【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第5話 (2025/02/20 改稿済)

花は咲き、露を滴らせ (4)

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 大崎とのランチも終わってマンションに戻ってきた櫻子は風呂を沸かし、シャワーを浴びていた。硬い印象をもたらすオーダーのタイトなスーツも、インチのあるヒールも、濃い化粧も全てを取り去り、洗い流してしまう。
 恭次郎から連絡がある筈なのでバスルームに持ち込んでいたスマートフォンが案の定、音声通話の着信を知らせる。

 泡も全て洗い流し、ぬるめの湯船に浸かった所だったのでそのままバスルームで着信に応じる。

「何か映ってた?」

 スピーカーにして話をし始めれば「お前今どこにいるんだ?」と問われたので「お風呂」と短く言葉を返す。

「裸……見る?」

 直ぐに「見ねえよ、昨日散々見てたからな」と返ってきたが「それでお前が地下駐車場に降りて来た所で確かに、バンから野郎が降りて来て尾行をしていたんだがどうせバンは偽造か盗んだか……足なんざつかねえだろう」と見解を示す。

「でも、尾行のレベルは素人だった」

 恭次郎に一番近い存在の櫻子を付け狙うにしては粗のある尾行の仕方。恭次郎も「ああ。多分車の方は上のヤツが予め用立てて、現場には若手を回したんだろう。だが指示役がいるにしちゃあ“俺の情婦オンナ”の尾行に使うには粗末だよな」と言う。

「試されている、としたら?」

 ふと櫻子は入れようと思っていた液体の入浴剤を入れ忘れていた為に湯船からざぶん、と勢いよく出て備え付けの棚からお気に入りのボトルを手にし、また湯船に浸かる。その音はしっかりと恭次郎にも届いていたらしく「売られた喧嘩は買うが、買うにも値しねえならとりあえず様子見……って長風呂しすぎてのぼせるなよ」と溜め息を吐かれてしまった。

 自分に優しい恭次郎の言葉に「本当に見なくて大丈夫?」と茶化してみれば「ガキじゃねえよ」との言葉が発せられるまでに若干の間が開いた事に櫻子もふふ、と笑ってバスタブに体を預ける。

 お腹も満たされ、良い香りに包まれている体には薄くうっ血の痕がいくつか残っていて。指先でそれをなぞれば自分をひたすらに愛して揺れていた男の事を思い出す――と言うか今、通話中であるが「この件は俺も追わせるからゆっくりしとけ」と珍しく恭次郎の方から通話が切られた。

「ふー……っ」

 櫻子も指先を伸ばして画面をスリープにする。

 恭次郎の本当の立場は三島一族の分家の養子。誠一は認知をしておらず、あくまでも分家の籍に彼を入れていた。
 そして自分の出自を恭次郎は語らない。生まれたからには父親と母親がいる筈で、なぜ誠一の元で育てられる事になったのか。その真相やいきさつを櫻子は問いただせないまま、父親の誠一は死んでしまった。

 生と死が隣り合わせの日々の中、恭次郎は一体どこで産まれて育ったのかが分からない。誠一と恭次郎の間で何か、そうでもしなければならなかった状況が当時にあったのだろうか。今も時々、櫻子は考えてしまう。

 尾行の件はそんな彼に任せるとして今、自分が出来るのは信頼できる女性を少し別の店に潜りこませる事。なにも龍神の持つ店などでなくて良い。どうせ一介の黒服なんてそこまで女性の素性を調べたりしない。

 龍神と千玉が揃って出入りしているか、あるいは最近極道者が出入りしているラウンジはどこか、と言う大雑把な感じで良い。世の中は情報戦、相手がそのつもりならば櫻子達も同じように外堀を緩く囲みだすだけだった。

 話術に長けた子が良いかな、と性風俗店ではないガールズバーに勤務してくれている子を、と湯船に浸かりながら考えていれば時間はあっと言う間に経ってしまう。恭次郎に釘を刺されたようにいくらぬるめとは言え流石にもう出よう、と櫻子はバスルームを後にした。

「ねむ……」

 髪を乾かした辺りで眠気がやって来る。
 ベッドで寝ないと怒る律儀な男の声を思い出しながらも昼間だし仮眠だから、と櫻子はプライベートリビングのソファーに上がると畳んで置いてあるブランケットを手にしてずるりと横になる。

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