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第11話

キスだけして (2)

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 午前十時から始まった会議。
 まず手始めに、とモニター越しの櫻子は昨夜に大崎を伴って警察関係者……桜東会の諸般を受け持つ担当刑事と赤坂の料亭で密談を行った事を告白した。この癒着が表沙汰になれば汚職どころか警視庁内部の上役たちが軒並み辞職せざるを得ないような危険な密会。

 しかし、料亭と言う場所はとても秘匿性が高い。
 櫻子は他の企業の者と、そして担当刑事もまた別件、別の時間に予約が入っていたと見せかけて二人は奥深い座敷で僅かに被った短い時間で面と向かって話し合っていた。
 時間にすれば三十分も無い程度、それでも面会には意味がある。

 櫻子はその場で刑事に提案した事を話し始め、恭次郎が話を纏める。

「龍神を潰すとまではいかねえ、が……わざわざ千玉を使って桜東に弓を引いたってなら徹底抗戦してやるからサツも多少の事には目を瞑っていてくれ、と言って刑事側も一応納得はしたってことか。サツが拭けねえ尻拭いをしてやる見返りにしちゃイーブンすぎるが」

 仕方ねえか、と言う恭次郎の声に画面の向こうで手を組んでいた櫻子が頷く。
 そして、と品のある桜色の口紅が塗られた唇が開いた。

 ――三代目を殺したのは、龍神との推測が以前から出ていた。

 断言がしにくい事を櫻子は言う。
 会議室内にいたごく少数の幹部たちは眉を顰め、今までそんな事を口にしなかった彼女の“以前から”との言葉に一人の幹部が「会長、最初ッからアテがあった癖にサツはこっちに情報を流さなかったってのか?」と憤りを見せる。

「信用ならねえ」

 その一言に室内の空気が変わってしまった。
 四代目会長自らが警察と密会、そこから引き出して来た情報は貴重ではあるが誠一の実の娘である櫻子にさえそれを伝えていなかったとは。
 彼女は確定された情報については共有をしているので個人的に黙っていて今さら打ち明けたとは考えにくい。本当に昨晩知ったに違いない、と皆が考えた。

 感情の起伏を相手に容易く見せない。
 それが硬派な桜東会ではあるがここは密室。
 会議室の中は恭次郎と大崎を除けば皆が元は誠一の直属の部下たち。誠一亡き後、その席を引き継いだ櫻子の手腕や硬派な態度は認めているが感情論を口に出さずにはいられなかった。

 それを真剣な眼差しで聞いていた櫻子は「今からお茶を持ってそっちに行くから」と離席する。

 桜東会のフロント企業のオーナーとして、恭次郎の情婦としての身はあらかじめ他の舎弟に頼んでおいたカフェチェーンの大きな紙袋を持って上階の会議室へ向かう。
 お茶汲みを装った姿ではあるが今日も櫻子のスーツは上等なオーダースーツ。

 会議室の扉が閉じられると櫻子は隅に座っていた大崎に「これ、お願いね」と紙袋を渡し、恭次郎がいる上座へと歩き始めると同時に皆が席から立ち、深く頭を下げる。

「緑茶も良いけどたまにはコーヒーにしましょう」

 大崎が配ったホットコーヒーの良い香りが部屋に行きわたる頃、恭次郎の隣に着席をした櫻子は円卓に着いている三島の縁者である上級幹部一同に目を向ける。

「最近の押収品の中にあった拳銃の線状痕ライフリングが、どうやら三代目から摘出された弾と一致したようです」

 公の場では父親を三代目、と言う櫻子は言葉を続ける。

「ありきたりな汎用モデルとは言えバレル部分の摩耗の度合いが功を奏した……など言いたくはありませんがどうやら襲撃事件以降、使われていなかったみたいで。今になって裏の中古市場に流れたものの、暫く使われずに所持されていただけだったようです」

 しかも押収出来たのが警視庁の管轄、東京都内だったこともあり、情報が対策課内でも共有されていた。

「その拳銃チャカを持ってたヤツは」
「アジア系外国人。バイヤーの末端だったようです」

 室内のざわめきはさらにどよめきに変わる。

「サツは取引現場でも押さえたンか」
「ええ、警察も馬鹿じゃない。売り手はともかく、買おうとした相手が少々……アレだったようで目を付けていたみたいです」

 ふ、と鼻で笑った櫻子は自分の所にも置かれていたホットコーヒーのカップを手にして上蓋の小さな飲み口を開いて留めるように押し込む。
 飲みやすい温度になったコーヒーをひと口飲み、皆も遠慮せずに飲んで欲しいと勧める。

「つまり買おうとしていたのは千玉の下っ端あたりか?」

 遠慮をさせないように恭次郎もコーヒーの飲み口を開けながら問いかければ櫻子は軽く頷いた。

「浅学ではありますが私が知る限り、千玉の年少程度が買える代物ではない、と。どうせ単なるファッション感覚だろう、と私たち外野は思って当たり前ですから……皆さん、如何でしょう」

 円卓に着いている者たちは自分たちを見据える強固な意思の宿る瞳に誠一の姿を見てしまう。
 そこにあるのは紛れもない強い野心。

「アジア系のバイヤーって事は」

 龍神の手引きの可能性。
 そして大崎が誰かも分からずに庇ったのも日本語が流暢なアジア系の人物。それも公安が張っていたほどの大物と来た。

 こま切れていた情報の糸が結び合うように少しずつ話が繋がっていく。

「警視庁側としたら神奈川県警との一騎打ち、ってか?」

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