上 下
23 / 61
第5話

花は咲き、露を滴らせ (2)

しおりを挟む
 翌日にはブラックスーツに本革の黒いヒールで桜東会本部の会議室に入室する櫻子がいた。一応、会議室は円卓と言う体をしていたが窓を背にする二席の上座の右側に座る櫻子。本来、序列からすればトップである彼女が最後に入室をするものだがそこはカモフラージュを兼ねて他の直参組長たちとの間に入室順番が挟まれていた。

 全てを知っている組長衆は軽い挨拶程度にしか接しないようにし、櫻子も自分の後から入室してきた組長に同じように軽く頭を下げる。

 最後に入室してきたのは会長代行の恭次郎。表向きの序列としては彼が一番上ではある為に櫻子に向ける挨拶よりも直参の八名の組長衆は深く頭を下げ……扉は閉め切りとなった。内側の扉には恭次郎の直属の部下である足立が控え、内側から簡易ながらも物理的なドアロックを掛ける。入って来る者はいないと分かっていても念のため、施されている措置だった。


 恭次郎が隣に会長の櫻子を据えて今日の招集内容について口を開く。

「最近、桜東会のシマ……歌舞伎町近辺で千玉のガキ共がチャチな諍いを起こしています。勿論、そんな事は日常茶飯事ですが俺の所の足立の部下がその諍いが第三者によって撮影されているのを見つけました」

 説明を始める恭次郎の横で櫻子はお茶の入った丸い湯呑の蓋を開けて口を付ける。上等な茶葉の旨味を感じつつ、隣で順序立てて年上の組長衆に話をする恭次郎は「会長付きの大崎も池袋界隈でガラの悪そうな高級車を頻繁に目撃しているようで」と伝える。

 真の会長である櫻子が同席する召集の意味を分かっている年輩の組長たちが恭次郎の説明が終わった所で口を開いたがその表情は渋い。

「って事は龍神直参、あるいは本部付きの幹部クラスが乗っている可能性があるって事か」
「確認が取れているのは一件だけですが龍神の直系組織の若頭と千玉の格下の者、本部長級あたりが池袋の会員制ラウンジで密会をしていると……既にその現場には会長の店から一人、潜らせています」

 立場をわきまえるように丁寧な口調で話をする恭次郎と未だ黙っている櫻子だったが組長たちは円卓の席で唸るような溜め息をつきながら互いに顔を見合わせる。

「俺たちも褌を締め直す時期、って事か」
「ええ、そうです。三代目が凶弾に倒れた時も迅速な御方々の助力によって若輩の俺を支えて頂きましたが……この正当なる三島本家の血統の四代目率いる桜東会の目を欺いて弓まで引こうなんざ」

 会議室に差し込む昼の日差しに恭次郎の瞳が鈍く、光る。

「ああ、百年早いな」
「なあ恭次郎、龍神が千玉と手を組むってのが儂らにゃどうにも腑に落ちねえんだが」

 その時「それは私も思っています」と初めて櫻子が口を開いた。

「……龍神も今までは中華系マフィアと協定を組んで互いに大きな不利益や衝突が生じないように均衡を保とうとしてきていました。そして池袋界隈は今もマフィアの巣窟で、龍神も自分たちだけならまだしもそんな場所によそ者の千玉の下っ端を連れてきて接待している、と言うのは確かに腑に落ちません」

 丸い湯呑を両手の中に納めたまま、少し俯いている櫻子の落ち着いた声音に「ああそうだ、会長の言う通りだ」と組長とたちも頷く。

「横浜方面ではなく都内で接待、と言う事を考えればそうかもしれないですが……そもそも何故、関東の二つの大きな組織が急接近しているのか。龍神の方が組織その物も格上であるにも関わらず……それは龍神の采配なのかどうか私もまだ確証には至っていません。ただ私が言えるのは彼らが手を組み我々桜東会を潰す気ならば“全面戦争む無し”と」

 先代、桜東会三代目会長三島誠一と唯一血の繋がっている娘、四代目会長の凶暴な言葉に恭次郎のみならず、円卓を囲む年輩の組長衆全員が深く頭を下げる。

「追って事の詳細と御方々にしていただきたい事などはいつも通り代行から伝えます」

 他に最近何か変わった事はないかどうか、些細なことで良い、と話を振る櫻子に幹部総会はそれから小一時間ほど続いた。
 退室は恭次郎が一番先、続いて最古参の者、と最後に櫻子が会議室から出て行く。

「お疲れ様でした」

 廊下に控えていた大崎が櫻子に声を掛けてそのまま下階の部屋へと戻る。
 一度ひとたび会議室の外に出てしまえばあくまでも桜東会フロント企業のやり手経営者。ドライバーとして若い舎弟オトコを連れているだけの女になる。

「この後は予定を入れてないのでマンションに戻るか、こちらで過ごすか」
「そうね……疲れたから家に帰ろっかな」

 この部屋にいても恭次郎がいずれ来てしまうのは分かりきっており、櫻子は溜め息交じりに大崎へ「荷物をまとめてくるからお菓子食べてて」とソファーに座って待っているように促す。流石に男性である大崎は櫻子の仕事道具くらいしか触れないので言われた通りに応接用のソファーに着席し、テーブルの上の高級チョコレート店の物らしき小さな紙袋を見つめる。

 これは恭次郎からのプレゼントだと言うのは明白だったが普段の櫻子は「コンビニに売ってるくらいのお茶菓子で良い」と本当にそれを望むので新発売の物など目新しい商品を見つけるとそれを買って渡していた。
 櫻子のドライバー兼付き人になって暫く経ち、彼女を乗せて偵察がてら夜の繁華街近くのコンビニに黒塗りを停めて休憩を装っていた時。二人分のホットコーヒーを買いに行きがてら目についたのは小さいキューブ状のチョコレートのアソートパック。後部座席にいた櫻子には定番のクッキーを買って差し出していたのだがどうにも背後からじーっと見られているようで良かったら、と大崎が幾つか差し出したら「懐かしい」とどこか嬉しそうに包みを開いて食べていた。

 食に関して淡泊、薄い反応の櫻子がそうやって口にした事は大崎にとっては印象に残るエピソードで――多分、このお洒落なチョコレート一箱であのアソートパック十袋は買える事も大崎は分かっていた。物の価値は父親から良い物を食べさて貰っていたのでチープな物も高価な物も分かってはいたが大崎の軽めな性格と食の好みが櫻子と合う、と言うのはまだ若い彼は気づいておらず、だからこそ櫻子も気に入っていて傍に置いている、と言うのも大崎は知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...