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第4話

ビターチョコレート (2)

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 大崎が添えてくれた菓子も櫻子の好きなものであり、若い彼なりの気遣いは嬉しい。使用者とは言えよく慕ってくれている事が伺えるが恭次郎のコレはその気遣いとは種類が違う。

 その愛情が、気持ちを焦がす。
 こんな暗い世界から解放してやりたい思いと、自分だけの男にしたい欲望とのせめぎ合い。本当の気持ちを恭次郎に伝えてしまえば良いのに、と櫻子自身分かってはいるがそれをしてしまったら彼を更に暗い深みにはまらせ、その命すら奪う事になりかねない。

 恭次郎が買ってきたのはいわゆる生チョコレートのように柔らかい物らしく、添えられていた小さなピックで一つを割り刺して口に運ぶ。チョコレートと一緒に入っていたカードが示す通りに一瞬で口の中にブラッドオレンジの華やかな香りと酸味が広がった。

「気に入ったか?」

 カップを片手に様子を伺う恭次郎に櫻子も頷きながら「美味しい」と伝えるがそれ以上に、この華やかな味わいは気分を変えてくれる上等な菓子だった。

 恭次郎はいつも、暗く沈みがちな自分の意識を晴らしてくれようとする。美味しい、よりももっと伝えたい言葉は胸の奥にあるけれど今はまだ、出来ない。

「大崎君が言っていたんだけど」

 椅子に深く背を預け、整えられた両手の爪の先を隠すように腕を組む。

「池袋方面にもう少し人をやっても良いかもしれない」
「どう言うことだ」
「彼、走り屋やってたでしょう?今でも仕事として湾岸とか流して貰ってるんだけど……池袋界隈で“本職私たち”が使うようなセダンを頻繁に見かけるようになった、って」

 溜め息交じりの櫻子に恭次郎も興味深そうにデスクの前にカップを持ったまま立つ。

「車種とナンバーを控えときゃ照合可能ではあるが」

 そこまでさせるつもりか?と問う恭次郎に流石に櫻子も頷かずに腕を組んだまま「あの辺りは彼らの縄張りだからもう龍神の者たちと仮定して……なぜ平時よりも台数が増えたのか、を問題にした方が早い気がする」と考えを口にする。

 幹部会の前に恭次郎が土産を持って櫻子の部屋に訪れるのも、こうして会議の内容の擦り合わせを事前に行う為のものでもあった。

「女の子たちはあくまで素人だから私が必要とする情報以上の収集はさせたくない。ヤクザやそれに準じた人の出入りが頻繁にあるかどうかだけで十分、それが誰なのかまでは危ないから問わせない」
「ああ、そうだな」

 仕事の話をすれば溜め息が増える。
 それを埋めてくれる恭次郎が買って持ってきたチョコレートに腕組みを解いた櫻子が指先を伸ばせば満足そうな男の表情があった。

 甘くて、酸っぱくて、少し苦いフレーバーチョコレート。

「疲れた時は甘いモンだろ?」
「そうね……そう、疲れてるかもしれない」

 蓄積した疲労、たった一粒のチョコレートの甘さすら身に沁みるほどに疲れているのだと自覚させてくれるが明日は自分の正体を知る者たちとの幹部会。
 真実を知る者たちにとっては血の繋がりの無い男女の逢引き、真実を知らない者たちにとってもそれは似たように見えている。血の薄い分家の子女と本家の血を引く男の……恭次郎が櫻子の部屋に入り浸っていても誰も咎めない。咎められない。

 櫻子のデスクの前には応接セットが誂えられている。
 ローテーブルを挟むように二脚のソファーがあるが恭次郎は櫻子のデスクの傍から離れない。

「何だよその顔」
「別に……座ったら?」
「朝からずっと座りっぱなしで尻がいてえんだよ」
「それなら椅子を変えたらどう?あの“如何にも”な革張りをやめて普通のビジネスチェアにすれば良いのに」

 櫻子の当たり前の言葉になるほど、と今更気が付いたような恭次郎は「そう言えばお前、デスクと椅子だけは自分で買うって言ってたな」と興味を示す。会長職に就く前から櫻子はあまり出歩かなかった、と言うよりは仕事に関わる事以外ではナチュラルに出不精の気質だったので長時間、デスク業務をしていても疲れないようにその二つだけは恭次郎に購入を止めさせて自分に合う物を選んでいた。

「体が大きいんだから、海外メーカーの方が良いと思うけど」

 そっか、と納得する恭次郎に櫻子は「良さそうな物を選んでくれるお店も今はあるから……絶対に身分は隠しなさいよ、舎弟も連れて行かないこと」と念を押す。流石に一般人には迷惑を掛ける訳には行かない。
 こちらが黙っていれば相手も“知らずに売ってしまった”だけの話で済ませられる。

「なあ、それなら」

 勘の良い櫻子は自分の言った言葉に瞬時に“あ、マズい”と思い――嬉しそうな顔をして「それならお前が付き合ってくれよ」と予想した通りの誘いをする分かりやすい男に仕事の話をしている時よりも深い溜め息を吐くしかなかった。
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