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最終話、重なる匂いに酔わされて

(六)

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 秋の日のお披露目を過ぎて、十月の神無月。
 まさかの神様の出雲へ旅立たれる旅路にお供をさせて頂き、神域の牛さんによる牛車に乗せられて国芳さんと新婚旅行のようなものをした。私と国芳さんが不在の間はもちろん、黒光さんが名代となってたまちゃんと二人、神使として人の願いを清書したりしていた。

 お披露目の日から数日後、意気揚々とした国芳さんから「すず子、新婚旅行に行くぞ」と言われて素直に「それは楽しみですね」とは伝えたけれどまさか神様と一緒に、とは思わなかった。栗色の床に引く程に長い髪とお顔もお姿もきらきらと光り輝くようなとても美しく優雅な……筈の神様は「このすがただとたらふくたべられるからな」といつもの栗色をした野ねずみの小さなお姿になって神殿で身の回りのお世話をしていると言う猫の神使さんの手のひらの上で季節の味覚を存分に味わいながらのゆっくりとした行程で出雲へと向かった。

 私ももう、空を駆ける牛さんに驚いたのは最初だけ。ときどき神様が降りたい、あれが食べたい、と仰った場所に降りて洋服のポケットや手持ちのバッグの中に神様を納めた神使さんが神様が食べたいと言う物を買いに行くので私と国芳さんも降りて留守を預かってくれている黒光さんとたまちゃんにお土産を購入したりした。

 そして辿り着いた出雲の地。
 既に神域に馴染んでいる私の目に映ったあの大勢の神様や神使さんたちの姿が忘れられない。暫くそんな光景を眺めてからお参りをして、本当に新婚旅行のように周囲を巡り歩いた。

 美味しいものも食べたし、綺麗な景色を二人で……手を繋いで巡った。現世の成人男性、耳をしまった年相応のカジュアルスーツで隣に寄り添ってくれる国芳さんも楽しそうだったのが印象的だった。
 普段は現世に視察、と言う名のお散歩に出る時は猫の姿かつ殆ど神社のある地域だけだったそう。あまり遠くまで足を伸ばすと黒光さんに怒られてしまうらしい。

 神様を出雲へお送りして、新婚旅行をして戻って来れば私も神社で本当に人としていくらか働く、と言うか七五三とか年末の授与品の準備や掃除などで大忙しだった。
 一応、人としての姿とは言え小袖の上衣に濃緑の袴。季節が冬に進む頃には綿の入った黒い無地の羽織りものに袖を通して神社の社務所の奥で年越しの準備をしていた。

「あ、すず子さまお帰りなさいませ!!」

 西の門から風呂敷包みを抱いて寝殿に上がった私を出迎えてくれるたまちゃんはあれからまた黒光さんが仕立てたと言うお揃いの黒い羽織りものに袖を通している。私も外で羽織っていた物を一度脱いで、神域の中では国芳さんが仕立ててくれた猫の紋が刺繍された少々華やかな綿入りの羽織りものを羽織っていた。

 そしてたまちゃんの首元にも、私の首元にも色は違うけれどお揃いの組紐の首飾りが今日も留められている。

「国芳さま、相変わらずすず子さまが現世へ仕事に行ったきりなかなか帰って来ないとしきりになげいていたのですが」
「週に四日しか仕事に出ていない上に私の寝所に毎晩来て寝て行くのに……」

 最近の国芳さんは寒いからと正当な理由を作って私の部屋の寝所に入り浸るようになってしまった。
 それにはもう一つ、理由があった。神様のいらっしゃる神殿と、この猫寝殿びょうしんでんの南の部屋に新しく増設された通用門の扉が遂に解放され、私が休みの日は猫さんたちも暗くなるまで膝の上にいたり庭を駆けたり……ある猫さんはたまちゃんの傍で丸くなっていたりと猫だらけの中で過ごしていたからだった。

 だから、なのだと私は分かっている。
 国芳さんは私に自らの匂いをつけて、自分の妻なのだとまるで縄張りを主張する雄猫のように振る舞っていた。多分、猫王の奥さんに手を出すとかそう言った事なんて誰もしないと思うんだけどな、とは私も口には出さなかったけれど――そうして夜、以前よりも増して国芳さんが私の胸元にすりすりと擦り寄っては匂いを吸う時間も長くなっていた。

 いつものこと、と私はそのまま寝てしまうし、気が付けば癖っ毛な三毛猫を胸に抱き込んで朝を迎える事もある。
 国芳さん曰く「こっちの方がすず子を独り占めしているような気になれる」と言っていた。

 そうこうしている内に年が明けてしまった。
 国芳さんは今、私もびっくりしてしまうような量の……執務用の大きな机が埋まってしまう程のお願い事の書状を毎日捌いていた。

 多分今日もまだ減ってないだろうな、と寝る間も無かったようなお正月三が日の混み具合を思い返しながら今日も神社への出仕から帰って来た私は自分の部屋に荷物を置いてたまちゃんと一緒に執務室に向かう。

「ただいま戻りました」
「ああ、お帰り」

 執務室に顔を出せば癖っ毛の髪から立っている三角の耳を横にしてくれる。
 それと同時に黒光さんも「お帰りなさいませ」と以前よりどこか柔らかくなった表情で出迎えてくれた。
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