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第3話
コワい人々 (1)
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それから数日後の夕方、マンションで身支度を整えた櫻子が電話を掛ける。
「大崎君、車出して貰って良い?」
櫻子に普段、付き従っている若い構成員の名は大崎稔。
桜東会三次団体の組の息子であり、たった一年前までは夜の湾岸を走っていた走り屋だった。果たして彼の運は悪かったのか良かったのか、災い転じてなんとやら、だったのか。
櫻子がまだ会長職になって間もなかった日、彼女を乗せて走っていた黒塗りは国産のハイエンドモデル。
よく磨かれている車の後部座席、疲れていた櫻子はうたた寝をしていたがふと、背後から聞こえてくる吹け上がるエキゾースト音に気が付く。当時の櫻子のドライバーは勿論、桜東会本部の中年の構成員だった。
さっきから追いかけてきている、と言う構成員に「危ないからパーキングに入って」と櫻子が指示を出すがしつこく追いかけまわしてくるのは国産スポーツカーだった。
困りましたね、とため息交じりのドライバーと櫻子。
無茶な運転はしないドライバーは指示通りに一番近いパーキングに入る為に左側の車線に移って法定速度でアクセルを踏んで追い抜かせようとする。
「最近のガキはマナーがなってないですね。全く、誰に幅寄せしてるかも知らずに」
ぼやくドライバーと濃いスモーク越しに隣の車を見る櫻子はやっと追い抜いて行ってくれたその車種とナンバーを記憶していた。
それから数日後、櫻子は視察がてら車外には降りずに埠頭の――走り屋や暴走族のたまり場になっている場所をドライバーに巡回させていた。これは彼女にとっては重要な視察にあたる。自分の持つ桜東会の年齢層は比較的高いが千玉会は反対に若年の層がどこよりも厚い。半グレとも言えないような十代たちのケツモチをして世話人と名乗っている者は千玉の構成員が圧倒的に多かった。
しかしながら若い者同士、ちょっとした事でいざこざが起きる。
治安の様子は界隈の者が見ればすぐ分かる。
ドライバーに湾岸を流して貰いながらとあるパーキングで目に留まったのは一つの集団。車の前で煙草を吸いながら立ち話をしている程度に見えたが櫻子は「この前、追っかけてくれた子の車ね。随分と人望があるみたいだけど」とドライバーに話しかける。
「偵察しますか」
「お願い」
すぐ近くに停車させるドライバーはあたかも煙草休憩かのような振る舞いで櫻子を暗い車内に残して外に出る。
中年のドライバーの出で立ちはブラックスーツ姿でヤクザ丸出しではあるが下手に絡まれたりはしない見た目。
そして彼の耳元に付いているインカムは櫻子の装着している同じ物と接続されていた。
情報戦が物を言う時代、使えるギミックは全て使う。外に出向ける時間があるのなら自ら進んで情報を取りに行く。
それが櫻子のやり方だった。恭次郎からはそんな事、自分や部下がやるからと言われていたがそれでも……彼女は彼女なりのやり方で情報収集を怠ることは無かった。
表向きは桜東会のフロント企業の経営者、その実は桜東会四代目会長であり今や三島一族本家の血脈を持つ“ただ一人”の者。
一年前に発生した三島誠一襲撃事件――未だ判明していない父親を撃った人物。それが一体誰なのか、真相を知りたかった。
そしてそれは櫻子が女性の身でありながら暗い道をたどる事を選んだ理由になってしまっていた。
血の濃い分家や直参の組長衆から櫻子の会長就任について反対が大して出なかったのも、極道者たちは「娘が凶弾に倒れた父親の仇を取る」と言う行動に理解を示したからだった。
その際に養子と見せかけている恭次郎が表立って会長代行となる事にも大きな反対はなく……ただそれは、恭次郎が櫻子の身代わりとなり常に命の危険にさらされると言う事になってしまっていた。
櫻子は当初、それを嫌がっていた。
本来ならば極道者にはならなかった筈の恭次郎。
誠一もどこから引き取って来たのか聞ける前には死んでしまい、櫻子も恭次郎の幼い頃の記憶を引き出そうとまではしなかった。
父親の命よりも全ての真相を父親自身に吐かせる前に殺してしまった“クソ野郎”に、徹底的に落とし前を付けさせたかった。
それには先ず、父親を襲撃した者と殺さねばならなかった理由を暴くには恭次郎を使う訳にも行かず櫻子自らがこうして部下を使ってどんな情報でも、と収集して回っていた。自分たちのいる裏の世界は狭い。だから半グレだろうと相手が若かろうと、ひょんな所から意外な話が聞ける機会が生まれたりもする。
缶コーヒーと煙草と強面の中年男性。
夜の高速道路のパーキングエリアならではの光景はブラックスーツの極道者でもすんなりと馴染んでしまっていた。
その背中を濃いスモーク越しに眺めていた櫻子に「あいつは三次の大崎一家の息子か……?」とのドライバーの声に機敏に反応する。櫻子はそのまま隣に置いてあったビジネスバッグの中に入っていたタブレット端末を取り出すと幾つか操作をして一枚の写真を表示させる。
これが櫻子の怖い所だった。
彼女の指示で日々、蓄積されているデータベースには組長衆のみならずその妻子まで顔写真が隠し撮られて内密にデータとして保存されている。
「合ってる。大崎一家の一人息子よ」
「やはりそうでしたか。まだ私も記憶力が衰えてないようです」
「……覚えておきましょう。なんだか彼には縁が出来そうな気がする」
暗にもう下がって良いとの櫻子からの命令にドライバーは煙草を消して缶コーヒーの空き缶を捨てながら若者たちの横を悠々と歩いて通る。
通りすがりにドライバーが聞いたのは「俺だって親父がバックにいるんだ」との声。
そして「俺たちのシマを荒らしやがって」の言葉だった。
車内に戻って来たドライバーは櫻子に今、通りすがりに聞いた事を報告する。
「ちょっとした縄張り争いなら放っておくけれど……どうかしら、父親が桜東会三次の組長と言う下駄を履いて威張り散らしているだけの子なのか、ちゃんと極道者としての気概がある子なのか」
「大崎君、車出して貰って良い?」
櫻子に普段、付き従っている若い構成員の名は大崎稔。
桜東会三次団体の組の息子であり、たった一年前までは夜の湾岸を走っていた走り屋だった。果たして彼の運は悪かったのか良かったのか、災い転じてなんとやら、だったのか。
櫻子がまだ会長職になって間もなかった日、彼女を乗せて走っていた黒塗りは国産のハイエンドモデル。
よく磨かれている車の後部座席、疲れていた櫻子はうたた寝をしていたがふと、背後から聞こえてくる吹け上がるエキゾースト音に気が付く。当時の櫻子のドライバーは勿論、桜東会本部の中年の構成員だった。
さっきから追いかけてきている、と言う構成員に「危ないからパーキングに入って」と櫻子が指示を出すがしつこく追いかけまわしてくるのは国産スポーツカーだった。
困りましたね、とため息交じりのドライバーと櫻子。
無茶な運転はしないドライバーは指示通りに一番近いパーキングに入る為に左側の車線に移って法定速度でアクセルを踏んで追い抜かせようとする。
「最近のガキはマナーがなってないですね。全く、誰に幅寄せしてるかも知らずに」
ぼやくドライバーと濃いスモーク越しに隣の車を見る櫻子はやっと追い抜いて行ってくれたその車種とナンバーを記憶していた。
それから数日後、櫻子は視察がてら車外には降りずに埠頭の――走り屋や暴走族のたまり場になっている場所をドライバーに巡回させていた。これは彼女にとっては重要な視察にあたる。自分の持つ桜東会の年齢層は比較的高いが千玉会は反対に若年の層がどこよりも厚い。半グレとも言えないような十代たちのケツモチをして世話人と名乗っている者は千玉の構成員が圧倒的に多かった。
しかしながら若い者同士、ちょっとした事でいざこざが起きる。
治安の様子は界隈の者が見ればすぐ分かる。
ドライバーに湾岸を流して貰いながらとあるパーキングで目に留まったのは一つの集団。車の前で煙草を吸いながら立ち話をしている程度に見えたが櫻子は「この前、追っかけてくれた子の車ね。随分と人望があるみたいだけど」とドライバーに話しかける。
「偵察しますか」
「お願い」
すぐ近くに停車させるドライバーはあたかも煙草休憩かのような振る舞いで櫻子を暗い車内に残して外に出る。
中年のドライバーの出で立ちはブラックスーツ姿でヤクザ丸出しではあるが下手に絡まれたりはしない見た目。
そして彼の耳元に付いているインカムは櫻子の装着している同じ物と接続されていた。
情報戦が物を言う時代、使えるギミックは全て使う。外に出向ける時間があるのなら自ら進んで情報を取りに行く。
それが櫻子のやり方だった。恭次郎からはそんな事、自分や部下がやるからと言われていたがそれでも……彼女は彼女なりのやり方で情報収集を怠ることは無かった。
表向きは桜東会のフロント企業の経営者、その実は桜東会四代目会長であり今や三島一族本家の血脈を持つ“ただ一人”の者。
一年前に発生した三島誠一襲撃事件――未だ判明していない父親を撃った人物。それが一体誰なのか、真相を知りたかった。
そしてそれは櫻子が女性の身でありながら暗い道をたどる事を選んだ理由になってしまっていた。
血の濃い分家や直参の組長衆から櫻子の会長就任について反対が大して出なかったのも、極道者たちは「娘が凶弾に倒れた父親の仇を取る」と言う行動に理解を示したからだった。
その際に養子と見せかけている恭次郎が表立って会長代行となる事にも大きな反対はなく……ただそれは、恭次郎が櫻子の身代わりとなり常に命の危険にさらされると言う事になってしまっていた。
櫻子は当初、それを嫌がっていた。
本来ならば極道者にはならなかった筈の恭次郎。
誠一もどこから引き取って来たのか聞ける前には死んでしまい、櫻子も恭次郎の幼い頃の記憶を引き出そうとまではしなかった。
父親の命よりも全ての真相を父親自身に吐かせる前に殺してしまった“クソ野郎”に、徹底的に落とし前を付けさせたかった。
それには先ず、父親を襲撃した者と殺さねばならなかった理由を暴くには恭次郎を使う訳にも行かず櫻子自らがこうして部下を使ってどんな情報でも、と収集して回っていた。自分たちのいる裏の世界は狭い。だから半グレだろうと相手が若かろうと、ひょんな所から意外な話が聞ける機会が生まれたりもする。
缶コーヒーと煙草と強面の中年男性。
夜の高速道路のパーキングエリアならではの光景はブラックスーツの極道者でもすんなりと馴染んでしまっていた。
その背中を濃いスモーク越しに眺めていた櫻子に「あいつは三次の大崎一家の息子か……?」とのドライバーの声に機敏に反応する。櫻子はそのまま隣に置いてあったビジネスバッグの中に入っていたタブレット端末を取り出すと幾つか操作をして一枚の写真を表示させる。
これが櫻子の怖い所だった。
彼女の指示で日々、蓄積されているデータベースには組長衆のみならずその妻子まで顔写真が隠し撮られて内密にデータとして保存されている。
「合ってる。大崎一家の一人息子よ」
「やはりそうでしたか。まだ私も記憶力が衰えてないようです」
「……覚えておきましょう。なんだか彼には縁が出来そうな気がする」
暗にもう下がって良いとの櫻子からの命令にドライバーは煙草を消して缶コーヒーの空き缶を捨てながら若者たちの横を悠々と歩いて通る。
通りすがりにドライバーが聞いたのは「俺だって親父がバックにいるんだ」との声。
そして「俺たちのシマを荒らしやがって」の言葉だった。
車内に戻って来たドライバーは櫻子に今、通りすがりに聞いた事を報告する。
「ちょっとした縄張り争いなら放っておくけれど……どうかしら、父親が桜東会三次の組長と言う下駄を履いて威張り散らしているだけの子なのか、ちゃんと極道者としての気概がある子なのか」
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