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第7話

二人の朝 (4)

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 考えすぎても二人の関係は変わりはしない。
 舎弟は舎弟らしく、手元のスマートフォンで検索を掛け始める大崎も次第にラグの上に胡坐をかいて真剣に今日の二人の予定の為にあれやこれやと行先を絞り始める。

 そんな背中をちら、と扉が開けっぱなしの寝室の出入り口から見た櫻子は恭次郎がシャワーを浴びている間に仕事用のスマートフォンを取り出して手早くメッセージを確認し始めた。

 送られてきていたメッセージの内容にきゅ、と寄せられる薄化粧の眉。

 大崎は扉が開いていようが必ず手前で声を掛けて入室を伺ってくれるが櫻子はベッドサイドに立ったまま暫くバスルームの物音に聞き耳を立てながら幾つかメッセージのやり取りをこなす。

 恭次郎が出掛けたいと言ったから、駄目とは言えなかった。

(私もまだまだ甘いな)

 連絡をしていたのは櫻子が使っている諜報部。
 白昼堂々、コトは起きないだろうけど手が空いている者を警備として一時間以内に集めて欲しいと送るとすぐに承諾の簡素な返事が一つ、送られてくる。
 使用する車は自分が普段乗っている物、ドライバーは大崎。
 行先と変更があったらまた連絡する、と櫻子は送る。

 車の位置情報は常に諜報部によって監視されており、櫻子も外出で一人になる事は先ず無い。必ず大崎か他のドライバーがいる時しか最近は出掛けたりなど……そもそも、買い物すらしていない。

 大崎に任せきりだ。

 そうこうしていれば恭次郎が浴び終わったようで入れ違いで櫻子もシャワーを浴びにバスルームへ向かう。

 櫻子が今一度、外出用に身支度を整えた頃には恭次郎と大崎が仲良くソファーに並んでスマートフォンを覗き込んでいる姿が伺え、思わずこっそり笑ってしまった。何だかんだ言って、二人は良い上下関係を築いているのだ。
 以前、櫻子の付き人にさせる為に恭次郎と足立のもとで修行させたがすっかり大崎も恭次郎の扱いに慣れている様子。

 普通、こんな筋骨隆々な大男――極道者だと知らない一般人が見ても恭次郎には威圧感がある。きっと、自分の父親である誠一がそう躾けたのかもしれない。覇気と言う目に見えない気配。それを鋭くさせるにはそれ相応の研鑽も必要だったがその努力は永遠だ。

 櫻子も、きっと自分が死ぬまで、そうあり続けなければならないのだと覚悟をしていた。

「あ、会長。恭次郎さんが行ってみたいって言うのでちょっと遠いですが流行りのココに行ってみようかと」
「予約無しで入れてビジネスチェアが揃ってる場所なら新宿にもあるけど……まあ、いっか」
「湾岸ドライブなら任せて下さい」

 大崎が示した場所は新宿どころか都内ですらなく千葉の店舗。新宿からスムーズに行けば一時間掛からない程度の距離にある大衆家具の大型店舗。都内は土地が確保できない分、こうした都心から高速に乗って一時間圏内に大きな店舗が増えて来ていた。

 確かに櫻子も行った事は無いと言うかそもそも持ち物が少ない。
 同年代の女性が気軽に入る都内の店舗にもあまり……本当に必要に迫られた時くらいしか家具や生活雑貨を扱っている店に行く事はなかったので興味はある。

「たまには良いじゃねえか、三人でドライブってのも」

 昨晩の表情からは一転してすっかり乗り気になっている恭次郎を見た櫻子は「早めに出ましょうか」と提案する。

(彼が楽しそうならそれで良い)

 今だけは。
 暗い影の中に身を潜めすぎていると身も心も壊す。
 かつての櫻子の母、章子がそうであったように……世の中で一握りもないとても特殊な事情だ。彼女とて極道者の頂点に立つ男の妻になる度胸はあったが一人娘の母と成り、それは変わった。

 人は変わる。
 子を持つ親となって――子はその親を失って。

「先に車、回してきますね」
「おう」

 楽しみね、と言葉にすれば笑う恭次郎がいる。
 彼の脳裏に浮かんでいた便宜上の義理の父の誠一と暮らした子供時代の光景と、櫻子が思い出していた母と二人暮らしの記憶はどうしたって交われない。

「昨日のスーツどうする?」

 忘れ物は無いかと確認しながら交わす“何でもない”会話。
 恭次郎の返事も「クリーニングに出しといてくれ。流石に着られねえ」とだけ返って来た。
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