【R18】『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第1話 (2025/02/02 改稿済)

享楽に耽る (5)

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「恭次郎、退きなさい」

 手触りの良い厚手のバスローブの紐を解こうとのし掛かっている恭次郎の頭を問答無用で手で押し返している櫻子がいるベッドルーム。シックな黒いレースで支えられた胸の谷間に顔を埋めて「幸せだ」と呻って動かない男に櫻子はついに溜め息をついて手を緩めてしまう。

 昨日の今日だ。
 二日も続けてヤる気は起きない。
 それに今夜は仕事の話をしようとしていた。

 自分たちが会える場所は個室。
 守秘を努めてくれる料亭、人の出入りが分かりにくい高級ホテル……今日は急遽、櫻子が手配したホテルでディナーをし、飲みながらで良いから例の話を整理したい、と持ちかけていたのだった。

「千玉会の子たちの件」
「ああ……」

 櫻子にのし掛かっている恭次郎は何も羽織っておらずに下着一枚のほぼ素肌。
 夏の終わりのまだしっかりと効いている空調に寒くないの?と櫻子が掛布団を少し引きずりあげながら「桜東の若い子たちが巻き込まれるのは彼ら全ての“親”として見過ごせない」と自らの会長職としての考えを恭次郎に伝える。

「千玉みてぇな若い連中の層を勢いに任せて肥大化させた場合、必ずと言って良い程収拾がつかなくなって内部で不平不満が同時多発的に発生する」
「そして些細な事で爆発し、あちこちに飛び火……ってちょっと、胸を揉まないで」

 東京、神奈川以外の関東地域の極道者たちが寄り集まって結成された関東広域連合の千玉会。本拠地自体は赤坂にあるが元は名前の通りに千葉と埼玉の極道組織が合併して立てた連合組織。
 半グレのみならずその下である不良の未成年を多く抱えており、逆にその上に当たる若い衆が少なく……巨大組織としては最近、特にアンバランスさが目立っていた。そんな折に出た妙な話。

「中華系がバックに付いている神奈川の龍神會が幅を利かせている池袋界隈の会員制ラウンジ、ともなれば“呼ばれた”のは千玉の方だろうな」
桜東我々は蚊帳の外、かしら」

 櫻子が大きく息を吸うと恭次郎の頭も一緒に揺れる。

「ねえ、いい加減退いて」

 恭次郎が肌蹴させた胸元には勿論、代紋が刻まれた宝玉を掴んだ白い飛び鳳凰の美しい入れ墨があった。
 流石にそこを避けて反対の右胸の柔らかい部分をちゅ、と吸った恭次郎に櫻子が僅かに怒る。

「……眠れてないの」
「知ってる」
「それなら寝かせて……昨日もろくに寝てないのに」

 怒り気味の言葉とは裏腹に櫻子は体の上に寝そべっている恭次郎ごと中途半端に引き上げてあった掛布団を体にしっかり掛けてしまう。
 普通にスキンシップ程度なら許してくれている櫻子の柔らかい胸に頬ずりをしながら恭次郎は流石に重いか、と体を横にずらして添い寝の体勢をとる。昔から彼女は寝つきが悪いと知っていた。体の関係を持つようになってからも疲れに任せて深く眠るよう寝かしつけてはいたが今日は違う。

「千玉、龍神のどちらにせよ、俺たちが目障りなんだろうな」
「そうでしょうね。事実上、桜東が東京一強と言っても良い。彼らの東京進出を実際に留めているのは私たちだもの。新興マフィア海外勢は“強者”に対しての礼儀はあるし話もまあ……通じないことも無いけれど」

 ただ、と櫻子は少し言葉を止める。

「もしこの三者の均衡が崩れる日が来たら」
「関東全域、あっという間に無法地帯スラムの完成ってワケだ」
「日本は島国、地続きの大陸勢のやり方をまるで知らない。昨日、何事も無かった場所が翌朝には……ね」

 隣で肘枕をしていた恭次郎に櫻子はごろん、と肌蹴た胸元もそのままに向き合うように横向きになる。

「私の店に使える子が一人いるから、先に池袋の店に忍び込ませてみるわ。他の子にもあたってみるから必要だったら言って」
「ああ」

 すう、と少し息を吸った櫻子は「寝る」と言って瞼を閉じてしまう。
 それでも恭次郎の方を向いているのは――硬派な彼女なりに甘えているからだった。

(そう言う所が可愛いんだがなあ……)

 そろりと手を伸ばした恭次郎は横になっているせいでむっちり、といつもより深い谷間が出来ている櫻子の胸に指先を挿し入れる。
 ぱ、と瞼を開けた櫻子と目が合った。

「勝手に抜くからお前は寝てな」
「お風呂かお手洗いに行って一人でやって来なさいよ……もし私に一滴でも掛けたら許さない。破門する」
「それは困るな」

 付き合ってらんない、と呆れられたがちゃんと自分の事を構ってくれる櫻子。いい加減寝かせてやるか、とそれ以上は彼女に手を出さずそのままそっとしておけばやがて恭次郎も瞼がゆるく重くなり、自然に閉じる。


 朝、目を覚ました恭次郎は珍しくまだ眠っている櫻子が自分の大きな体にぴったりと寄り添って穏やかに眠っている姿を見る。自分が緩めてしまったせいでほとんど脱げてしまっているバスローブ。その胸元の美しい入れ墨を人差し指の背で撫でても――起きない。

 いつもだったらすぐに起きて棘のある言葉のひとつでも言ってくる癖に、今日に限ってそれがない。

 そう言えば昨日、妙に寒がっていたような、と恭次郎は思い出す。
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