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第8話

誘惑 (5) ※

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 青さも無い筈の大人同士が沈むベッドが強く軋む。
 恭次郎の荒い呼吸と叩き付けるようなピストンを全身で受け止める櫻子は没頭するように瞼を閉じていた。閉じていても求めれば恭次郎がしてくれるから、と。

 フーッ、フーッ、と腹の底から呼吸を繰り返す恭次郎は背を丸めてもう何度果てているかもわからない櫻子の体をずっと揺さぶっていたが力任せに掴んでいた手が震えている事に気が付く。

「ひ、あ゛……あ、あっ」
「つらい、か」

 それでも彼女は髪を乱しながら違うと示す。

「も、っと……きょうじ、ろ……もっと、して」

 途中からおかしくなっていたのは分かっていたがもう、止める事は出来ない。

「出、る?出そう……?っ、ふふ」

 こんな状況で、櫻子が笑っている。
 薄らと開いた瞼のその眼差しは……これは抱いているのか、抱かれているのか、恭次郎も分からなくなっていた。

「ここ、して」

 恭次郎の片手がいざなわれたのは彼女の柔らかな下腹部で、それが何を意味しているか。手の下あたりにはきっと自分の熱の先があって、そこには櫻子の大切な部分もある。

「やさし、く……ね?」

 恭次郎は片手で細い腰を掴み、柔らかな腹に手をあてる。
 櫻子がして欲しいことを、する。

「は、あ……っ、あ……きょ、じろ……っ」

 きょうじろう。
 何度も名を呼ぶ声が、激しく収縮する腹が、その一番奥が。
 気が狂いそうな快楽に、飲み込まれる。

「ん゛ぅ……っ、い、く……いっちゃ……い、や……ひ、んうっ!!!!」
「……ぐ、ッ」

 彼女の望み通りに奥深くまで挿入し、腹を手で押し込んだまま射精を迎えた。
 悲鳴を上げそうだと咄嗟に櫻子の口もとにタオルを噛ませたが浮き、跳ねるようにしなった背と自分でも驚くほどの射精量に恭次郎も動けずにひくひくと痙攣をしている櫻子の体の上に圧し掛かってしまう。

 それでもなお、櫻子は恭次郎を大切そうに抱き締めて……それから暫く動かなかった。


 シャワーを浴びる体力なんてもう微塵も残っていない体を綺麗に整えた深夜。一人でシャワーを浴びて上がって来た恭次郎はやっと背中の鋭い痛みに気が付く。
 桜東会の会長が、桜東会を象徴する入れ墨を抉らんとばかりに爪を立てていた少し前。

 備え付けの小さな冷蔵庫を勝手に開け、既にキャップが開けられている冷えたミネラルウォーターのボトルを手にする。ベッドの上では疲れて眠る櫻子が一人。

 喉乾いてねえのか、と心配になるくらいに彼女は濡れていた。汗もかいていたし、眠ってしまう前にひと口だけでも、とグラスに注いだ水を飲ませはしたが疲労による睡魔に負けてそのまま。

 ベッドは櫻子に使わせておこう、と恭次郎はデスクが置いてあるリビング側の来客用のソファーに横になる。彼もまた思った以上の疲労から朝方になって櫻子が起きてシャワーを浴びたりベッドを整えていた事など知らず……大きな体に花柄のブランケットを掛けてくれた事すら気づかずに眠ってしまった。

 そんな早い朝、櫻子はバスローブを肩に羽織っただけの下着姿で眠っている恭次郎の顔を覗き込む。二人とも、火照っていた熱もすっかり引いていて、だるさだけが深い爪痕のように残っていた。

 櫻子は物音を立てないようにまたベッドルームへと戻ると仕事用のスマートフォンで外界の状況を確認する。

 魔の都、新宿歌舞伎町の夜が騒がしい。
 夜の色よりももっと深い暗闇の中で何かが、蠢いている。

 ――東京の極道を纏める櫻子率いる桜東会。年齢層は高かったが先代の実子である櫻子の会長職はともかく、若く行動力のある恭次郎を代行として据えるなど時代の流れには準ずる姿勢を取っている古参の組織。

 敵対とまでは行かないが暗黙の了解を越えればいつ、どうなるかも分からない神奈川を牛耳る龍神舎。人が多く集まる元町近辺で暗躍する彼らのバックには中華系の新興マフィアも絡んでいるとのこと。
 そして……元は千葉、埼玉の都内近郊を仕切っていた二大勢力が合併して立てられた千玉会。どこよりも若手構成員とそれ以下の有象無象の数を揃えている。いかにも分かりやすい半グレなども真偽は不明だが兄貴分に千玉の構成員だと名乗る者も少なくない。

 桜東、龍神、千玉……関東の三大勢力。
 それぞれに利権を貪り、商売をしている。社会の薄暗いどころか真っ黒な部分までを彼らが取り仕切り、桜東会三代目の三島誠一襲撃事件の後も睨みを利かせあいつつも均衡は保っていた。

 しかしここにきて龍神舎と千玉会の動向が桜東会にとって不穏な物となってきている。
 櫻子も口では「戦争已む無し」とは言ったが実際に起きる抗争と言うのはそう、誠一が殺されたのと同じでトップの生命タマを狙いに来る。代変わりが激しくなれば組織内部は脆く、崩れやすくなるからだ。

 勝手に崩壊してくれた方が手間はかからない。

 今どき、事務所へのカチコミだなんだと面倒臭い事は減っている。
 まあ時に嫌がらせ名目で事務所の入り口にダンプカーを突っ込まれたりはするがそんな安っぽいやり方は下の下の者がすること。警察でも独断での犯行と処理されてそれでおしまいだった。

 狙うのは、ただ一人。

「起きてたのか」

 ベッドの上、足を伸ばして座っていた櫻子はスマートフォンをスリープにして「朝メシのパン頼むか?」と昨晩の激しい情事に腹が減っているらしい恭次郎身代わりにうん、とゆるく頷く。

 広くないベッドルームには朝陽が入り、彼女の姿を美しく……否、今にも光に焼かれて消えてしまいそうな程に儚く照らしていた。
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