上 下
40 / 82
第八話、妻からの提案

(五)

しおりを挟む
 互いに訪れるふわふわとした眠気をどうにか我慢して深夜に身を清めた。
 翌朝、いつものようにたまちゃんが朝の挨拶をしに来る頃にはもう、国芳さんと寝所の隣の部屋でお茶をしていた。

「おはようございます」

 正座をして深々と朝の挨拶をするたまちゃんはもう、いつもの人の姿。首元には国芳さんから贈られた大切な組紐も結んであった。

「おはようたまちゃん」
「どうだ玉、お前も一杯」

 夫婦の朝食、のような私と国芳さんの朝。
 猫足の膳台を挟んで、宮司さんが私の為に買って渡してくれた小さな和菓子の包みを二人で開けていた所だった。

「あの、わたし、すず子さまにあやまらないと……猫のまま、飛びついてしまって……そのまま、国芳さまにおこされるまで寝ちゃって……」

 申し訳ありません、と目元がまだ赤く、少し腫れているようなたまちゃん。白い耳は横に倒れてぶるぶると震えていた。
 不安そうな表情――とても怖がっているのが分かる。

 国芳さんは猫の神使を纏める猫王びょうおう
 そして私は人間でありながら猫王の妻になってしまった。

 国芳さんの立場を鑑みればたまちゃんも自分がしてしまった事が大きな不敬にあたるのだと、我に返った時に気が付いて怖くなってしまった、と細かく震える耳の様子から心情が伺える。

「たまちゃんに信頼して貰えて私は嬉しかったの」

 私は人間で、魂の形が違う。
 それでもひたむきに、うんと甘えてくれるたまちゃんが私は大好きなのだと伝える。
 目の前で深緑の瞳を細め、少し口角を上げてお茶をしている人もそう……でも私にとっての国芳さんは特別、好きの形を越えているけれど。

 大好きよ、と伝えればぼろぼろと金茶の瞳から大粒の涙をこぼすたまちゃん。

「私はどちらの姿のたまちゃんも、大好き」

 だから泣かないで?と彼女の傍まで寄って、抱き締める。

「黒光さんとは仲直りできた?」
「……はい」

 でも、と続く言葉を国芳さんの前で語らせることはしない。
 これはとてもデリケートな話。
 たとえ私と国芳さんがもう、たまちゃんが黒光さんがしようとした事にどうしてしまったかを知っていても言葉にはしない。
 それは二人だけしか解決できない事で、私と国芳さんは見守りに徹する。

「玉、すず子の小袿の件だが」

 口角を上げつつ、今まで黙っていた国芳さんが話を変える。
 そう、届いていると言う私の花嫁衣装をまだ私は見ていない。色を選んでくれたと言うたまちゃんと黒光さんも一緒に、見たかったからだ。

「昼に時間を作る。その時に黒光も一緒に」
「っはい!!東の奥の間に、せんえつながら……たまが、すず子さまに似合うとおもった色をかさねて」

 ごしごしと涙を拭うたまちゃんの表情が明るくなると同時に倒れて震えてしまっていた耳もぴん、と立つ。

「刺繍も、伝統的な猫の文様をいれたのです。すず子さま、お座布団の柄が気に入っていたみたいなので」

 これは国芳さまにも相談して、と言うたまちゃん。

「神にはそのままの着物で挨拶をしたが……披露目ともなれば俺も妻には良い物を着せたい」
「あの、有難うございます……どうやって感謝を伝えたらいいのか。他にもいろんな猫さんが関わっていますよね……」
「お前は堂々としていれば良い。何より、神の御墨付だ」

 たまちゃんもどうぞ、とお茶を勧めながら三人で会話を交わしているとどうやら国芳さん、あるいはたまちゃんの事を探しに来た黒光さんも私の部屋の前にやって来る。

 国芳さんがたまちゃんをちらっと見たのが分かった。
 それに気が付いたたまちゃんがす、と立って開け放していた引き戸の前に向かう。

 少し見上げるように、黒い着物姿の黒光さんと話をしているたまちゃんの白い耳はもう、怖がっていなかった。

 大丈夫みたい、と国芳さんと顔を見合わせて二人の姿を見ると黒光さんが部屋に入って来る。
 どうやら国芳さんに用があったらしく「例の件ですが仕上がったようです」と言う。
 お仕事の事なら私は何も言えないし、と思っていたら「丁度いい。昼に小袿を見るついでに」とどうやらそれは仕事の話ではなく私に関係しているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...