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第6話
普通の恋人同士だったなら (3)
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夜に生きる者、影の中に生きる者ではあるが櫻子が対応した会食は昼間の出来事だった。帰りはドライバーの大崎に頼んで少し車を流して貰い、帰路につく。あれから櫻子は自宅のソファーで横になっていた。
神経をすり減らすのだ。
手元には仕事用のスマートフォンがあったが恭次郎からのメッセージには今夜、桜東会がケツモチをしている国会議員との密会の予定が書かれていた。
部屋の明かりはついており、ソファーからだらりと起き上がる。薄いヌーディーなストッキング越しの櫻子の足がまたひたひたとキッチンに向かえば大崎が補充してくれていたお菓子用の棚を開けて目ぼしいものを二つほど手に取り、冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出す。
普段、待機の際に車を流してくれている大崎が見かけたコーヒーショップのオリジナルボトル。食の好みが合う彼はどうやら買って来たりすることを楽しんでくれているようで、そこだけは安堵する。
それでも、彼は桜東会の秘密を知り――恭次郎と同じように自分の命の盾になりかねない立場。産まれが極道の家系と言えども、スカウトしたのは自分なので責任は大きい。
恭次郎は今ごろ支度をしている頃だろうか。今日はもう上がって良いと言った大崎もドライブをしているか、ちゃんと個人の時間を楽しんでくれているか。
ソファーに戻って深く背中を預けた櫻子は珍しくテレビを点けてお菓子とアイスコーヒーのグラスを傍らに着替えもせず、ぼんやりとした時間を過ごす。
守るに値する者でいなくてはならないプレッシャーが櫻子の細い肩に圧し掛かり、ソファーの背もたれに深く沈んでゆく。
「ふー……」
昼下がりのワイドショーが夕方のニュース番組へと変わっていた時刻。大崎が買い置きしてくれている冷蔵庫の中の物を食べる前にいい加減スーツを脱いでシャワーを浴びた方がすっきりする、とソファーから立つ。
ニュース番組は今日一日の出来事をさらっているがふと、櫻子の目に留まったのは古参の国会議員の汚職についてだった。国会議員としてはもう駄目だな、とくしゃくしゃになっていた手触りの良い薄手の毛布を畳みながら大きなテレビモニターに映っている若手議員のコメントに目を細める。
(毒を食らわば皿まで、と言う事を努々お忘れなきよう……)
ふん、と鼻で笑った齢三十二のオンナの細い手によって遥か年上のオトコの胸に付けた確固たる社会的地位のバッジが握られているなど、誰が知ろうか。それを彼女の采配一つでいとも容易くもぎ取れるなど……。
暮れてゆく麻布の高級マンションの一室。
甘いボディーシャンプーの香りに包まれた櫻子は淡々と身を清め、いつものゆるいロングキャミソールに揃いのガウンと言う部屋着に着替えるとこれから入るであろう恭次郎からの連絡をベッドの上で一人、待つ。
その間にも櫻子が増員させ、密かに送り込んでいた池袋のガールズバーやラウンジに勤務している女の子たちから情報が寄せられている、と取り纏めてくれている人物から箇条書きの情報がメールで送られてきていた。
どんな些細な情報でも良い、と言ったが確かに池袋界隈での本職のヤクザの目撃情報が増えている。大崎が見て情報を寄越してくれた黒塗りのセダンはその送迎用に違いない。
櫻子は派遣させている手駒たちにポケットマネーのお小遣いを渡していたが「危ない事は絶対にしないで欲しい」と厳しく伝えていた。今までも下手に首を突っ込んだりしない女の子たちを選んできたつもりだったが少々、雲行きが怪しくなってきた。
そろそろ引き揚げさせて、元の居場所である歌舞伎町に帰らせた方が良いかもしれない。
ベッドに寝転びながら悩む櫻子だったがそう言えば一向に恭次郎からの連絡が無い。密談が長引いているか、別の店にでも誘われて付き合っているのだろうか。
考えを巡らせる櫻子に当の恭次郎も先ほどとは打って変わった雰囲気に顔を顰めていた。付き人である足立も「代行、お帰りになりますか」と耳打ちしてくる始末。
「今どき、珍しいですね」
眉を潜め、声を掛けた恭次郎に本性を現す議員の男が笑う。
ほぼ裸同然の薄いレースのランジェリーを身に纏った若く、綺麗な女性たちが恭次郎にすり寄る。
「たまにはね」
非合法のランジェリーパブか?と思う恭次郎は質の良い女性キャストの体つきを見た。これなら櫻子の経営する風俗店でも十分、稼げる。ただ、女性の身を削って商売とする事について理解し、ケアを怠らない櫻子の店はどこよりも法を順守していた。
こう言う場所の方が、危ない。
ホテルの一室で飲み直そう、と言った議員の男は部屋に派遣風俗のキャストを呼んでいた。恭次郎の目からすれば見慣れた光景ではあったがどうにも……中にはアイドルのような少女、と呼ぶに値するような年齢の女性すらいる。
無粋な事は聞かない主義ではあるが、危険だ。
全てに於いて、危険。
「この子達は私の立場なんて知りゃあしないよ。勿論、君の事もね」
そうは言ってもこんな営業をさせている店なんざロクでもないヤクザが経営しているに決まっている。
桜東会は櫻子の目があると言うか彼女が風俗経営の元締めなのでこんな派遣はやっていない、と言う事は別の組織が運営している筈。そこへ桜東会の会長代行が居て良い訳がない。
この議員の男、それが分かっていないと言うのだろうか。
わりと本当に櫻子でしか勃たない恭次郎はどんなに自分よりも年若い女性にすり寄られても何も反応も無く酒を飲んでいるが議員の男の方は……ソレが分かった恭次郎は離席する。
「もう帰るのかい?もう少し遊んでも。恭次郎君くらいのウチの若手も呼んでいるんだが」
「いえ、これから帰って件の話の検討をしておきたいので」
「仕事熱心だな。だから君たちなら安心して“使える”んだ」
恭次郎はにこやかに笑っているだけだった。
「こちらこそ、ご贔屓に」
「ああ、良い返事を待っているよ」
失礼します、と軽く頭を下げる恭次郎は足早にホテルの一室から出て行く。その背後に付き添う付き人の足立は「どちらにお帰りになりますか」とだけ短く聞いた。
神経をすり減らすのだ。
手元には仕事用のスマートフォンがあったが恭次郎からのメッセージには今夜、桜東会がケツモチをしている国会議員との密会の予定が書かれていた。
部屋の明かりはついており、ソファーからだらりと起き上がる。薄いヌーディーなストッキング越しの櫻子の足がまたひたひたとキッチンに向かえば大崎が補充してくれていたお菓子用の棚を開けて目ぼしいものを二つほど手に取り、冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出す。
普段、待機の際に車を流してくれている大崎が見かけたコーヒーショップのオリジナルボトル。食の好みが合う彼はどうやら買って来たりすることを楽しんでくれているようで、そこだけは安堵する。
それでも、彼は桜東会の秘密を知り――恭次郎と同じように自分の命の盾になりかねない立場。産まれが極道の家系と言えども、スカウトしたのは自分なので責任は大きい。
恭次郎は今ごろ支度をしている頃だろうか。今日はもう上がって良いと言った大崎もドライブをしているか、ちゃんと個人の時間を楽しんでくれているか。
ソファーに戻って深く背中を預けた櫻子は珍しくテレビを点けてお菓子とアイスコーヒーのグラスを傍らに着替えもせず、ぼんやりとした時間を過ごす。
守るに値する者でいなくてはならないプレッシャーが櫻子の細い肩に圧し掛かり、ソファーの背もたれに深く沈んでゆく。
「ふー……」
昼下がりのワイドショーが夕方のニュース番組へと変わっていた時刻。大崎が買い置きしてくれている冷蔵庫の中の物を食べる前にいい加減スーツを脱いでシャワーを浴びた方がすっきりする、とソファーから立つ。
ニュース番組は今日一日の出来事をさらっているがふと、櫻子の目に留まったのは古参の国会議員の汚職についてだった。国会議員としてはもう駄目だな、とくしゃくしゃになっていた手触りの良い薄手の毛布を畳みながら大きなテレビモニターに映っている若手議員のコメントに目を細める。
(毒を食らわば皿まで、と言う事を努々お忘れなきよう……)
ふん、と鼻で笑った齢三十二のオンナの細い手によって遥か年上のオトコの胸に付けた確固たる社会的地位のバッジが握られているなど、誰が知ろうか。それを彼女の采配一つでいとも容易くもぎ取れるなど……。
暮れてゆく麻布の高級マンションの一室。
甘いボディーシャンプーの香りに包まれた櫻子は淡々と身を清め、いつものゆるいロングキャミソールに揃いのガウンと言う部屋着に着替えるとこれから入るであろう恭次郎からの連絡をベッドの上で一人、待つ。
その間にも櫻子が増員させ、密かに送り込んでいた池袋のガールズバーやラウンジに勤務している女の子たちから情報が寄せられている、と取り纏めてくれている人物から箇条書きの情報がメールで送られてきていた。
どんな些細な情報でも良い、と言ったが確かに池袋界隈での本職のヤクザの目撃情報が増えている。大崎が見て情報を寄越してくれた黒塗りのセダンはその送迎用に違いない。
櫻子は派遣させている手駒たちにポケットマネーのお小遣いを渡していたが「危ない事は絶対にしないで欲しい」と厳しく伝えていた。今までも下手に首を突っ込んだりしない女の子たちを選んできたつもりだったが少々、雲行きが怪しくなってきた。
そろそろ引き揚げさせて、元の居場所である歌舞伎町に帰らせた方が良いかもしれない。
ベッドに寝転びながら悩む櫻子だったがそう言えば一向に恭次郎からの連絡が無い。密談が長引いているか、別の店にでも誘われて付き合っているのだろうか。
考えを巡らせる櫻子に当の恭次郎も先ほどとは打って変わった雰囲気に顔を顰めていた。付き人である足立も「代行、お帰りになりますか」と耳打ちしてくる始末。
「今どき、珍しいですね」
眉を潜め、声を掛けた恭次郎に本性を現す議員の男が笑う。
ほぼ裸同然の薄いレースのランジェリーを身に纏った若く、綺麗な女性たちが恭次郎にすり寄る。
「たまにはね」
非合法のランジェリーパブか?と思う恭次郎は質の良い女性キャストの体つきを見た。これなら櫻子の経営する風俗店でも十分、稼げる。ただ、女性の身を削って商売とする事について理解し、ケアを怠らない櫻子の店はどこよりも法を順守していた。
こう言う場所の方が、危ない。
ホテルの一室で飲み直そう、と言った議員の男は部屋に派遣風俗のキャストを呼んでいた。恭次郎の目からすれば見慣れた光景ではあったがどうにも……中にはアイドルのような少女、と呼ぶに値するような年齢の女性すらいる。
無粋な事は聞かない主義ではあるが、危険だ。
全てに於いて、危険。
「この子達は私の立場なんて知りゃあしないよ。勿論、君の事もね」
そうは言ってもこんな営業をさせている店なんざロクでもないヤクザが経営しているに決まっている。
桜東会は櫻子の目があると言うか彼女が風俗経営の元締めなのでこんな派遣はやっていない、と言う事は別の組織が運営している筈。そこへ桜東会の会長代行が居て良い訳がない。
この議員の男、それが分かっていないと言うのだろうか。
わりと本当に櫻子でしか勃たない恭次郎はどんなに自分よりも年若い女性にすり寄られても何も反応も無く酒を飲んでいるが議員の男の方は……ソレが分かった恭次郎は離席する。
「もう帰るのかい?もう少し遊んでも。恭次郎君くらいのウチの若手も呼んでいるんだが」
「いえ、これから帰って件の話の検討をしておきたいので」
「仕事熱心だな。だから君たちなら安心して“使える”んだ」
恭次郎はにこやかに笑っているだけだった。
「こちらこそ、ご贔屓に」
「ああ、良い返事を待っているよ」
失礼します、と軽く頭を下げる恭次郎は足早にホテルの一室から出て行く。その背後に付き添う付き人の足立は「どちらにお帰りになりますか」とだけ短く聞いた。
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