【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

文字の大きさ
上 下
26 / 67
第5話

花は咲き、露を滴らせ (5)

しおりを挟む
 大崎とランチをしたせいもあり、本格的に寝入ってしまった櫻子は夜に向かう薄暗い部屋で一人、目を覚ます。
 ずっと、変わらない。目が覚めるといつも、一人ぼっち。

 女の子の手配の算段をしなくちゃ、と起き上がって部屋の明かりを付ける。この行為は自分が部屋にいる事を外部から察知されてしまう事になるが櫻子の持つ破滅的な願望は“今更、どうでもいい”とそのまま普通に生活を続けてしまう。

 子供の頃から身の危険があるのは分かっていた事。
 全てが、今更の事だった。

「何にも無い……か」

 ひたひたとフローリングを素足で歩いて開けた小さな冷蔵庫。
 そうだ、と冷凍室を開ければいつ買ったのか分からない冷凍食品の上に冷凍をしておいたスコーンがあったのを見つける。
 数日前、恭次郎が買ってきてくれたが大きな物だったので食べきれないから、とラップに包んでしまっておいた物だった。

 巷では“丁寧な暮らし”と言う行いが流行っているそうだが櫻子もなんとなく、いつもは適当に温めているスコーンをオーブンレンジの中に入れて温め直し機能を使ってみる。

 その間にコーヒーでも淹れて、と支度をしていればやっと頭が冴えて来た。夜が始まる今からの時間ならガールズバーを任せている店長に連絡を入れてもすぐに返信が返って来るだろう、とリビングにあるデスクに温め終わったスコーンと淹れたてのコーヒーを持って着席する。

 自分用に合わせて買ったデスクとチェア。そう言えば恭次郎が革張りの椅子が体に合っていないと言っていたな、と櫻子は快適な自分の作業環境と桜東会本部の会長室にあるあの重厚な机と椅子に顔をしかめる。自分だったらとっくにあんな前世紀の遺物など、取っ払っている。

 情報戦が物を言う時代、いくら自分が上の者として君臨するにしても座っている時間の方が長いのでこればかりは櫻子もこだわっていた。

 それにしても恭次郎のあの筋肉が発達した硬い尻が痛くなるとは。
 ふふ、と鼻で笑う櫻子はガールズバーの店長からの返信を待っている間に恭次郎の大きな体に合いそうな椅子を見繕おうと検索を始めた。
 あの体ならやっぱり海外モノよね、と暫く専門店や輸入代理店のサイトを眺め、その途中で池袋のラウンジ界隈に女の子たちを送る手筈を進める。

 カップの底に薄く残っていたコーヒーも完全に冷めてしまった頃、デスクに置いてあった櫻子の私用のスマートフォンに大崎からの「動画も残ってます」と言うメッセージと一緒に三枚の画像が送られて来た。

 便利な世の中。
 大崎が撮影してきてくれたのはやはり池袋方面の夜も深い道路。
 彼の個人的な車の方に付けられている最新のドライブレコーダーの画像には黒塗りのセダン。それぞれに車種が違っている物が映っていた。
 偵察として大崎は車で周辺を流してくれていたのだろう。

 櫻子が「あまり遅くならないように、安全運転でね」と返信をすれば「動画は共有のストレージの方に送っときます」と続いて「会長もあまり夜更かししないでください。おやすみなさい」と櫻子の体調を気遣ってくれるメッセージが続く。上司に対する締めの内容にしては軽過ぎる文面だが櫻子はそんな彼の気遣いが嬉しかった。

 櫻子は昨日からの自分の行動を思い出す。
 自分があの桜東会の持ち物のビルに入ったのは今日ではなく昨日の昼間。事の成り行きで夕飯に出掛けた時は恭次郎の方の車で、とビジネスチェアに深く背を預けた櫻子はもう当の昔に自分のこのマンションが特定されているのは承知していた。

 いくらセキュリティが、とは言っても破ろうとすれば出来てしまう。
 強い悪意の前では所詮、カードキーやいくつものゲートなんざ役に立たない。

 しかしながら尾行をしていたのは本職ではない下っ端の若い連中。それらの素人に近い人員を使わなければならない理由。

(監視の目が異様に増えているのだとしたらこちらも手を打つべき、か)

 歌舞伎町の町中に人を配置したのはどちらの派閥か。
 それとも桜東を潰す為に今更、両者が手を組んだか。

 恭次郎にも話は着けていたが櫻子はとある人物に連絡を入れ始める。それは桜東会が持つ諜報部、現在の構成員の人数は組長衆も知らない桜東会の暗い部分……櫻子がアクセスするデータベースを構築している者たちもその中に属していた。

 彼らの見た目はカタギだ。
 どこにでもいる、新宿の片隅の住人。
 見かけは売れっ子ホスト、居酒屋の雇われ店長、ファミレスの店員、雑居ビルの清掃員に引きこもりがちな職業不詳の者――どこにでもいる、普通の人間の皮を被った普通ではない人間たちを櫻子は擁していた。

 ある者は自分が生まれ持った能力や才能を生かし、ある者は育った環境から身に付いた観察眼で、様々な背景を持つ諜報部の者たちは櫻子の父親、誠一から代変わりをした今も半ば趣味として請け負っている者から生業としている者まで揃っていた。

 桜東会はカネ払いがどこよりもきっちりしている。
 それに尽きる話、ではあったが。

 諜報部と銘打っているが会社で言う所の情報システム部を動かせる権限は櫻子と恭次郎にしかない。それでも、恭次郎が動かそうとした際は櫻子にも確認の連絡が行く。本当にそれは櫻子が頼んだ事なのかどうか、と。
 今回の件で恭次郎も諜報部を使う事になる、と担当者に連絡を入れて大きく息を吸う。

 溜め息は噛み殺した。
 夜が、更けてゆく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

【姫初め♡2025】『虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢』

緑野かえる
恋愛
昔気質で硬派なヤクザの虎治(年齢不詳)と大任侠の一人娘である千鶴(27)、のクリスマスから新年にかけての話。 じれじれとろとろ甘やかし、虎治は果たして千鶴を抱けるのか――。 (男性キャラクターの一人称視点です)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...