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第1話
スイちゃんのおしごと (9) ※
しおりを挟む「い、や……しないで、もうやだ……ッ」
ベッドから這うように逃げようとした私の腰を後ろから掴んで引っ張り上げた男はさっき一度、出した。引きずり抜いたスキンの口が縛られて、放られて、なのに。
「やだ……もう、やだ……しつこ、い」
この男に特定の女がいない理由。
きっと女の方が甘やかされた末に“破壊”される、のだ。精神的にも、肉体的にも。
可愛がり過ぎて、壊してしまう。
「これでおしまいだから、ね?」
ぽっかりと、この男の太さそのままになっているに違いない私の入り口にまたずぷぷ、と後ろから挿入され、揺さぶられる。
「あ゛、う」
「なんかバックって獣の交尾みたいであまり好きじゃ無かったんだけど」
やっぱり好きな子とすると印象が全然違うね、と言う男は遠慮なしに私のことを突いて、楽しんでいる。
私は楽しくなんかない……こんなどろどろにされて、気がおかしくなりそうで歯を食い縛っていた。
悔しいけれど体の相性は言われた通りに良いし、やはり藤堂棗の感覚は繊細で、私が少しでも反応しようものならそこを目掛けて執拗に攻め立ててくる。
「ひ、あ……あ、あ、あ゛……や、だ、もうやだっ」
ぱちゅ、ぱちゅ、と突かれる度に音がする。
それって全部、私が濡れているからする音――込み上げる羞恥と棗の重い愛情表現に頭からクッションに突っ伏してしまっても腰だけは掴まれているから良いようにされてしまう。
「い゛く、もういく……から、激しくしない、で……ひ、ッあ、あ゛」
ぐ、と棗が堪えたのが分かった。
「もっと言って」
「え……い、や、っやだ、いく、いく、でちゃ、う……!!」
「もっと」
「や、あ……奥、やめ……ッ、いっちゃ、ッ……ひ、ぁ、あ、熱い、やだ、やだやだ、ナツメやめ、て、でちゃ……んんんッ!!!!」
二回目の射精は、案外早かった。
ベッドに崩れて動けない私にちゃんとお湯で絞ったタオルを持ってきて甲斐甲斐しく拭いてくれようとするけれど「私のせいで拡がっちゃった」と言ったものだから本当なら殴るなり、引っ叩くなり、したかった。
「翠ちゃん今、私に手が出そうになったの我慢したでしょ」
なんでバレた、と悔しさもぼーっとしてしまう程の仕事とは違う種類の疲労と棗の甘い声と優しい手つきについ、押し流されてしまった私はなんて尻の軽い女なんだろうか。
そんな自分の欲望に負けた情けない女の裸体を転がして「寝ちゃって良いよ」とにこにこしている私の推しの男はかつてない程に上機嫌だった。
・・・
かくして推しとのセックスに陶酔した結果、何故か華やかなハイクラスホテルの上層階ラウンジに招かれ、豪華なスイーツビュッフェを「頑丈な翠ちゃんが半日寝ちゃうくらい酷い抱き方をした“詫び”を入れるならココかなって」と本当に申し訳なさそうな表情をしていた棗から提供された。
どうあがいても予約の絶対に取れないホテルのビュッフェなのにこの男の一声で難なく、しかも一番見晴らしの良い席が用意されていた。
寝臥せった一昨日。
昨日は疲労回復のおやつに、と本当に棗が手作りしたムースショコラを食べさせてくれた。ジンジャーブレッドはまた今度、らしい。
そう、今日はもう三日目。
そして何故、コロシの依頼がキャンセルになったのかを、それを知らない筈の彼から今しがた真相を聞かされた。
――棗が、殺したのだ。
正確にはあの屈強な構成員たちを使って、私のマトだった者を、依頼主ともども始末してしまった。
どうしてそんな事が発生したのか。
「私は翠ちゃんをお嫁さんにしたいのに、邪魔をするのが悪いんだよ」
だそうだ。
ストロベリーフェアをしているビュッフェ会場。
ミニサイズのストロベリーマカロンを口にしながら高層階からの景色を眺めている私は本当に殺されそうにはなっていたらしい。
仕事中に撃って来た犯人と今回キャンセルを入れて来た元依頼主は同一の組織の人物たちだった。以前、私が請け負った……と言うか棗が事実上の跡目になる藤堂会からの依頼で命を取ったのがどうやら元依頼主の裏社会での親だったそう。知るかよそんな事、と私も棗から聞かされて思ったのだけれど結局はチャチな復讐をしようとしていただけとのこと。
一度目の襲撃に失敗し、二度目は元依頼主側が設定した場所で、裏で繋がっていた共犯のマトと共に前後から私を蜂の巣にするつもりだった、と。
私からの依頼で調べている最中にそれを知ったこの男は私の事を結果、守った。
元依頼主の方を手持ちの構成員に半殺しにさせて、あの朝の段階で私に取りっぱぐれが出ないようキャンセル料をちゃんと支払わせたのには笑ってしまったけれど。
「ひと目惚れの女性を殺されてはたまらないからね」
それならそろそろストロベリータルトとミルフィーユを取って来て欲しい。
この男、何の手を使ったのか……私たちを席に通しながら「お時間はお気になさらず」と給仕係は言付けた。普通は一時間とか、一時間半なのに。もう二時間はここでゆっくりしている気がする。
「ここ、よく来るんですか」
「うん。もう顔馴染み……と言うかこのホテル自体、ね」
にこ、と綺麗な顔で綺麗に笑った藤堂棗――最近、羽振りの良い新興組織の本部若頭。外資系のホテルの裏に潜んでいる海外マフィアとの繋がりだって私が見ようとすれば見えるだろう。
私を引き込んで何か企んでいるな、と思ったけれど。
まあ所詮、私はカネで動くフリーランスの殺し屋で“今の所は”どこの組織にも属さないスタンスを貫いている。
「流石に連日、甘い物の食べ過ぎで太りそう」
「沢山食べても帰ってから“運動”すれば良いんだし、次は何にする?」
「……タルトとミルフィーユ」
「取って来るから待ってて」
にこにこと上機嫌な棗が私の為に席を立てば給仕係が使った皿を片付けてくれる。
私は今回の件に対し棗に報酬を“支払っている”最中だった。
惚れている女性を助けてあげるのは当たり前なのだから費用は要らない、と彼は言ったけれど少し考える素振りをしたのちに「それならお金の代わりに暫く一緒にいて欲しい」と言われた。
じゃあ、いつになったら清算が終わるのか。
それは私にも分からない。
ただ、腹の底がずく、と酷く疼いたのは黙っていようと思った。
第1話 おしまい。
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