【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第2話 (2025/02/16 改稿済)

噛み合わない欲求 (4)

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 薬が処方される間に彼女の実の親である誠一に二度目の連絡を済ませていた恭次郎。
 一応、十七歳の女子高校生が住んでいるマンションの部屋。血の繋がりの無い赤の他人の成人男性が付いて行き、夕飯の支度だけでも……粥でも味噌汁でも何かしら作ってから帰る、と言う急なミッションの発生。クリニックで熱を測れば38度近くあり、彼女はきっとやっとの思いで学校から帰って来た筈。いつも料亭の紙袋を渡しに出て来る丁稚に連絡するなり、タクシーでも使えば良かっただろうに。彼女は余分な現金を下ろしていなかったのだろうか、とマンションに近づくにつれ恭次郎は心の中で焦っていた。
 女の家など幾らでも訪れて来たが今、目の前で黒のローファーを脱いで「どうぞ」と言う櫻子はまだ未成年。体も大人の女性に近いとは言えまるで成熟しきっていない。

「俺、粥なら作れるから……親父さんにも連絡してある。何か食ってから薬飲まねえと」

 喉も腫れていたそうで、この料亭の仕出しでは彼女の細い喉には苦痛でしかない。

「ありがとうございます」

 それでも、淡々としている櫻子。

「とりあえず明日の午前中に誠一さんの従妹の……あーあれだ。分家の姐さんが様子を見に来てくれるって話、が」

 言いかけた恭次郎はたったの一瞬だけ、櫻子の人を射抜き殺そうとする憎しみの目に心臓を狙われた。どの言葉を間違えた?と考える間も与えてくれない本当に一瞬の、彼女の孤独の暗い目が年上の男を殺そうとした瞬間だった。

 しかしすぐにまた顔をしかめて咳き込んでしまう櫻子が力なくナイロンの通学鞄を置いて「着替えさせてください」とまた抑揚のないざらついた声で言う。

「あ、ああ。俺、外に出ようか」
「……不審者がいると通報されたくありませんから」
「えっとじゃあ、玄関にいるから」

 終わったら声掛けて、と恭次郎は確かに感じた冷や汗にぶる、と一度体を震わせた。なんだ、俺も風邪引いてんのか、と思うくらいのぞっとするような強い身震い。

 今のは一体、と体躯の良い男を震え上がらせた櫻子に着替えを終えたと言われて振り向けばその辺の量販店で売っている地味なスウェット姿のごく普通の年頃の女の子が立っていた……が、奥まで通されたワンルームの室内は女の子が住むには何もない場所だった。
 少しのお化粧品と鏡、学習道具がベッドの前のローテーブルの隅にまとめて置いてあるが恭次郎が知る限り、化粧品は一つ千円程度のようなものばかりだった。

 父親から学費とは別に生活費が振り込まれている筈。
 多少の贅沢をしたっていい境遇の櫻子なのに大人の女性が生活しているよりも片付いていると言うか、物自体がない。

 どうやって生活してるんだよ、子供だろ?と少し唖然としてしまった恭次郎は気を取り直して「夕飯、おかずくらいにはなると思うけど」と、テーブルに料亭の紙袋を置く。そして「粥が出来るまで待てるか?」と聞けば素直に頷く姿があった。

 ベッドを背にぺたん、と足を崩してラグに座った櫻子は紙袋から弁当を慣れた手付きで取り出す。無言のワンルームを取り繕うかのように最新の壁掛けテレビを付け、熱があるせいか時折咳き込みながらもぼんやりと夕方のニュースの終わりを見始める“普通の女の子”を尻目に恭次郎は夕飯の支度を始めた。

 会話は終始、無かった。
 話す事なんてないのを分かっている恭次郎も黙って小さなキッチンで粥を炊く。
 幸いにもパックごはんが買い置きしてあり、電子レンジで温めてから粥にする。冷蔵庫にはたまごの小さいパックもあり、まだ期限は切れていなかった。

 溶き卵と塩、そしてお米。それだけのごくシンプルな淡い黄色のたまご粥が出来上がる頃にはもうテレビはゴールデンタイムの番組が流れていたが部屋着に着替えて気が抜けたのか、櫻子は先ほどよりぐったりとベッドに寄りかかっていた。

「大丈夫か?食えるか?」

 小さな片手鍋で作ったお粥。それをちゃんとお椀に入れてスプーンと一緒に持って来た恭次郎を見上げる櫻子の、あの一瞬の瞳の鋭さは何だったのだろうかと思えるほどに今は不安の気配を醸していた。

「ありがとうございます……いただきます」

 体がだるいのか座り直そうとする動きすら非常に緩慢だった。

「あの……」

 手を付けていないので、食べてください。
 そう言って料亭の仕出し弁当に視線をやる櫻子。紙袋から出しただけで封は切られていないようだった。

「やっぱり私、ちょっと食べられないので」
「ああ……まあ、捨てちまうなら食えるやつが食った方がいいもんな」

 せっかく彼女の父親が用意した物。
 当の本人が勧めてくれるなら、と「持って帰って俺の晩飯にする」と言った恭次郎はキッチンで鍋を洗いながらゆっくりとスプーンで粥を口に運ぶ櫻子の様子をつい、凝視してしまう。

「しょっぱくないか」
「大丈夫です」

 ゆっくりだったが男の恭次郎からすればごく少ないお椀一杯の粥を食べ、薬を飲んだ所までをしっかり確認し、後ろ髪を引かれる思いで彼女のマンションを後にする。携帯番号は紙に控えて置いて来たが……熱を出している未成年を一人で置いておくなんて大人として純粋に心配でならなかった。

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