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第10話

話し合うこと (4)

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 一人、部屋に戻って来た櫻子は着ていた服を脱いでバスルームに入ると頭から熱いシャワーを掛ける。

「っ……ふ、う」

 一度は止まったものの、また彼女の頬を伝うのはシャワーのお湯だけではなかった。
 あれ以上泣いたら恭次郎に余計な心配をかけてしまうから、と堪えてはいたが一人になればどうしようもない漠然とした大きな不安にさいなまれる。

 両親の事を「誠一さん、章子さん」と呼んだ恭次郎。
 彼にとって誠一は紛れも無く育ての親だったが実子の自分がいる手前で弁えた言葉を使わせてしまった。

 なにもかも、事実なのに。
 実の両親から想像しがたい程の酷い目にあっていた恭次郎を助け出した誠一、そのまま三島の家で育った恭次郎は自らの意思で極道の道を歩む事を決めた。
 恭次郎が望めばきっと誠一は引き留めなかった。いくらでも違う道を選ぶ事は出来た筈だが彼は、恭次郎はそれを選ばなかった。

 今が全てだと言い聞かせても、良いだろうか。
 櫻子は心の苦しさを涙として洗い流す為に暫くシャワーを頭から浴びる。

 そして浴びて出て来て、髪を乾かしてメイクをし直したら……櫻子には今夜、絶対に行かなくてはならない場所があった。
 一応、自分から提案をした事なのだがその現場に大崎を付けるか、それとも本部付きの幹部を付けるか。

 下着を身に付ける前の素肌の胸元に手をあてる。
 桜東の代紋が刻まれた玉を掴んだ白い飛び鳳凰の入れ墨のある皮膚。当時、白い縁どりだけの意匠を彫り終わるまでそう時間はかからなかった。

 髪を乾かして軽くセットをして……少しだけひと息をついてから疲れの取れない素顔に化粧品をぽんぽん、と乗せていく。
 完璧な化粧が終わる頃には昼間だった都会も日が暮れて来ており、櫻子は隣の部屋に控えている筈の大崎を自分の部屋に呼び出した。

「怪我の状況はどう?」
「大丈夫ッス。縫ったとは言え利き腕じゃない左肩の三針でしたし、医者も抜糸も要らない糸で縫ってくれたんで膿んだりしなきゃ経過観察の診察だけで良い、と」
「そう……本当に、良かった」

 痛み止めや抗生物質など薬をしっかり飲んでいるので車の運転は控えていると言う大崎だったが櫻子の呼び出し内容はなんとなく、分かっていた。
 彼女の下着の類いの扱いは櫻子自らにお願いしているがスーツのクリーニングについては大崎もよく請け負っていたので分かる。
 今、櫻子が着用しているスーツは手持ちの中、移動車やこうしてホテルの部屋に置いてある中でも高額の部類。フルオーダーの上等な品物だった。

 セミロングの髪はさっぱりとアップにされていて、その耳もとにはプラチナのシンプルなピアス。
 目鼻立ちをくっきりとさせるビジネスメイクは彼女なりの武装した姿を現していた。

「とりあえず……コーヒー淹れましょうか」

 お菓子も出しましょう、と会長室で食べなかったらしいスコーンなどが入ったカフェの紙袋がローテーブルにぽつんと置かれているのを見た大崎は手持ち無沙汰だったのか支度をし始める。
 常に清潔な物と交換されている櫻子の部屋の備品の電気ポットでお湯を沸かしながら慣れた手つきでコーヒーを入れる若い大崎の後ろ姿。
 彼も質の良いブラックスーツを纏っていたが途中で「汚しちゃいそうだから脱いで良いッスか」とジャケットは部屋の隅にあるハンガーラックへと掛けられる。

「大崎君のスーツもオーダー?いつもとシルエットが違う」
「はい、そうッス。親父が使ってる所にお願いして」

 自分の属する大崎一家の親たる大井組長との接見の為、一張羅を着て来た大崎に櫻子の表情は優しい。

「今度、私からプレゼントさせてくれないかしら」
「へ……」
「親として詫びを入れるには、それくらいしか出来ないから」

 彼女の申し出にどう返事をしたら良いのか迷った大崎だったがここは櫻子からの提案は素直に受け入れた方が良い。

「楽しみッス」

 へへ、と笑う大崎に櫻子も「どうせ行ったって何も食べた気なんてしないから、先に美味しいものを食べておく」と割られた板チョコレートが織り込まれたスコーンが食べたい、と大崎に伝えて夕暮れの窓の向こうを見る。

 夜は身を隠すのにちょうどいい。
 いつもは召集される立場の櫻子が呼び立ててセッティングをした夜の“会食”の席。
 相手との約束の時間までまだ少し猶予はあったが既に身支度を整えている櫻子はまた、恭次郎に黙ってこの部屋から出て行く事になる。

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