった方が良いと思うの」

 ソフトクッキーの袋から視線を移した櫻子は大崎の怪我をしている左肩を見て僅かではあるが眉を落としてしまう。普段は硬派でも気が許せる相手には素直に感情を表に出す事で自分の考えを伝えようと……櫻子なりに少し、自分から歩み寄る。

 今までは人とは深く関わらないように生き、恭次郎にすら本音を零すことは少なかった。
 でも、今の自分は確かに変わってきているかもしれない、と。

「優秀な会長代行と付き人がいるから、大丈夫。きっと、乗り切れるわよ」

 腕組みをして動こうとしない恭次郎にも視線を移してにこっと笑った櫻子の表情は今までで一番、柔らかだった。

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