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第十三話、国芳の胸中

(二)

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「もう、どうされたんですか」

 夜も更け、俺はすず子の膝の上にいた。
 これは自覚している嫉妬だ。今日の俺はそんな気分だった。

「ふふ、珍しい……」

 足を崩したすず子の膝の上に陣取った猫の姿の俺は今、月見をしている。そろそろ中秋の名月、ススキの穂も房となりよく垂れていた。
 そして何より猫の姿である方がすず子は積極的に俺を撫でてくれる。

 いつもは俺がすず子を撫でていたがやはりこっちの姿の方が都合が良いようだ。

「国芳さんは温かいですね」

 俺の癖毛の背を撫でるすず子。
 その手の心地よさは……あいつらが図々しくも押し掛けて来る訳だ、と知る。

「今日は色々な事がありましたね」

 俺とすず子の日課である今日一日の出来事を語る時間。
 俺は仕事で詰めていたがすず子に贈った首飾りの鈴が鳴り、その音が身の危険を知らせるように鳴り響いた。その音を感知した黒も玉も不安そうに俺を送り出し、偶然居合わせた昔馴染みの白蛇の神使の二人にはなじられ。帰ってきてみれば猫たちは勝手にまた上り込んですず子の懐で昼寝をし、神は俺の考えていた事を見透かし。

 俺は勝手に嫉妬をしているし、癒されたかった。
 人の手で撫でられる心地よさを久しぶりに感じたかった。

「猫の国芳さんは滅多にお目に掛かれないから、吸っちゃおうかな……」

 ゆっくりとすず子が屈みこむと俺の体を両腕を使って掬うように少し持ち上げ、首のあたりの匂いを――鼻先を寄せて「やっぱり、どうして花の匂いがするんでしょう」と猫の俺の匂いを吸う。いい匂い、と癖毛を楽しむようにすりすりと頬ずりをするすず子の長い髪がはらりと落ちて俺たちを囲う。

 すう、と吸い込む仕草。
 垂れた髪から香るすず子の甘い匂い。

 抱かれたせいですず子の胸の柔らかさに包まれる。
 母猫……確かにそうだ。甘い香りと柔らかな胸に抱かれて眠りの世界に誘われる。
 ただそれは普通の猫に対してだ。
 俺はすず子の夫、番。

「すず子」
「わ、ちょっと!!」

 急に人の姿に戻った俺に潰されているすず子をそのまま下に組み敷けば顔を真っ赤にさせて「待って」と言う。待てる訳がない。
 俺の匂いを吸い、存分に深呼吸までしておいて何を言う。

「ここ、殆どお外ですよ」
「ああ……披露目の前に体を冷やしてはならないな」

 部屋の奥、几帳の奥に少々強引に妻を引きずり込んでしまうなど――俺は全く余裕のない雄だ。すず子にはあまり術を使う所を見せていないが指の先で玉が用意してくれていた火鉢に火を灯し、なるべく俺の体から離れないように、温かな体温が肌寒くなって来た秋の夜風に奪われぬよう体を抱き込む。
 俺の余裕の無さを察知したのかもがいても無駄だと大人しく腕の中で丸め込まれている姿がなんだか可愛く見えてしまった。

「大人しいな」
「だって……国芳さん」

 すず子の太ももがほんの少しだけ俺の寝間着の着物の上を撫ぜた。もう緩く主張している雄の形。

「……俺は嫉妬をしている。他のやつの匂いがどうしても許せないんだ」

 だから俺が。

「私はいつでも国芳さんの奥さんですよ」

 ふふ、と笑うすず子の愛情深さ。
 寒くないように、脱ぎかけのままの着物……着くずれ、乱れたままで俺の腕の中で淡く色づく妻の体の美しさたるや。
 ぽ、っとあがる体温、切なそうに俺の着物を握る指先。

 小さな吐息すらよく分かる程に近い距離で静かに交じり合う。
 ただ今夜も俺たちを隔ててくれる現世の便利な物はない――俺の余裕の無さと獣の本性で妻の体を傷を付けてはならない。

 だから、いや、待てよ。
 今日、今後しばらく借りる事となっている宮司の爺さんの持ち物の部屋を掃除し終わったすず子が“影”とかち合う前に向かっていたであろう道の先にあるのは俺も知っている……俺が人に化けて“すず子の為に”買い物に行った事のある場所。

「すず子、お前まさか」

 杞憂か?と過って言葉を端折った俺、朱に染めた頬で不思議そうに見上げるすず子。
 披露目前でまとめて仕事を済ましてしまおうと忙しかった俺に代わって、この番の営みの為の物を。

 そうだとしたら、なんていじらしいのか。
 人の子の雌はこんなにも雄に対して愛情深いのか?いや、すず子だからだと俺は思いたい。
 俺たちの体の違い、魂の違いを考慮し、互いに良い営みが築けるようにと……既にすず子は愛情を交わす者同士で行われる疑似的な交わり方を俺に教えてくれた。俺のすず子に対する些か強い欲を適切に発散させようとしてくれた。それは今もそうだ。

「もう、今日の国芳さんは不思議ですね。本来の猫ちゃんの姿になったから気分が開放的になっちゃっ……んむぅ、っ!!」

 嬉しくて、唇を塞いでしまう。

「んん!!」
「っくく」

 番の夜伽の最中だと言うのに思わず笑ってしまった。
 俺は攫ってまで自分の物にしたかったすず子をどうにかして振り向かせようと愛をずっと与えて来たと言うのに、俺のそんな我が儘な行いよりもすず子の真っ直ぐで正直な愛情にこんなにも心をくすぐられてしまう。

 不思議そうな表情そのまま、抱き締めてしまえば「今日の国芳さん変ですよ」とまで言われてしまった。そうだろうな、俺も……俺らしくない。
 お前の前にいる俺はただの我が儘で嫉妬深い雄猫、らしい。
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