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第9話
音もなく広がる暗雲 (4)
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――龍神と千玉の動向は隠している、と言う程ではない。
(もしも全てが何かしらへの囮の行動だったら)
疑心暗鬼が常の世界。
そこまで邪推しなくとも、と言われる事も多いがそうしなければならない立場だった。既に何人も、大崎や女性キャストたちを使ってしまっている。入って来る情報が似たり寄ったりになってきている今、彼女たちはもう引き揚げさせた方が良いかもしれない、と手を止めた櫻子は思う。
事実、自分も桜東の若い者もあからさまな素人の尾行をされている。まるでこちら側に痺れを切らせたがっているかのように。
そんな安い挑発に……気を取られている間に出し抜かれる可能性だってある。自分たちは利権を貪る社会の裏側の人間……日のあたる表側の社会のやり方は通用しない。
それに、自分たちの行いを正当化しようなど微塵も思っていなかった。
時に法では裁き切れない者の処遇を引き受ける場合もあるがそれはごく稀な話で普段やっている事は真っ黒寄りのグレー。
モニターを見つめる櫻子の視線は細く鋭いものだったが無意識に手にしたピンクのマグカップの中身が空だと気が付いてぱちりと目を見開く。
短く息をついて根を詰め過ぎてるな、と気持ちを切り替える為にチェアから立ってカップも一度洗って、と食事を忘れていた事に今更気が付いた。
冷蔵庫を開いても大崎には別の仕事を与えている為にいつも何かしらある筈のおかずもない。
冷凍のパスタはちょっと重いしどうしようかな、と考える櫻子の視線は頭上のお菓子の棚に向けられる。
不摂生だと分かっている。
けれど……櫻子は本当にお菓子が好きだったのだ。
子供っぽいから、と食糧を調達してくれる大崎以外には隠しているが本当は好き。それでも健康の事を考えて栄養補助食品と書かれているクッキーなども買い置きしてくれているので一つはそれにしてもう一つは目新しいチョコレート菓子のパッケージを手に取る。
そんな食生活について恭次郎は怒るだろうが甘い小さな息抜きは今の櫻子にとってとても重要な時間だった。
クールダウンの時間が必要なのも、情報戦が物を言う時代だからであって……簡易なバッグタイプの紅茶を淹れてお菓子を抱えてまたデスクに戻る。このままソファーに横になったらだらだらしてしまいそうだった。
リクライニングするチェアを少し倒してゆるく座ってライブ放送のニュース動画を流し始める。
テレビ放送よりは事件や物事を取り上げてはいるがお菓子を食べながら流し見る程度の内容。
しかし櫻子は舞い込んできたニュース速報に目を見張る。
通常放送の台本の間に差し込まれた別の原稿を読み上げ始めるアナウンサー。それと同時に櫻子の仕事用のスマートフォンが着信を知らせた。
背筋を冷たい物で撫でられたかのような嫌な予感。
普段、その発信相手とはメッセージのやり取りしかしていないのに深夜に入ろうとしている時間に音声着信。
つまりそれは、櫻子にとって分が悪い事態の発生を告げていた。
ゆるい姿勢を正し、そして深く息を吸ってから電話に出た櫻子の予感は見事に当たってしまう。
「桜東の構成員、と言うのは本当ですか」
凛としている声音は低く、冷静さを持っていたが電話口の向こうでも少し慌てた様子が伺える。
「いえ……襲撃したのは、ええ……お手数を、はい……申し訳ありません。ご存じの通り“大崎稔”は私の直属ですから本部付きの者を向かわせますので後はそちらで……はい、失礼致します」
早々に相手は通話を切り、櫻子はそのまま食べていたお菓子をデスクの端に払い除けてキーボードを手元に置くと間を置かずにまた、仕事用のスマートフォンに着信が入る。呼び出しの表示は恭次郎ではなく足立だった。
第一声の「会長、今すぐそちらに人をやるのでお支度が済み次第本部までいらして下さいますか」と言う声の深刻さから既に恭次郎たちにも情報がもたらされていると櫻子は知る。
「大崎一家の親にあたるのは大井組よね。それなら大井、大崎の両組とも本部長以上を呼び出して。時間が時間だから支度が出来次第で構わない。足立、恭次郎は家に?」
電話の向こうでは「今、俺も向かっている最中です」と三島家の邸宅から徒歩数分の所に住んでいる足立の慌ただしい靴音と呼吸が聞こえる。
「いえ、でも……待って足立」
視線を外へと移した櫻子は夜の新宿の夜景をガラス窓から見下ろす。
「今、私は行かない方が良い」
断言する櫻子に足立も少し弾む息を止めて「会長がそう判断をされるのなら」とドライバーの待機だけはさせておくのであとはリモートで、と話が付く。
(もしも全てが何かしらへの囮の行動だったら)
疑心暗鬼が常の世界。
そこまで邪推しなくとも、と言われる事も多いがそうしなければならない立場だった。既に何人も、大崎や女性キャストたちを使ってしまっている。入って来る情報が似たり寄ったりになってきている今、彼女たちはもう引き揚げさせた方が良いかもしれない、と手を止めた櫻子は思う。
事実、自分も桜東の若い者もあからさまな素人の尾行をされている。まるでこちら側に痺れを切らせたがっているかのように。
そんな安い挑発に……気を取られている間に出し抜かれる可能性だってある。自分たちは利権を貪る社会の裏側の人間……日のあたる表側の社会のやり方は通用しない。
それに、自分たちの行いを正当化しようなど微塵も思っていなかった。
時に法では裁き切れない者の処遇を引き受ける場合もあるがそれはごく稀な話で普段やっている事は真っ黒寄りのグレー。
モニターを見つめる櫻子の視線は細く鋭いものだったが無意識に手にしたピンクのマグカップの中身が空だと気が付いてぱちりと目を見開く。
短く息をついて根を詰め過ぎてるな、と気持ちを切り替える為にチェアから立ってカップも一度洗って、と食事を忘れていた事に今更気が付いた。
冷蔵庫を開いても大崎には別の仕事を与えている為にいつも何かしらある筈のおかずもない。
冷凍のパスタはちょっと重いしどうしようかな、と考える櫻子の視線は頭上のお菓子の棚に向けられる。
不摂生だと分かっている。
けれど……櫻子は本当にお菓子が好きだったのだ。
子供っぽいから、と食糧を調達してくれる大崎以外には隠しているが本当は好き。それでも健康の事を考えて栄養補助食品と書かれているクッキーなども買い置きしてくれているので一つはそれにしてもう一つは目新しいチョコレート菓子のパッケージを手に取る。
そんな食生活について恭次郎は怒るだろうが甘い小さな息抜きは今の櫻子にとってとても重要な時間だった。
クールダウンの時間が必要なのも、情報戦が物を言う時代だからであって……簡易なバッグタイプの紅茶を淹れてお菓子を抱えてまたデスクに戻る。このままソファーに横になったらだらだらしてしまいそうだった。
リクライニングするチェアを少し倒してゆるく座ってライブ放送のニュース動画を流し始める。
テレビ放送よりは事件や物事を取り上げてはいるがお菓子を食べながら流し見る程度の内容。
しかし櫻子は舞い込んできたニュース速報に目を見張る。
通常放送の台本の間に差し込まれた別の原稿を読み上げ始めるアナウンサー。それと同時に櫻子の仕事用のスマートフォンが着信を知らせた。
背筋を冷たい物で撫でられたかのような嫌な予感。
普段、その発信相手とはメッセージのやり取りしかしていないのに深夜に入ろうとしている時間に音声着信。
つまりそれは、櫻子にとって分が悪い事態の発生を告げていた。
ゆるい姿勢を正し、そして深く息を吸ってから電話に出た櫻子の予感は見事に当たってしまう。
「桜東の構成員、と言うのは本当ですか」
凛としている声音は低く、冷静さを持っていたが電話口の向こうでも少し慌てた様子が伺える。
「いえ……襲撃したのは、ええ……お手数を、はい……申し訳ありません。ご存じの通り“大崎稔”は私の直属ですから本部付きの者を向かわせますので後はそちらで……はい、失礼致します」
早々に相手は通話を切り、櫻子はそのまま食べていたお菓子をデスクの端に払い除けてキーボードを手元に置くと間を置かずにまた、仕事用のスマートフォンに着信が入る。呼び出しの表示は恭次郎ではなく足立だった。
第一声の「会長、今すぐそちらに人をやるのでお支度が済み次第本部までいらして下さいますか」と言う声の深刻さから既に恭次郎たちにも情報がもたらされていると櫻子は知る。
「大崎一家の親にあたるのは大井組よね。それなら大井、大崎の両組とも本部長以上を呼び出して。時間が時間だから支度が出来次第で構わない。足立、恭次郎は家に?」
電話の向こうでは「今、俺も向かっている最中です」と三島家の邸宅から徒歩数分の所に住んでいる足立の慌ただしい靴音と呼吸が聞こえる。
「いえ、でも……待って足立」
視線を外へと移した櫻子は夜の新宿の夜景をガラス窓から見下ろす。
「今、私は行かない方が良い」
断言する櫻子に足立も少し弾む息を止めて「会長がそう判断をされるのなら」とドライバーの待機だけはさせておくのであとはリモートで、と話が付く。
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