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第3話

コワい人々 (3)

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「私がこの店のオーナーです。在籍しているキャストについてのお話でしたら私がお伺いいたします」

 どうやら膠着状態だった現場。モエに呼ばれて出て来た大崎も下手に手出しはしていないようだった。

「そちらのお兄さんも、キャストに頼まれていらっしゃったと本人から伺っておりますが」

 諍いの現場のど真ん中、何も臆することなくその間に立って営業スマイルと丁寧な口調で「とりあえずこちらへ、コーヒーでも飲みながらいかがですか」と櫻子は提案をする。そんな柔らかな素振りの彼女の背後に立っているのは屈強な体つきをした櫻子より遥かに大きいブラックスーツの男たちだった。

 ここはそう言う場所なのだ、と大男を背後に従え有無を言わさない櫻子に促され殆ど“連れて行かれる”と言う状態のモエの客。そしてモエに呼ばれたと言う大崎も大男がいなくなった櫻子に「少しだけお時間、宜しいですか?」と問われたが父親の名を出す事はしなかった。

 風俗店が入っているのは櫻子の持ちビル。地下階もあり、ブラックスーツの男たちにどこかへ連れて行かれた男とは別に櫻子は事務所の中に大崎を通す。彼が連れて来ていた他の仲間たちには大丈夫だから帰って欲しいと大崎から伝えてあった。

「単刀直入、回りくどい真似はせずにさっぱりとお話をしましょう。君は桜東会三次団体の大崎一家の息子さん、ですね?」

 ごく普通に事務所の様相の部屋。事務机にパソコンや書類が少々とボーイが寝泊りでもしているのかソファーの端にはきちんと畳まれた寝具が一式。応接スペースのソファーに座らされた大崎は自分の手が汗をかいている事に気が付いた。

 高級風俗店のケツモチなんて、ヤクザに決まっている。
 そしてこのオーナーと自称する櫻子も大崎の目にはそのヤクザの情婦に見え……はしなかった。落ち着いたシャツブラウスと膝丈のタイトなスカートと言う服装、こざっぱりと片付いている事務所と同じように櫻子も身綺麗なカタギにしか見えない。

「どうして、それを」
「ここは桜東会の持ち物です。そして私は……三島、と申します」

 座らせていた大崎に櫻子はポケットから薄い革のケースを取り出して慣れた手つきで大崎に名刺を差し出す。

「み、しま……」

 にこ、とまだ営業スマイルをしている櫻子に固まってしまう大崎。
 三島一族は桜東会の始祖、三代目が凶弾に倒れてしまい今はその連れ子である三島恭次郎が跡目として会長代行の席に着いて取り仕切っている東京一の大きな極道の派閥。

 その一族の名字を持っている女の店。

「すっげ……本物、っスか?」

 は、と声が出そうになったのは櫻子だった。
 あまりにも大崎がきらきらとした目で自分を見るものだから、とりあえず「ええ」と頷いてやる。

「すげー、本物の三島の方、マジっすか。しかも俺の親父ってか、いや、でも俺の事どうして知って」

 よく考えてみればそれは怖い事なのだと気づけた大崎の興奮していた顔色が変わる。目の間にいる“三島”の名字を持った女は名乗ってもいないのに既に自分の正体を詳細に把握していた。

「君、面白そうだから声を掛けられて良かった。よくあの現場で自分が大崎一家の息子だと相手を脅さなかったわね。そう言う心がけは大切よ」

 コーヒー飲む?と気軽に問う櫻子に不味い所に来てしまった、と大崎は警戒心と言うよりは恐怖心を顔に滲ませる。

「その表情は良くない」
「へ……」
「どんな時でも自らの、本心の顔色を出してはならない」
「あ、え……っと」
「桜東会の者へよく言われている事よ」

 にこ、と笑う櫻子は先ほどから一切、営業用の笑顔から表情を変えていない。

「自分が組長の息子だとか、あまりひけらかしては駄目。それを利用してヤクザよりも悪い事を企む人間もいる」

 インスタントコーヒーのカップが大崎の前に置かれ、対面のソファーに櫻子が座る。
 少し私とお話をしましょうか、と言う櫻子。いくら年上の“女性”が相手とは言え三島、と刻まれた名刺を手渡された大崎はこの場から逃げられない、と悟り震え上がったのは言うまでもない。
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