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第6話

普通の恋人同士だったなら (5)

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「なあ、裏で手ぇ引いてンのは」
「同業者に決まってるんだけど……体を売ってしまう理由はやっぱりホストに貢いだり、付き合った男に騙し取られてとか……マージン無しに今すぐにでも纏まったお金が欲しい子が多く狙われてる。ただの遊び金欲しさの援助交際よりも今はもっと澱んでるからね」
「素人狙ってわざと借金地獄に落とすホストとか」
「今も昔も普通にいるわよ。大棚の売れっ子の中にもいるし、そもそも借りさせた街金が組の持ち物でそのまま彼らの仲間内のソープ行きとかズブズブの関係なのは……女の子も最初はまあそこそこのお店での勤務だったけど“もっと稼げる”って誘われて更にウラの営業に回されたりとかもあるわね」

 なんだか話がどんどん重たい方へ向かっている。
 言い出したのは恭次郎だったがせっかく気分が元に戻って来たばかり。

「恭次郎が会ってた議員あの男、そんな安い遊びが好きならそろそろ潮時かも」
「だろうなあ……俺にはああ言う趣味はサラサラないが」
「悪い需要に対して危険な供給を成り立たせたくないんだけど、時代の流れってやつかしら。そのうち刺されたりして」
「どっちが」
「どっちもよ」

 冗談に聞こえないのは世の中の空気の濁りのせいなのか、箸と小皿を手に自分の言葉を少し反芻するように視線を落とす櫻子。恭次郎は昼間、彼女が極秘の人物と会食をしていた事を知らない。知っているのは大崎、そして諜報部のみ。

「お酒の接待まではともかく、それ以上の醜態を動画に納めて“揺する”なんて事もあるから恭次郎も気を付けないと」
「勃つかよ、あんな小娘ガキどもに」
「私もあっという間に三十過ぎちゃったし、そろそろおばさんの域だけど一応、年は下だものね」
「そうじゃねえよ……全く、肉食え、肉」

 顔をあげてふ、と笑う櫻子につられて仕方なさそうに眉尻を落とす恭次郎。
 大きくはないダイニングテーブル、向かい合って軽い食事を取りながら時間はゆっくりと進み、ことのほか食も進んで結局二人は皿に開けた惣菜をすっかり食べてしまった。

 ・・・

 お皿なら明日洗うから良いのに、と言う櫻子に三島本家で丁稚の舎弟と一緒に育てられ、作法から何から……生活のすべを一から教えられていた恭次郎はキッチンのシンクの前に立って使った皿やグラスを洗っていた。櫻子は就寝前の支度で歯磨きなどを先にしてくるよう恭次郎に勧められてそうしていたのだが広く、何もない部屋のキッチンで半袖の黒い肌着から彫り物が見えてしまっている大男がちまちまと小皿を洗っている姿を見て珍しく可笑しそうに笑っている。

「もう終わる」

 今夜の恭次郎は機嫌が、と言う表現よりも様子があまり良くなかったようだがどうやら落ち着いてくれたようだった。
 先に櫻子はベッドルームに行き、恭次郎の体では足りないだろうからと余分にクローゼットから毛布を取り出す。自分のクイーンサイズの掛布団では若干、足りないようなのだ。

 部屋全体を照らす照明を落とし、ベッドサイドの間接照明だけをともしてベッドの中でスマートフォンの画面を眺めていた櫻子は同じく歯磨きを終えてベッドに上がる恭次郎を見上げる。

 今日はバスローブじゃなくて、ちゃんとラフな部屋着姿。

「毛布出してあるから」
「ああ」

 足りなかったら掛けて、と言う櫻子はスマートフォンをスリープにして枕元に置くと潜るように掛布団の中に収まる。

 普通の恋人同士だったなら。
 どうしても巡ってしまう思いを胸に押し込んで、二人はベッドを共にする。
 眠りの浅い櫻子に肘枕をついて寝かしつけようとした恭次郎だったが自分の胸元に黙って甘えるようにごそごそと体勢を変えてくっ付いて来る櫻子に追加の毛布なんて本当は必要無いのにな、と彼女の一回り小柄な体を囲うようにして瞼を閉じる。

 彼女にしか、性愛は抱かない。
 こうして甘えてくれるだけで、いい。

 流石にここ最近、櫻子の素肌を赤く火照らせる回数が多かったので今夜は疲れも相まって二人で丸くなって眠る。
 静かな、静かな夜だった。
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