【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第6話

普通の恋人同士だったなら (2)

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 東京中の極道者を束ねる最古参の桜東会。
 若手もいるがその規模は縮小傾向、それでも筋金入りの極道者を従える若き“会長代行”の男もまた接待を受ける為に高級ホテルの会員制シガーバーにいた。
 裏社会では大物にあたる恭次郎を呼び出して持て成せるレベルの者は勿論、政財界や桜東の力を借りたい権力者たち。

 口の中でくゆらしゆっくりと吐き出された煙の向こうに見えるのは東京の夜景。
 ゆったりと座る事の出来るハイブランドのチェアが二脚あり、片方は恭次郎が、そしてもう片方には国会中継などでも見る若手議員の姿があった。若手と言っても三十七の恭次郎よりは随分と上であった。

 若い恭次郎は平身低頭の議員と葉巻に合ったアルコールを舐めながらぽつぽつと会話を交わす。
 正しい権力の使い方とはなんたるかを象徴する二人の密談ではあったが恭次郎はあくまでも会長代行。誰しもが、彼が会長と同等の力を持つと考えられているが本来の会長である櫻子の持つ見えない力はそれ以上に強力なのを知る者は少ない。

 桜東会はあくまでも議員に対して贔屓に“してやっている”だけであり、汚れ仕事を肩代わりしている自分たちが少しでも不利益を被ろうものならば容赦のない制裁を科す。

 その手腕。
 櫻子は腕力が無いと自負するがとんでもない。
 彼女はもう既にいくつもの困難を乗り越えて来ている才能があった。それがあったからこそ、会長の座に就くと述べた際に年配の八名の組長衆を納得させていた。

 彼女は恐ろしく強い。
 今、この首都の裏社会で彼女を敵に回したら――考えたくもねえな、と恭次郎は思う。
 緊急の幹部会で珍しく発言をした櫻子の凶暴な「戦争む無し」との通達に潜む父親の影。血を濃く受け継いでしまったのか、育った環境の全てが彼女の心をとても鋭い物にさせてしまったのか。

 話を聞いているだけの恭次郎は一切、否定も肯定もしない。議員より年下でありながらも裏の権力は恭次郎の方が格上。

「恭次郎君」
「はい、何でしょう」

 相槌だけは打っていた恭次郎はつまらなさそうに議員の方を見やる。上等な酒も櫻子と飲んだ方が数倍美味い。
 けれど彼女の麻布の高級マンションの小さな冷蔵庫にはコンビニのお惣菜と安い缶チューハイやビールがあるだけ。たとえどんなに安酒でも二人でぼんやりとテレビを見ながら束の間の恋人同士を気取れる時間は良い息抜きになるが……議員の長ったらしい会話の一番最後、本題を伝える議員に恭次郎の口がにっこりと弧を描く。

 桜東会の者ならば誰しもが教えられる処世術。

 好青年ぶった人の良い顔は年上の議員に向かって「では、俺たちへの報酬アガリは如何ほどに」と鋭い牙をちらつかせる。

 裏社会の者を頼ると言うことはこう言う事なのだとの見せしめか……いいや、これはビジネス。経営学を修めて来た櫻子が風俗店やアパートの経営、初めのうちは商売としては小さい規模だったが確実に成績を伸ばし拡大してきた手腕の内側に潜む確かな戦略。
 彼女もどこかで企業経営者と話をする機会も多々あるだろうが、と恭次郎は頭の片隅で考えながら議員からの提案が桜東会に不利益をもたらさないかどうかを考える。

「……良いでしょう。持ち帰らせて貰います。追って連絡はいつものように」
「ああ、急ぎではないが宜しく頼むよ」

 恭次郎はその場での二つ返事をしない。
 それは上に櫻子がいるからなのだが相手方には気づかれていないようだった。

「恭次郎君も若いから苦労が絶えないだろう」

 そうではない。

 自分よりも五つも年若い女性へと報告を入れて、それからその仕事シノギに適している組の組長に連絡を入れて協議を速やかに行う。既に櫻子は八つの組織がどのような仕事に向いているかを諜報部と共に分析し、一番効率よく稼げるかどうかを知っていた。先代の誠一の時代も似たような事をしていたが娘の櫻子の代になってからはそれが洗練され、システム化された。

 桜東会は幹部クラスの人間が少ない為に円滑な運用を考えればそうした方が良いのは確かで、だから櫻子は父親よりも上の年齢の組長衆を従えられる。合理主義を貫き過ぎず、義理や任侠、年長者を敬いフォローする事も欠かさない。

 そんな努力も、日の当たる表の社会で行われていたなら今ごろ彼女は大企業の女性社長にでもなっていただろう。

「ええ、俺はまだまだ……遠く及びませんよ」

 何も知らないまま、外野には勝手な事を言わせておけばいい。
 裏社会の者は手の内を全て明かさない。切り札はいつでも手元に置いてある状態を維持しておきたい、と櫻子は常々言っている。

 だから、その手札を増やす為にも外交活動は積極的に行われていた。
 人の良い顔をして、なんとも残酷な事をする。

 それが本職の極道者たちだった。
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