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第10話
話し合うこと (3)
しおりを挟む結果ばかりが求められる裏の世界。
流石の誠一も染まりすぎていたのかもしれない。時代はバブルの絶頂期、時代の寵児とも言われた三島誠一。華やかな時代から泡は弾け飛び、翳りの時代を迎えるまでの間に考えも変わった。
章子を失くしたのは自分のせいで、本当は別れた方が良かったのだとも……いつかの酒の席で呟くように言っていたのを恭次郎は聞いていた。
――時代は変わった。
頭の回る櫻子は経営学を修め、必死に働いていた。
数字として日々、本部に上がる情報に誠一は目を細め、何か言いたそうにしていたがついぞ彼は確かに櫻子を褒める事は無かった。
憎んでいるから、櫻子はこんな事をしている。
親への当て付けなんて言うチャチな物ではなく、明らかに自分に対して明確な復讐をしている。
フロント企業のオーナーとして莫大なカネを動かすまでに至ってしまった一人娘。三島の分家の子女として桜東の執行役員まで上り詰め、最近では彼女を失えば桜東会の資金繰りが傾くまでに大きな力を持ってしまった。
誠一が凶弾に倒れた後の幹部会の場で他の直参組長衆から「やはりあの娘は確かに誠一の子だ」と言わしめる程に強く、誰も近寄らせない女性になってしまった。
櫻子から見た父親と、誠一から見た娘の姿。
そして恭次郎が見た二人の……捩じれてしまった親子関係を一番近い場所で見ていた恭次郎はずっと、心苦しかった。
零れる涙が落ち着いた頃合いを見て革張りの椅子ではなく、来客用のソファーに櫻子を座らせた恭次郎も一緒に隣に座る。
「……話を戻すと、ね」
もうずっと前から人知れず担当刑事とは連絡を取り合い、取引をしていた事を告げた櫻子は話しを続ける。
「大崎君が刺されたと聞いた時、自分でも驚くくらい血の気が引いたの。私に関わらせてしまったから……覚悟していた癖に、そんな自分が情けなくて……今までずっと“これだから女は”って言われないようにしていたから」
「ンなこと俺だって同じだ。私生児どころか誠一さんとは何一つ血の繋がりなんて無えのに今の居場所を与えてくれて……それに稔はよく出来たヤツだよ。嫉妬するくらいに、な」
「それ、本当に言ってる……?」
大真面目、と言う恭次郎にまだ目元も鼻の先も赤い櫻子はハンカチを握りしめたまま俯いてしまう。
「稔だって覚悟決めてお前の付き人になったんだ」
「うん……」
アイツの覚悟を無碍には出来ない。
全ての言葉が返って来るようで流石の櫻子も気落ちしたようにとん、と隣の恭次郎の分厚い肩に自らの体を寄せて体重を乗せる。
「その稔が庇ったカタギじゃねえ外国人ってのは誰だったんだ」
「龍神と取引のあった所の大物」
「な……」
「今、警視庁の暴対課と国際捜査管理官の合同チームが公安の“外事二課”と見かけだけの合同調査をしてるって話」
「ややこしいな……いや、待てよ。龍神との取引、サツから出張って来たのがアジア方面担当の外事二課って事は」
「騒動の渦中で立ち去ったのは中華系の外国人だった。多分、大崎君は庇ったのが誰だったか、さっきの様子だと本当に国籍すら分からなかったみたい。相手が流暢な日本語話者であるからなおさら」
桜東の大崎が、龍神と繋がりのある中華系マフィアの大物に何か言い掛かりをつけていた千玉の岸川組長男に刺された。
そのマフィアの男は立ち去っているがどうやら既に公安の監視対象だったらしくすぐに特定だけはされている。そこまで警察に張られているような人物と言う事は今後、何か大きな取引が予見されていると言う事。
警察内部でも一応、情報共有はされているようだが果たしてどこまで互いに、と言った状況だった。
「このコトの本丸は龍神、か?」
恭次郎の肩に体を寄せていた櫻子も浅く頷く。
「龍神が日頃からアジア、中華系外国人の流入を手引きしている事を鑑みれば自然とそうなるわね」
「となるとこの先、龍神が何をしたいのか、になるな」
「ええ……龍神は千玉を良いように使って邪魔な桜東を排除しようとしているけれどその先、千玉も……いえ、うちよりももっと、千玉の状況は悪いのかもしれない」
かなりの割を食わされていると千玉は気づいているのだろうか、と恭次郎は考えるがふと櫻子が「疲れた」と呟いたので一度、下階の作業部屋へと帰るように促す。
綺麗な身なりをした綺麗な女性の涙はもう零れていなかった。それでも泣く、と言う行為はとても疲れるのだと恭次郎もよく分かっていたのであくまでも情婦を囲っている部屋に帰す――そんな素振りで櫻子を部屋に帰せば大井との軽い茶を終え、廊下で控えていてくれた足立も会長室に戻って来た。
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