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第7話

二人の朝 (1)

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 朝、既に起きていた櫻子がコーヒーを淹れていると仕事用のスマートフォンに大崎ではなく足立から連絡が入る。昨晩の、あれからの恭次郎の様子でも伺いに掛けて来たのだろうと軽い気持ちで電話に出た櫻子は「会長、ちょっと不味い事が」と潜まる声にカップをダイニングテーブルに置く。

 会長代行付き、恭次郎のお目付け役でもある足立は「桜東の幹部に対する尾行の件についてなんですがどうやら昨日、俺も知っている所の若いのが千玉とやり合っちまったらしく」と事の詳細を話しだす。

 それで、と話を促す櫻子はコーヒーカップをそのままダイニングテーブルに置いてベッドルームに行くと起きてはいるらしいがまだ眠そうにしている恭次郎の傍らに座り、スピーカー通話に切り替える。

「……足立からか?」

 起き抜けの恭次郎の声に気が付いた足立は「お二人揃っているならそのまま聞いていてください」と口を開く。

 もぞもぞと起きて背後から櫻子の体を抱く恭次郎はカーテンの隙間から差し込む朝の日差しに顔をしかめたまま櫻子の細い背に上半身を預けた。

 足立からの電話の内容はこうだった。
 昨晩、桜東会の三次団体――いわゆる二次の桜東会直系ではない、大崎の父親と同じ格の組織の若手が千玉の若手と衝突をしたそう。喧嘩くらい、と櫻子も恭次郎も思ったが「コソコソしてんじゃねーよ」とどうやら尾行をされていた事について問い詰めたら暴力沙汰になったらしい。

 しかしいくら尾行をされていたとしても、桜東から先に殴ったのは不味い。

 恭次郎を背に乗せたまま腕組みをして考える櫻子は「とりあえず今の所は安い挑発に乗るな、と伝えておいて」と言うだけに留まるしかなかった。

「ナメられたモンだな」
「明らかに素人の尾行だと思っていたけれど……きっと“ソレ”も目的の一つだったと考えても良いでしょう」
「なあ足立、とりあえずどんな事があっても桜東からは手を出さねえように下の奴らに徹底させてくれ。一度ならまだ良いが続くようなら大きな問題になりかねない。兄貴分たちに謝らせるような真似をするな、と言えば下の奴らも流石に分かるだろう」

 電話口の向こうで「ええ、承知しました」と返事をする足立は「今日の予定は特に入っていませんから」などと、このまま櫻子の部屋で遅い朝を過ごしていても良いと伝えて通話は終わった。

「……どさくさに紛れて揉まないで」
「柔らけえから、つい」

 朝から何してんのよ、と言う前に恭次郎の腕は櫻子のウエストを腕一本で捕まえてもう片方の手はゆるゆるとしたナイトウェアの胸元から直に櫻子の胸を掴む。

 こんな事で息を漏らしたりなどしない櫻子は本格的に始まってしまいそうな気配に嫌だ、と身を捩る。そうすれば恭次郎はそれ以上の事はしなかった。

「コーヒー、淹れたばっかりでまだひと口も飲んでないの」
「そりゃ一大事だな」

 ぱっと離してくれた恭次郎とベッドから立つ櫻子。
 ちょっと勃ったとか、言えない。
 ただの朝の甘い戯れ、恋人同士の悪戯のひと時でさえ櫻子を抱けば体は正直に反応すると言うのに本当に昨日はどんなに扇情的な下着姿の女性に囲まれても何も感じなかった。

「コーヒー飲む?」

 一度リビングに戻った筈の櫻子がカップを手にベッドルームを覗きに来る。
 せめて今だけは……たとえそれが腹を決めて四代目を襲名した櫻子の“恋人ごっこ”だったとしても。

「ああ、顔洗ってくる」

 櫻子の匂いと気配が残るベッドルームからいい加減離れた恭次郎だったがキッチンでは少し下唇を噛んで僅かに上がってしまった頬の熱を逃がそうとしていた櫻子がいた。
 彼の指先に感じた、と言うよりもあの甘い戯れそのものに体が反応してしまっていた。

 十代、二十代を孤独に過ごして来たせいなのか、ストレス発散のように体を重ねる事以外の恭次郎からのスキンシップは櫻子の心を確かに揺らす。

(私も朝からなに悩んでるんだか……)

 簡単なドリップバッグのコーヒーでもこれも大崎が「会長に」と選んでどこかのショップで買ってきてくれたもの。最近、流行っている店の物なのだそう。
 予め、恭次郎も飲むだろうからと多めに沸かしていた電気ケトルの湯はすぐに沸く。

 細い口のケトルからゆっくりとお湯を注いでいれば顔を洗って髪も撫でつけて来た恭次郎がキッチンに来た。
 相変わらず半袖の黒いタイトなTシャツの袖から彫り込まれている墨がはみ出ているがワックスをつけていないその髪は中途半端にぼさっとしていて、櫻子の胸はぎゅっと締め付けれられてしまう。

 ことん、と置かれた来客用のカップ。
 自然とそれを受け取る恭次郎の大きな手。

「どうした?」
「え……」

 ハッとして顔を上げた櫻子は今、自分がどんな表情をしているのか分からなくなっていた。
 いつも人前では表情を変えるな、相手に手の内や腹の中を見せるなと桜東の者たちに言い聞かせていた張本人が少し眉根を寄せて自分を見下げている年上のオトコに対して、揺れた心を抑えることが出来ていないのだと知る。
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