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第七話、ひと肌の恋しい季節

(一)

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 身支度を整える。
 久しぶりに袖を通したカットソー、袴ではないロングスカート。
 季節は秋を迎え、でも日本はまだまだ暑いから半袖でも何もおかしくない。

 鏡を前に、顔に軽くパウダーをはたいて薄い色づきのリップを塗る。
 隣ではそれはおしろいですか?紅ですか?ときらきらと金茶の瞳を輝かせているたまちゃんが私の肩にぴったりとくっついていた。

 私にはやらなくてはいけない事が山ほどある。
 今日は自分の借りているアパートに戻って、部屋の片付け……と言ってもそんなに荷物は無いし次に持って行く場所も居候のようにお借りする事になっているので多くは持って行けない。

 その場所に移すのは下着や季節の衣類が数着ずつと、あとはどうだろう。もしかしたら持ち出すのは旅行用のバッグふたつ分くらいの量だけかもしれない。

 袴姿にも慣れてしまって、久しぶりに身に着けたショーツとブラジャーがなんだか体に食い込んでいるようで窮屈だった。

「たまも行きたい……じゃなくて、すず子さまのお世話係としていっしょに、と言ったら黒光さまが危ないからだめだ、って」

 ああ、それは確かに。
 あんな二人の光景を見てしまえば黒光さんがたまちゃんのことをどれだけ大切にしているか分かる。たまちゃんが行きたいのなら私としては連れて行っても構わないけれど流石に今日はまだ早いかな、と思う。

 これからの住所と、荷物を置かせて貰う場所なら黒光さんも許してくれると思うからそれまでは私一人で現世に戻っ……うん?

「すず子、支度は出来たか」

 たまちゃんと覗き込んでいた鏡に映る人の、いつもと違う姿に二人で思い切り振り返る。

「国芳さま、そのおすがたは」
「どうしてカジュアルスーツを、持って」

 と言うか、洋服を着ているのか。
 ネイビーのスラックスとジャケットに中は明るい水色のコットンシャツと言う軽い装い。
 もしかして、もしかしなくても。
 耳は人の形だし、しっぽももちろん見当たらない。

「俺も行く」

 我が儘!!
 またこの人は我が儘を言っている。

「すず子を一人で現世にやるには忍びなくてな」
「お仕事はどうされるんですか……まさか黒光さんに」

 そうだが?と当たり前のように言う人に返せる言葉が見つからない。
 そんなに堂々と言われてしまっては私も――でもそうすると今日の寝殿、執務室は黒光さんとたまちゃんの二人だけになる。

 うーん、と考えてしまう。
 良いことなのか、悪いことなのか。

 国芳さん、今までもわりと頻繁に外に出ていたみたいだから、黒光さんも対応に慣れている、のかな。
 あとこの人は私の体の中に押し入る為にわざわざドラッグストアかコンビニに行っている。買い物の仕方も、お金の使い方も知っている。
 でもそのお金は一体どこから……まさか、宮司さん?それともお賽銭?!

 出掛けようとしている間際で深く考えたくない。

「なんだすず子その目は」
「……たまちゃんと黒光さんには“私から”何かお土産を買って帰りますからね」
「ああ、それはお前の好きにして構わんが」

 私の靴と国芳さんの靴はもう、西の門の方に用意してあるとの事でたまちゃんを連れて三人で向かえばその“用意してくれた人”が待っていてくれた。

「お二人とも、あまり遅くなりませんように」
「分かっている」

 黒光さんはいつも誰かに何か言い聞かせている気がする。

 ほわほわで天真爛漫なたまちゃん、気ままで我が儘を通そうとする国芳さん……そして野ねずみの姿となって寝殿を駆ける神様を諫めるように追いかけて。
 さらにそこに私がやって来た挙句、国芳さんの奥さんにまでなってしまった。

 本当に何か、お土産の一つでも用意したい。いくら神域の清浄の中でも黒光さんの苦労を目にしているとどうしても自分も世話をして貰っている側なので申し訳なくなってしまう。

「すず子、行くぞ」
「はい」

 行ってらっしゃいませ、とたまちゃんと黒光さんに見送られて私と国芳さんは西の門の扉を押す。その時に少しだけ振り向けばたまちゃんが黒光さんにそっと寄り添って黒い羽織の袖の先をぎゅ、と握る所だった。
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